第二百三話 世界を巡る者と虚弱体質冒険者
ダーレェンの港から程近い漁村に俺達は真夜中に静かに降ろされた。
意識と記憶とを取り戻した船員達が弾き出した妥協点がここからの下船と密入国だったのだろう。
オキナワを出てより海流に逆らって西進を行った結果、二日オーバーした程度で到着出来たのはまずまずの結果であるとのことだ。
「一ヶ月水と食料無しで漂流すると魚の血が唯一の水分補給の手段になる。水魔法使いの船員を大事にする船長はそれなりの師匠に鍛え上げられたか、その地獄を体験してきたかのどれかだ、慢心しない冒険商人はいないからな、若いうちは誰だって天狗になるもんさ。」
恰幅の良い商人らしい商人のおっさんが陸地が見えて来た甲板で語ってくれたお話である。
今はもう村人に商品を売る為にニコニコ顔でダッシュして姿形も無い。
潮風を背に森の中へ向かい異次元の中に進む。
時間を止めた空間の愛馬達を引き出して水と飼葉を与えて武装を整えて身に着ける。
「それにしても二人が二千年前の英雄とはね。」
鞍を革紐で固定しながら、さて相棒たちの過去をおさらいする。
「僕もゴールディも英雄と言うよりも使徒と呼ばれる者…かな、君のように神格は持ち合わせていないから位階はそれほど高くはないんだよ。」
あまり深く考えてはいなかったが、さて神格とはなんぞやと言う疑問が咽喉元までせりあがって来る。
言わなくても心の声が聞こえてしまう彼等には言葉を堪えても全く意味は無いのだが。
「今の君は…そうだね、形無き神かな、伝承何もないし信仰と言う後ろ盾も無い。」
「それは只の人じゃないのか。」
何も成し遂げていないのに神だと言われても納得出来ない、話を聞けばラゼルやゴールディの方が余程神への階段を昇ってると言うか最終的には世界を救っているじゃないか。
「神になる為の道が既に整えられていて、あとは進むか放棄するか…どちらを選ぶも君次第さ、尤も僕は君が神になると確信しているけどね。」
「それは…どうして?と聞いていいのかい?。」
『私を押しのけて自由に動ける人間など普通は居ないからさ』
唐突に判断基準を述べるゴールディにラゼルが深く頷いて続ける。
「存在力が桁違いだからね、僕がここに遣わされたのは、君の持つその存在力に全くそぐわないその身体の脆さをカバーする為なんじゃないかと思ってるよ。」
ゴールディが頷きながら午〇の紅茶を飲んでいる。
俺の記憶にあった味を楽しんでいるようだ…四歳くらいの未だ歩ける頃に飲んだ飲み物だったな。
それにしてもそのためだけに英雄を派遣されるほど脆いのか俺。
「それはまぁいいとして、神帝ジオルナードかぁ…。」
「僕とゴールディでは封印がやっとだった、アレを殺す為に不可欠な"格"が僕達には無かったからね。」
『そのせいで大攪拌を引き起こしてしまったのは痛恨事だ』
二人が気落ちしているが、人類大攪拌は多分神帝ジオルナードの何らかの計画に元々あったものじゃないかと思う。
溢れかえるような悍ましい異形の化物たちが界の裂け目から続々と渡って来るなど、全く準備もせずにやれそうもない。
言い換えればあれは軍事行動とかそういう類のものだろう。
俺が知っている軍事行動と言えば、次々とミサイルを迎撃する戦争ではあったが。
そんな病室でボンヤリ見ていたテレビ映像を思い出していると、ラゼルとゴールディがその記憶を食い入るように見つめていた。
よせよ、大量破壊兵器の迎撃なんぞから、余計なものを開発するヒントを得たりしないでくれよ。
病室の壁の地図を見ながら大体のアタリをつけて後、ラゼルと二頭立てでユニコーンを駆る。
道中、体を鍛える為に、これは……と言う大物狩りを続けたが、さてさて少しは身になっているのであろうか。
三人揃って胸騒ぎが治まらず、若干焦燥感に包まれながら、一路東方都市アンヅへと進み続ける。
「合ってるような間違ってるような気がしてならない。」
全員に共通する気持ちだ、神からの啓示は正しいのだろうが、受け取るこちら側の手元にある照らし合わせるべき文物が、あまりにもいい加減で不確定に過ぎて答え合わせが出来ないのだ。
地図も学習机に敷かれたシートの間に挟んである様な大体の世界地図だ、緯度も経度もわかったモンじゃない。
結構な形状の違い…例えば河川、そして稜線…沿岸に至っては面影があるかもしれない程度だ。
ゴールディの証言からこの世界とあちらの世界は同じようなものであるらしいが、そうでもないみたいだった。
方眼紙にこれまでの移動距離を記しながら算盤を弾く。
算盤塾で貰った級のシールが並ぶ算盤で、首から下が麻痺するまでの間使っていた愛用品だ。
ゴールディの瞬間記憶能力のお陰で昔よりも計算能力が向上しているのは間違いないが、暗算よりも偶には珠を弾きたい、そんな気分だった。
「俺の世界ではアンヅの位置は湖なんだけどなぁ……。」
地図を確認すると緯度も経度も其処は湖であると示していた。全く以て解せぬ。
「完全な複製世界ではないと言う事なんだろうね」
「そう考える方が妥当なのかな。」
ラゼルから差し出された白湯を飲みながら空に浮かぶ月を眺めた。
四の五の悩んでいるより速やかに寝るべきだと悟り、荷物を持って異次元の部屋のベッドへと飛び込む。
野営は俺の身体に悪いと判断した二人からの命令でもある。
馬は別枠の休める領域へと格納する事にした、時間を止めた空間では休む事が出来ないので疲れが取れないからだ。
焚火を片付けたラゼルも開いてるベッドへと速やかに潜り込む。
目的地である東方都市アンヅに近付く度に押し寄せて来るこのモヤモヤ感を堪えて眠らなくてはならないので毎晩寝付くまで一苦労であった。
東方都市アンヅに到着して二日後、城門は閉ざされ交戦状態に突入した。
都市防衛に展開された部隊は六部隊、戦象部隊と肉壁隊、歩兵の山と弩兵、弓兵、それと僅かな騎兵であった。
急な戦いであるにも拘らず必要な兵科をかなり整えてあるのはこの国の経済力故の事であるだろう、ただしその質はと言えばお世辞にも褒められた水準に達していなかった。
戦象隊に突撃した部隊が狂ったように象殺しに奔走するという開幕のインパクトに戦場が呑まれたのはアンズの守備兵にとって悪夢でしか無かった。
魔法剣と化した魔剣が紫に輝き象をパンか何かを切る様に切り刻み、槍は貫き、斧は爆砕する。
正義か悪かと問われれば、見た目は紛う事なき悪の部隊だった。
哀しい程の象の悲鳴が城外から聞こえてくる。
戦象退却の為の退路をここぞとばかりに突き進んで来るウィリアム率いる戦象抹殺部隊が肉壁隊も歩兵も血祭りにあげて行く。
退路が塞がれてもお構いなしに戦象だけを目指して負い続ける姿は天晴を通り越して狂気の沙汰である。
返り血に染まった戦斧を振るい、右に左に敵を薙ぎ払い、貯えた魔法を解放して、逃がさぬとばかりに逃げ惑う戦象を追い続け、取り囲んで惨殺する。
「あれが…タキトゥス人が言っておった戦象殺しの悪魔か。」
「ン・フータォ将軍危のう御座います、ここは一先ず退いて…。」
副官らしき男の頭に手斧が命中し、ズルリと馬から落馬する。
「まぁだ象がいるから見逃してやらぁ。」
狂気に目を血走らせた巨漢が、ン・フータォを見下ろして嗤う。
狂気に興奮したン・フータォの馬が嘶いてこれまた巨大な馬の鬣に噛みつく。
「躾のなってねぇ駄馬だなぁ。」
ン・フータォの馬は横っツラをガツンと殴られて即死した。
「いい馬に乗れよ、主人を危険に晒すヤツに碌なのイネェぞ。」
戦斧を担いで象の姿を追う為に巨漢の男と巨馬は駆け出す。
戦象を殺せて大分大らかになっているウィリアムにとって、敵の防衛司令官の首など眼中にないのであった。




