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放り出されたセカイの果てで  作者: 暇なる人
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第二百七話 過去録トリエール王国の夜会

 目覚ましい活躍があったわけでもない、それでも門閥貴族の端くれとして幾つかの戦役や小競り合いに駆り出され、地味な活躍を褒めて頂いて彼の今日があったと、彼の死後に記された家族に伝えられる文書には記されている。

 ある時を境に彼の名は中興の祖とまで褒め讃えられるに至るが、公文書にその名が初めて太字で記されたのはこの戦いで建てた功績からであった。

 零落れ伯爵の下でうだつの上がらない行軍の世話ばかりをさせられ、輜重の全てを任され続けた苦労人であった。

 彼の名は、ハクラ男爵家当主、ヴェスタリアスと言う名を持つ古い家の末裔である。

 今彼が後塵を仰ぐ伯爵の()が、活舌が悪くヴェスタと発音出来ないと言う理由で、派閥内部で彼の名はウスタと呼ばれ続けている。


「ウスタ男爵で宜しいかな?。」


「ヴェスタリアス・イザルク・ハクラ男爵だ……。」


 目の前の黒髪の青年から話しかけられ、つい愚痴っぽく答えてしまった辺りでヴェスタリアスは彼の正体に気付く。

 日の出の勢いで活躍する奴隷上がりの男だと。


「おっと、これは失礼した同郷に碓田と言う家名の知り合いが居たもので。」


「なんと、そのような家名が。」


 聞けば旧王都キウにも現存する小間物問屋の家名であるとの事で、伯爵の嫌がらせの裾野の広さに胸の中のモヤモヤ感が否応にも高まる。


「申し訳ない、名を聞いて名乗らぬのは失礼に当たる故、改めて名乗らせて頂こう、私はタケル・ミドウ、ハクラ男爵領で先日炭鉱を掘り当てた者と、言えばお分かりいただけるだろうか。」


 王命で試掘させた五か所全てを的中させた化物山師だ、わからぬ筈も無い。

 そのほかの地でも金山、銀山、銅鉱石、鉄鋼に至るまで犬が探り当てるように示したという。

 理由は彼の祖国の友人たち二百名の保護に必要な資金繰りとして国王に情報提供したというから驚きであった。

 幾ら同胞を援ける為とは言え度が過ぎている。

 それに自身が無事ならば他の者など見捨ててしまえば良いのだ。

 さて、それは兎も角お釣りがくるような成果が期待できそうな話であるが、山師同然の功績による陞爵(しょうしゃく)を辞退した彼は、褒賞として一軒家を王都に賜り、王都警護の任を与えられた。

 一軒家は直ぐに借家として貸出し投機ビジネスへ回し、兵舎に住み込むも、長く住み続ける事も無く早々にダン・シヴァ麾下に招集され、そのまま蛮族討伐の任が与えられたと聞く。

 書類上は王都警護の騎士職の経験者となる。

 誰がどう見ても箔付けにしか見えない人事だった。



 そして本日のパーティの主題は蛮族討伐の達成と彼の地の併呑並びに平定を祝うものである。

 深く考えずともダン・シヴァとその一味である彼がやってのけたものであろう事は疑う余地も無かった。


「これからハクラ領は鉱毒で厳しい事になるので王より転地の打診がある筈です、私にお任せ下されるのであれば現在より五倍は稼げる代替え地をお約束できますよ。」


 そっと人差し指を口元に立てて「伯爵には内緒ですよ」とタケルは囁く。

 つまりこれは私を門閥貴族から引き抜く工作であった。

 あっと言う間に懐に入られた事を悟るヴェスタリアスに尚もタケルは笑顔で語る。


「伯爵様より不興をお買いになったあの方達を、私が保護致しましょう、あのままでは何れ手の施しようも無くなりますから。」


「な……何の事かな、私には。」


「その時が来たらダン・シヴァ様に濁り酒でも贈って頂ければ、全て内密に差配いたしますよ。」


 シラを切る間すら面倒であるかのように畳みかけて来る、その押しの強さに若干声が上ずるのを感じながら状況を整理する、いやさせられたと言うべきだろう。


「では我が父の命日に、そう、返礼せねばなるまい。」


 慌てて話を合わせざるを得ない、ダン・シヴァ様の名を聞いて先日届けられたイグリット教ゆかりの書物の数々に思い至ったからだ。

 古き縁により、伯爵にバレぬように援助していたイグリット教の教主様が、住み慣れた教会を追われて難儀なさった際に手放したと思われる大切な書物であった。

 影乍ら支援していた事は事実ではあるが、実の所、表だってそれを認めるのは苦しい。

 主語を暈した言葉をもって安心せよと言っているが間違いなく教主のことであろう。

 そうであるならば私という個人への恩の売り方としては撥ね退け難いものであり、素直に買い取りたい恩の売り方ではあった。



 伯爵にそれ程恩がある訳でもないが便利に使われている自覚はある、派閥にあっても発言権も乏しく貧乏籤は黙っていても回って来る、降って湧いたような鉱山による利益も虎視眈々と横取りされそうな気配で全く落ち着きようも無かった。

 そこに国王の召し上げによる領地の転封だが、父祖伝来の地に未練が無いと言えば嘘になる、だが、伯爵領と隣接していると云う厳しい立地条件もあり、凡そ未練よりも召使同然の扱いに陥りがちな立場の方に家族を含む親族一同からの不満も多かった。よく言う板挟みと云うやつである。

 伯爵に炭鉱やら利益やらを力づくで奪われて何も残らない未来よりも、新領地との交換条件として使えるだけ、まだ鉱山の存在意義がある。

 打算だけで見てもこの男の後ろ盾は国王陛下だ、あの陰湿で嫌味で悪辣な伯爵であっても流石に手も足も出せないだろう、出せはしないと思いたい。

 ここで逡巡していては確実に伯爵に搾取されるだけで終わる。


「酒は僕の唯一と言ってもいい趣味と安らぎです、珍しい酒を集めて呑むのは大好きでして、良い物があれば是非紹介して頂きたい。」


 零れるような笑顔で強引に握手をされブンブンと勢い良く手を上下にシェイクされる。

 周囲に聞こえた言葉は恐らく酒の下りのみでは無いだろうか、耳を(そばだ)てていた者達が行き成りの大声で咄嗟に耳を抑えて渋面をしている。

 気付かない内に周囲の注目と耳を集めていたらしい、無類の酒好きとして知られている理由はそういう風に目立つ様に振舞っているという事でもあるようだ。



 気付けば酒の商談染みた会話と彼が持ち込んでいた幾らかの酒の味見をする席となっていた、密談から始まり試飲会に化けて極自然に話は打ち切られた。

 控えていた私に仕えて長い執事に、タケルとの紹介の約束として話した自領の造り酒屋の蔵元への連絡と酒の吟味を命じる。


「畏まりました、旦那様。それと、何かお飲み物をお持ちいたします。」


 一息ついていると伯爵家の執事……よりも胡散臭い方の下男が、当然の如く歩み寄ってきて何を話していたか探りを入れて来る。


「身分を弁えよ。」


 溜息と共に一言浴びせてシッシッと手を振って追い返そうと試みた。

 虎の威を借る狐と言う言葉が古都言葉にあるが、伯爵家に仕える穀潰しにはその傾向が強い。

 過去に何度も同じ事があったのだが学習する事は無い、という事は主人の薫陶が篤いと云う事なのだろう。

 三等国民以下であれば不敬として拘束し裁判無しで処断出来るが波風を立てる気も起きない相手の穀潰しなので精々一粒でも多く伯爵の蓄財を食い潰して欲しいところであった。


「宜しいのですか?伯爵様への報告の義務をお果たしにならなくとも?。」


「下男如きに話す事は無い、大人しく伯爵様の靴でも舐めていろ、おみ足が汚れているようなら斬るぞ。」


 少々虫の居所が悪かった事は認めよう。

 穀潰しの言動と態度に苛立った事も認めよう。


「おや、夜会に蠅が紛れ込んでいるとは。」


 タケルに襟首を掴まれた下男がズルズルと会場のテラスまで引き摺られて行き、花束でも投げ捨てるようにポンと放り出された。


「お騒がせしました。」


 呆気にとられた会場の者達の中で即座に現状を把握して気を取り直し、タケルを糾弾したのは伯爵……こと、ターナヴィ伯爵であった。


「下男とは言え当家に仕える執事の一人を殺めるとは何たること。」


「惰弱伯、僕が仕留めたのは"蠅"ですよ。」


 笑顔で伯爵につけられた不名誉な仇名を口にする。

 そしてその家人を人間として扱っていない事を隠しもせずに嗤って"蠅"と訂正してきた、思わず息を飲む。

 伯爵を怒らせるか怖がらせるか、はたまた追い込む切っ掛けなりを掴もうとしているのかハッキリとはわからないがあの男の笑顔に緊張感は全くない、蠅叩きを片手に部屋から退室するメイドか何かのような空気しか感じはしないのだ。

 そう、ようするに自然体。当然の事として蠅を潰しただけといった風情だった。


「貴様ッ!!いま私を何と呼んだ!!。」


「お静かに惰弱伯、国王陛下がそろそろ御出でになられる、この伯爵号はこれから貴方に与えられる正式なものですよ惰弱伯。」


 静かな笑みを湛えて伯爵を惰弱伯と綺麗な発音で連呼する。

 字面を無視すれば全て美しい発音で何の侮蔑も嘲りの響きも交えていないと錯覚してしまう。



 先の戦での無様な腰抜けぶりに"腰抜け伯"か、馬にも長く乗れない運動不足振りから"惰弱伯"のどちらかの候補が選定され、軍務尚書達が議論の末"惰弱伯"と公文書に記され、公称される事が決まった。

 以後公の場では全員"惰弱伯"と呼ぶ事が義務付けられ、伯爵には聖約印が手早く打ち込まれた。

 怒りに反応して電撃が襲うと言う懲罰印であるとの事だ。


「半年に一度体力測定と模擬戦を王都で行いますので惰弱伯は必ず出仕してください、怪我も病気も認めないのでそのつもりで。」


 尚書令からの命令も賜り電撃でのた打ち回る惰弱伯は会場中央のテーブルに囲まれたソファーに安置された。


「私は腰抜け伯を推したんですけどね。」


 隣のタケルがワインを片手に目配せしてきた。

 静かにそのワインを注いで貰い、惰弱伯と呼ばれるたびに怒りながらも電撃でのた打ち回るターナヴィ伯爵を見降ろす。


「何故だろうな、今夜はワインが美味いのだ、タケル殿。」


「それは良かった、そう言えばあの蠅は五等級だそうですよ、この場に入り込むには些かゴミの臭いが強すぎましたな。」


「予想よりも低すぎましたな、知っていれば私が……いや出来なかったでしょう。」


「掃除は慣れている者に任せれば良いのですよ、それよりももう一杯如何ですかな。」


 私は静かに首肯しやけに美味い珠玉の一杯を惰弱伯に掲げて飲み干した。


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