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放り出されたセカイの果てで  作者: 暇なる人
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第二百六話 編纂室の人々

 アルダレイ・バルモフ、トリエール王国で目覚ましい活躍をした者を調べ、纏め上げて史記に編纂する小さな部署の責任者を勤めている。

 淀んだ空気の中ほんの少しだけ窓を開けてカーテンを閉めて直射日光を避けている部屋、史記編纂室は先日の大地震により倒壊した資料の山と本の雪崩の処理に明け暮れていた。

 自分と二人の部下の三人でもってフル稼働の作業であるが纏めた資料がバラバラに散って日付順に並べ直す作業などは最早只の拷問に等しい作業であるとしか言えない。


「お前達、自分たちの家や家族が心配だろう、いいんだぞ帰っても。」


 天涯孤独の自分とは違い彼等には家族がある筈なのだが、毎日ここの片付けに精を出してくれている。

 有難い事ではあるが負担になっているようであるならば暫しそれを除いてやるのも上役の勤めであった。


「俺の故郷は救いの園なので心配は無用です、倒壊した職員寮から持ってきた荷物は鞄一つですし、寝泊りは、そこの椅子でして……。」


 ロニキスは腰を摩りながら長椅子を指差す。

 なるほど心配無いな……と、ラトリー女史を省みる。


「我が家は辺境に近い場所ですから地震の影響は無さそうです。私はあちらの応接間をお借りしていますわ。」


「成る程、二人とも家賃替わりと言う塩梅か。」


 背表紙順に並べて梱包術で縛り部屋の隅に積んでいく。

 道程は始まったばかりだがほぼここに詰めているも同然な二人の御蔭で予想より早く足の踏み場が広がって行く。爽快かな。




 ところ変わって王都カラコルム城外。

 瓦礫を運ぶ人足達が街道脇の分別担当の人足達から空の荷駄車を渡され、鑑札に依頼達成の焼き印を入れて貰いまた街に舞い戻る。

 割れた煉瓦をハンマーで砕いてる人足の少年の横では、更に粉々に砕く作業をする少年、篩掛けをして袋詰めにする作業をする少年……と子供達の姿が目立つ。

 多くは突然孤児になった子供達である。

 スラム行きになる前に迅速に仕事を与え、尚且つ国の保護下に置く、そうしなければ子供達は人買いや人攫いにあっさりと奪われる。

 貴族であるならば補助金目当てに同じ貴族による保護が期待できるのでそれ程混乱は起きない。

 市民階級が低ければ低い程、孤児から這い上がる事は難しくなる。


「良い働きを示した者は国王陛下がお創りになられた救いの園への入園が許される、しっかり働け。」


「良く働き、良く休んで、良く食えよ、無理に働いたらワシ等が縛り首になるからな!。」


 親なしの子供達であれば一度は夢見る卒園後の自由の幅が大層広がる私設孤児院である。

 卒園者の出世頭として名高い者にコンラッドの名が挙げられる。

 時点はアレスであろうか……、タケル麾下で名を成した者たちばかりである。





 ロニキスの元に一通の手紙が届けられ、救いの園へと子供達を送り届ける手伝いを打診されたのは園長が偶々彼の名と所属部署を思い出したからであった。


「ふむ、無事であることを伝える意味でも一度顔くらい出しておくのは悪くないだろう、公務扱いで経費として後々処理できるようにしないといけないね。これからまだまだ子供達を送る事になりそうだし、経費算出の目安になる資料は必要だろう、はい、これポドック出張課課長宛ての手紙な、金出すの渋ったらコッソリ見せてやれ。」


 封蝋にはバルモフのВの一文字が刻印されている。

 上司の勧めもあり旅程計画書と予想される経費を算出して、知人の商人の伝手で馬車と人足と馬の手配を済ませた。

 多少足が出るとしても世話になった古巣へのお布施の様なものではあるが、公務扱いで経費として頂けるのであれば苦しい懐も、一発致命打を浴びるだけで済むだろう。

 書類を出張課の受付嬢に提出し待合所で待っていると、運が良いのか悪いのかポドック課長直々に却下される事となった。

 窓口で話をする事無く、書類を対面で突き返す様なぞんざいな扱いである。

 嫌々ながら懐から一通の手紙をポドック課長に手渡しながらロニキスは囁く。


「課長、室長から断られたら渡す様にと手渡された手紙です、心苦しいのですがお受け取り下さい。」


「あ…アルが私に?。」


 手紙を一瞥すると開封する事無く、資料を持ってポドック課長は踵を返してデスクへと戻って行った。

 コーヒー一杯を呑み終わる頃には予定していた資金の倍額が入った革袋と、残金は施設長に寄贈するようにと走り書きが添えられていた。

 受付嬢の丁寧な礼を背にロニキスは重みのある革袋に鼓動の高鳴りを感じずには居られなかった。




「手紙は受け取らなかったのか、ヤレヤレ相変わらず後ろめたい事の多い人生を送ってるなポドックめ。」


 アルダレイに開けてみろと言われて開封した封筒には白紙の紙が一枚入っているだけであった。


「こ…れ…は…。」


「聖人君子であれとは言わんが、悪い事を続けていると怖いものが増えると言う一例だな、まぁ何れにせよ出張資金に寄付金と子供達のオヤツ代金と土産代くらいは出来ただろう、ポドックに難癖を付けられたら「メアリーの左目はお前を見ている」と言ってやれ、次は今回よりも面白いものが見られるぞ。」


 悪戯を仕掛ける子供のような悪巧みを教えるような笑顔でロニキスは見送られる。

 少し静かになった史記編纂室には相変わらず書類や本を片付ける音だけが粛々と響いていた。


「良かった、魔道ワードプロセッサは壊れてないぞ。」


 年代物の魔道具の内部の魔法陣に魔銀を流してメンテナンスを行って汚れを拭き取る。


「室長、早速それでここ一月分の日報を書いて宜しいでしょうか?。」


「頼めるか?。」


「寝る前に片付けるにはいい仕事です。」


 発掘したワープロをラトリー女史に手渡し再び雪崩た資料と本の整理に着手する。

 棚の濁り硝子の破片を箱に纏め乍ら粘土を土魔法で造り粉状になっている危険な硝子の粉末を集めて片付けた。



 黙々と片付ける事、あれから一週間、累計するなら二か月余り、廊下にずらりと並べられた本と書類の壁の前を耐震設計の本棚が運ばれている。

 奥に向かって傾斜した棚と壁と天井に固定して倒れない構造になった横板と背板、激しい揺れでも本が棚から飛ばないように工夫された閂も取り付けられていた。

 職人たちの仕事を邪魔しないように部屋を後にする。

 遅い昼食を頂きに食堂で災害時の配給食を受け取り、久しぶりの肉の欠片に顔が綻ぶ。


「室長、嬉しそうですね。」


 普段から余り感情を表に出さないラトリー女史が物珍しそうに俺の表情を窺いながらそう囁く。


「ベーコンではない、無加工の肉が配給の食事に入っていると言う事は、物流が回復したと言う事だよ。」


「なるほど、単純にお肉を喜んでいた訳ではないのですね。」


 淡々と乾パンをスープでふやかしながら食べるラトリー女史の眼は少し残念そうな面持ちだ。


「肉は好きだぞ、一人で食べるよりも大勢で食べられる方がより好きなだけだ。」


「室長は、お優しいのですね。」


 優しい……と言う事になるのだろうか?。

 久しぶりに食べる牛肉から染み出す旨味に味覚と胃袋を乱打されながら温かい食事を楽しんだ。

 史記編纂室には人気が無く、ガランとした棚が並び、修理された愛用のデスクが草原のように何処までも平坦な状態で鎮座していた。

 これから本棚の城壁が聳え立ち、資料の山が草原に生まれるのかと思うと憂鬱になるが、先ずは本棚にジャンル別に本を並べる作業に取り掛かる事を第一歩とする事にしよう。



 ロニキスが戻る頃には史記編纂室は職場であり、戦場に回帰していた。



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