第二百話 世界を巡る者と魔人との邂逅
しかし、奇妙な場所で母が身に着けていた髪飾りを妹が発見する。
「おにいちゃん、この髪留め、ママのだよ。」
「ルーチェ、これは何処に落ちていたんだい?。」
「こっち!。」
妹の後ろを案内されるがままについていくと、其処は墓地の敷地内にある作業場であった。
納棺前の作業や色々な埋葬の為の処理を行う場所で普段は開かずの間とも言うべき場所である。
基本的に人通りも人の気配も無い場所で墓守のペンス爺さんが夕方に墓地の施錠確認に巡回する時間以外は無人である筈の場所だ、週一の作務で落ち葉集めと草刈りで私達は訪れるが、それでも墓参りの人にすらおいそれとは出会わない場所だ。
其処は血の匂いで満たされていた、見たところ不審なものも血痕等も残っていないのに、異常に血生臭いのだ。
ゴリゴリと言う音が聞こえ床石が動いていた。
私は慌てて妹の手を引いて教会へと向って逃げ出した、無我夢中で逃げた理由は唯一つ、妹を逃がし切る自信が無かった事と一人で逃げさせてはぐれてしまえば取り返しがつかないと判断したからだった、だがそれは犯人の顔を知るチャンスを放棄した事に他ならず、思えば人生最大のミスでもあったのだ。
妹が攫われた。
言葉で言えばホンの数文字、その意味するところは大きく、重い。
あんな場所の鍵を持っている何者かが教会の身内でない筈が無い。
もっと冷静に考えて逃げる場所を家にしても良かった、ハンス叔父さんのところにルーチェだけでも預けられれば尚良かった。
もっと贅沢を言うならばせめて顔だけでも確認するべきだったのだ。
用務部屋から作業小屋の鍵を手に入れて私は駆け出した、行くべきではない事を悟っていても、彼は妹を助けたいと奔り出したのだ。
ここでも私は失敗を重ねた、経験の少ないこの魂と同じく経験の少ない私では人としてこの心の内をつきあげて来る抑えきれないこの何かまでを、御する事など不可能であった。
作業小屋には結界が張り巡らされていた、実の所これは昼間も張られていたのだろう。
髪飾りを見つけた妹が触れた事によって気付かれ再び訪れるのを待ち構えられたのだ。
ゴールディの魂に与えられた結界の力が発動し敵が張ったと思しき結界に穴を開けて扉の鍵を差し込む。
鍵を開けて中に入り作業台の下にある石を探る。
魔法で作られた石に錬金術を施し、穴を開けて中を覗き込……。
自分の身体が耐えきれなかった。
慟哭し嗚咽する彼の魂を眠らせて身体を奪い室内の様子を窺う。
食事風景。
ライブラリに残されていた魔人の記述と多くの映像と合致する。
人ではない何かがルーチェを掴み、そして────。
何もかも手遅れだった、ならばここを立ち去るべきだ。
暴走、彼は言った「許さない」と、委ねる彼は「殺人衝動」にその全てを委ねた。
天井が砕け貴重な食事に砂埃や石が撒き散らされる。
乱入者が彼等の食事に火を放ち食卓の中央でスプーンの刺さったそれを胸元に掻き抱くと疾風の如く逃げ出した。
特殊な魔法で放たれた火は消えず食事は炭になるまで焼き尽くされる。
激怒した修道士と修道女の四人は天井の穴から這い出し周囲を見渡す。
モミの木の太い枝の上で、刺さっていたスプーンを抜いて魔法
の輝きを纏わせて修道女に投げ付ける。
「ルーチェ。」
目を閉じて眠る妹を抱きしめ、敵の貌を憶えた少年は強い魔力を込めて妹を食われてはならじと燃や…「待て、そんな時はエルフから教わったバックアップをっ」間一髪間に合ったが成功したかは定かではない。
「あ゛ああああああぁぁぁぁ。」
俊足、これはゴールディの力では無く少年の力。
劫火、これは彼が目覚めた全てを焼き尽くす力。
四人の修道士と修道女は少年の渾身の力で表皮を焼かれ目に見えて狼狽する。
両手を燃やし修道士を焼き焦がしながら少年は絶叫する。
「イグリット教の悪魔よ!去れえ゛え゛え゛え゛!。」
ザン・イグリットの聖十字という魔術であったがそのようなものは魔人には通じない。
少年の持つ劫火は効果覿面のようだが、それは彼等が被っている皮が人間の物だから燃えるのだ、では通じる力とは何か。
白一色の力がフワリと少年を導く。
「少年、ザン・イグリット教の悪魔の倒し方を教えてやろう。」
全身を途方もない聖法の力で包み結界の檻で魔人達の逃げ場を奪う。
この結界のリングを作ったのはゴールディだ、アレを逃がしてしまえば少年に未来はない、まだまだ少年には大人になる時間が必要なのだ。
ただゴールディと白の予想に反して少年は魂の力を喪って行った。
回路に流れてはならない高電圧が流れたような、そんな悲しい幕引きであった。
ルーチェという妹の手を引きこの世界に絶望した少年は、引き止めるゴールディの声も聞かずにその身体を棄ててしまったのだ。
不意に支配権がゴールディに移る、だが少年の記憶と魂のバックアップは成功した…はずだ。
制御を喪った白の力を遮二無二魔人に叩きつける暴走したその身体の動きは少年怒りの残滓か…或いは…。
不利な形勢を理解も出来ず聖法の光に焼けただれて行く魔人達は結界を掻きむしりながら少年に撲殺されていく。
血みどろの修道服を丹念に洗い、川で入浴を済ませたゴールディは、教会へと歩き出す。
「回復聖法を使ってくれ、白い人。」
疲れ切った身体を引き摺って辿り着いた井戸で、井戸水を汲み上げ、血抜きした魔人の心臓四つを桶に放り込み、水を加えて聖法を用いて聖水を創り上げる。刃物は戒律上持ってはならないので錆びたメイスを持ち、グチャグチャと心臓を潰す。
「ライブラリにあった魔人対処法だけど…あってるかな。」
その内魔人の心臓は色を失って灰となり水に溶けて消えてしまった。
着替えを済ませ濡れた衣服を隠し棚で広げ、部屋を出る。
オゾ司教、マバラデラヴ司祭、ジンクロス修道女、ラティ修道尼の部屋を捜索して念入りに証拠集めと隠し部屋や隠し通路探しに勤しんだ。
修道士見習いに魔人は居ないのだから悠々と時間をかけて家探しに励むことが出来たたっぷり汚れた雑巾と漆黒の手桶水を片手にオゾ司教の部屋を出たところ、マバナシ神父と出会った。
「ああ、掃除かね…えっと名前を忘れてしまったが。」
「ロディアの分家の長男でサリスです、マバナシ神父。」
「元町長のロディア?。」
「はい、大分昔の話だそうですが。」
「うむ、サリス修道士見習いであったなお勤めご苦労、オゾ司教を見かけなかったかね。」
「随分前に何名かと連れ立ってお出かけになられた様ですが、まだお帰りになっておりませんか。」
オゾ司教の部屋を覗き込み不在を確認するマバナシ神父を後にして井戸へと歩き出す。
汚れた水を棄てて雑巾を洗い始めた頃にまたマバナシ神父と出会った。
軽く会釈をして全身を使って井戸水を汲み上げて手桶を音高くブラシで磨く。
「マバラデラウ様もジンクロス様もラティ様もおらぬ…サリス修道士見習い。」
「はい!直ぐ近くにカロニー修道女が本を読んでおられます。」
そう答えてまた水を汲み次は手桶の雑巾を洗い始める。
残念だが私が発見者になってはいけない。
程無くして異形の化物の死体が四体、墓地で発見された。
私の感覚としては、少年とその妹も被害者の数に入れたい気分であったが、少年は私であり妹は墓地の片隅で頭部を残すのみとなっておりその状況を説明するのは困難極まりない。
頭部を手に取り、泣きながら墓守の老人の元に近寄ると老人は小さな赤子用の棺桶に納めるよう手伝ってくれた。
芝居がかっているがこうでもしなければ周りが納得しないだろう。
村の敷地を外れた旧市街を巡り、七つの"食堂"を確認した。
極不定期に"食堂"は使われていたと思われるが、それはもう過去形の話であった。
神の試練と呼ばれる無理難題はその全てが魔人絡みである。
神父となり、各地の教会を巡り食堂の場所を確認して回り、影で育てた者達を使って魔人狩りを繰り返していた。
「地歩を固める事が後々効いてくる、今は我慢だな。」




