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放り出されたセカイの果てで  作者: 暇なる人
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第二百二話 世界を巡る者と攪拌する者

 あれから十六年の月日が流れた、遅滞する事無くハル・ザ・ナイル将軍の計画通り侵攻作戦が進み、いよいよイグリット教の中心都市、カディーナ大聖堂攻略への道筋が開かれ、その大凡の軍備が整った。

 戦いも終盤戦となったところで神都クジングナグの奥深くから一切姿を現わさなかった男が長い旅路の果てに前線近くの奪い取った大教会までのこのことやってきた。

 経典の改竄者であり、神帝ジオルナードの擁立の立役者、総大主教ザンその人であった。

 再三再四、前線にて戦う兵士たち並びに神民達への慰撫と激励に訪れるよう、古参の司教たちに請われ続けたこの二十年、流石に周囲にも不信と不和の芽が芽吹き、総大主教を新たに選定しようという動きが水面下を通り越し目に見えて活発化してきた矢先の行幸……という誠に情けない理由であった。

 当のザン本人は不平不満と嫌味ばかり側近たちに鳴らしながら、旅程の短縮を唱え過ぎた為却って予定や計画が狂い続け、最初の巡幸計画よりも倍近い時間をかけて漸く訪れた次第であった。

 それであっても終盤戦の大詰めに間に合ったことは、多くの教会関係者が手を叩き喜ぶ慶事で、関係者達が残した日誌には安堵の文や詩が多く残されていた……もっとも皮肉に満ちたものが大多数を占めていたのは言うまでもない。


「長らく……長らくお待たせいたしました、ゴールディ司祭長。」


 ゴールディは彼を叱責せざるを得ない立場であったが、敢えて穏やかな表情でウィ司祭を迎えソファへ座る様に促す。


「度重なる計画変更と旅程調整の難事、誠に御苦労様であった。」


 ウィ司祭は叱責を免れないと恐縮仕切りであったがゴールディからの反応は予想に反しての労いであった。


「一年もの遅れは最早弁解の余地も無く…。」


 一年遅れの到着、それは大都市二つを陥落させ、軍事施設や小さな街や村を含めれば更にその数は膨大なものとなる。

 延着に次ぐ延着、伸ばされる行事の数々、増える費用にみるみる消費される食料、各地で起こし過ぎた不祥事の数々、それらを必死になって隠して処理し続けた旅路であった。


「良いのですよ、遅れと言うならば既に()()()遅れておりますゆえ。」


 全く目が笑っていないゴールディを見てウィ司祭が怯えるも、深い溜息を一つ吐いて呼び鈴を振る。

 奥の方から若い神父とシスターがワインとワイングラスを盆にのせて給仕し、静かに下がって行った。


「無事に総大主教をお届けくださった、ウィ司祭の労苦を、神より賜ったこの血により労わせて頂きたい。」


 紅く揺れるワインを捧げてウィ司教のグラスに注ぐ。

 疲れ切ったその体でワインを押戴くと、長い溜息の後にウィ司祭は肩の力を抜いた。


「長旅の疲れに滲み込む様な……これぞ神よりの慈雨。」


「今宵は湯に足を延ばし、ゆるりと休まれよ、子細な打ち合わせは三日後と致してしっかりと休み英気を養って頂きたい、ザン猊下が三日は動かぬと申しておられた由に御座いますれば。」


「ん…ぐっ…またあのお方は勝手な布告を…。」


 知らず知らずの内に胃の部分を抑えるウィ司教の顔色を察してゴールディが心配そうに語り掛ける。


「まぁまぁ、暫し務めより離れて先ずは御休みあるとよろしい、その間のザン猊下の勘気なり短気は私が引き受けましょう。」


「宜しいのですか?、そのような…。」


「昔ザン猊下の傍周りをお世話した縁も御座いますれば、お任せ頂いて不都合は有りますまい。それに幾つか積もる話も。」


 軽い怒気を孕んだゴールディ司祭長の言葉にウィ司祭はビクリとする。

 説教司祭と陰口を叩かれるだけあってザンも彼を苦手としているのだ。

 二十年遅れての前線慰撫と言う現状は間違いなく総大主教の悪手であり、積もる話の厚い層を思えばウィ司教でなくとも怯えてしまうだろう。


「サリス神父、シスタールーチェ、皆様の案内宜しく頼みますよ。」


 静かに礼をする二人を残してゴールディは扉に向って歩き出す。


「司祭長、どちらへ?。」


「迷える子羊に()()()()()のかを問い糾しに。」


 凍えるような怒気と貼り付けたような笑顔で会釈するとゴールディは部屋から歩み去って行った、慌てて世話役の者達がその後を追う。


「総大主教様、今宵は長い夜になりそうですね。」


「狂わせた三日分はコッテリと搾られますわ。」


 手元のワインを呷ってウィ司祭は再度溜息を吐く。

 神父とシスターが言うまでも無く、これがあるから総大主教は出てこれなかったのかも知れないとウィ司祭は思い、まさかまさかと頭を振る。

 そんな子供のだだを捏ねたような理由で…と思ってしまったからであった。





 三日後、修道院近くの高級宿にて総大主教猊下と高級娼婦二名、護衛の兵士と強盗と思しき数名の遺体が三階の貸し切りフロアで発見される。

 責任を感じたウィ司祭は浴場の片隅で首を吊って自害、遺書には死後の片付けをしやすい場所を選んだ事も添えられており関係者の涙を誘った。


「絶対にこの重大事、漏れてはなりませぬ。」


 醜聞は民衆が好む爆薬のようなものである。

 事後処理に駆けずり回る者達を嘲笑う様に事件は加速度的に前線にも知れ渡り、早馬よりも早く神都クジングナグにまで伝わったと言う。

 総大主教のストレスを爆破加速させてお忍びで出掛ける隙を与えた司祭長。

 事件をいち早くリークし、スキャンダルを流布する作業に勤しむ神父とシスター、そしてその手の者達。

そして時代は逆流を開始する。



 民衆に身を投じた三人は大教会を制圧し、ハル・ザ・ナイル将軍をはじめとしたザン・イグリット教とそれに与する連合軍を次々に撃破し、版図も戦況も見事に引っ繰り返してしまう。

 ラゼル・タリュート一行の率いる義勇軍や各地の貴族軍に豪族の軍隊も反ザン・イグリット教の意向を示し、共闘宣言を行った。

 八つの勢力を束ねてラゼルはゴールディ達と共に只管南進を繰り返し、河を越え冬山を越えて連勝街道を突き進み続けた。




女医の手元に預けられた一冊の本。


「手に入れてしまったものの処分に困ってしまったので宜しくってか───随分と古びた本だねぇ……。」


 パラパラと本を読みながらその内容にコモンは目を奪われる。

 この本、改竄前のイグリット教経典の原典にして聖典、リルフェイン文書であった。


「やっべ…これやべぇ。」


 煙草を灰皿でもみ消してツカツカと廊下を歩く。

 行先はライブラリ、ヤバい本を素手で触ってしまった言い訳と無造作に開いて少し破ってしまった事の言い訳を考えながら彼女は緊張感に包まれながら早足で歩くのであった。





 神帝ジオルナードが襲撃され神都ジオルナードを失陥した。

 あと一歩と言うところで神帝ジオルナードの逃走を許してしまった、当年取って四十二歳の誕生日を戦場で迎えたゴールディである。

 もしも取り逃がしてしまった際に……と、備えてラゼル・タリュートの率いる騎兵四万を郊外に配置していたお陰で神帝ジオルナードと逃亡兵一万の背後にゴールディ率いる本隊七万は暴虐の神となったジオルナードを取り囲むように肉迫し、多大な犠牲を払いつつ徐々にその包囲網を狭めつつあった。



 紅く輝くレーザーのような攻撃で薙ぎ払われる兵士達や爆砕される仲間達の死体を踏み越えて毒矢に魔法矢、投擲武器、魔法ありとあらゆる武器、戦法が神帝ジオルナードに叩きつけられる。

 着地を考えない飛翔魔法で神帝ジオルナードの十二枚の羽根を切り落とし、大地に叩き落としてからは魔法障壁を命懸けで破壊する戦法に移行、四万人の死と引き換えに神帝ジオルナードを滅多打ちにする力技へと持ち込む。

 ただし神帝ジオルナードの抵抗は激しく、炎を纏った神帝ジオルナードに焼かれながら命を捨てて身動きを取れないように抱きついて事切れる戦士達、当然味方からの攻撃で死ぬ事もある本当の捨て身技で動きを制限してゆく、目を覆いたくなるほどの無骨な戦いで辛うじて勝利を捥ぎ取った。

 捕縛した神帝ジオルナードは魔道具により目隠し、聖剣二十七本による封印を施され、降臨した天使たちに護送されていった。

 正しくは倒せる者が居ない戦いを彼は制したのである。



 否、────。


 曰く、男神を討てる者は男神である。

 曰く、神を滅ぼせる者は神だけである。



 ────暴威が界の壁を突き破って顕現し、魔人二億人が人類世界を襲った。


 人類大攪拌。

 人種も民族も版図も国境も、その全てが掻き回され外側から内へ内へと追い詰められて爆撃される。


 神の介入を願い奉る方法を探してラゼルとゴールディとサリスとルーチェの四人は混沌の世界を、魔人との死闘を重ねて旅する事となった。


 ジオルナードは封じられたが、世界が救われるまで後十年近くは魔人に蹂躙される地獄が続くのであった。




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