第二十話 温風と旋風
それは、余りにも不毛であった。
農村部で暴れまわるザン・イグリット教徒を殺し、捕らえるべく追いまわす。
隣国国内からもザン・イグリット教徒が武器を手に取り王国領内へと度々侵攻を繰り返す。
領民が殺される前に保護すべく手は打たれていたがそれでも小競り合いは続く。
連合国内でも武装蜂起が認められたが、割合簡単に鎮圧され続けているという。
だがタケルはその状況を見聞きしながら息を飲む。
宗教は迫害されればされるほど団結を増し教化が進み狂化する。
ああ、あれは石山本願寺であったか…歴史のシリーズ漫画を思い出しながら此れから発展する戦況を思いエールを喉に落としていく。
今、余計な事を考えすぎては御館様の厚意に泥を塗る。
そう思い直してディルとローラの二人を交えての朝食を堪能することとする。
カッテンローの港町を一望できるホテルのバルコニーでの食事は、正に分不相応の四文字で語り尽くせる。
御館様推薦の高級ホテルで使用人の三人組が給仕を受けながら朝食を楽しんでいると言う絵面だ。
静止画ならサマになっているのだろうが、動画であるとそうではない。
ガチガチに緊張した兄妹にナイフ、フォークの使い方を教えながらフィンガーボールで指を洗いエビの空を剥く。
修学旅行の際に学校側の指導で教えられたテーブルマナーの座学が役に立っていた。
二人にもエールを薦め、取り合えず緊張から解放してやろうと優しく話しかける。
発音がおかしいので何時も二人は笑うのだが、今日はその効果も何時もより冴える事は無さそうだった。
遠慮しすぎた二人を連れてカッテンローの街並みへと歩いて散策をすることにした。
カラフルな屋根の色と入り江沿いに建てられた家と曲がりくねった道を歩く。全てが石畳を敷き詰めた道で、ここでもタキトゥスの奴隷達が修繕と掃除の仕事を黙々と続けている。
街の景観を損ねない民族衣装の作業服で統一されているし清潔な生活を保証されているので悪臭もしない。
軽くドス黒い記憶が蘇るが頭を振って即座に振り払う。
ローラが心配そうに覗き込んでいる。
「タケル、変よ。」
ディルは無言で頷くのみで口を差し挟まない。通りの景観を楽しんでいるようだ。
無理に元気に振舞う気もないので静かに観光を楽しむことにした。
ローラにテシテシと頭を叩かれながら市街地へと降り立つ。
「買い食いツアーをしよう、ホテルで食えなかった分、食うといい。勿論、御館様からの奢りだ。」
見慣れない果実酒と肉を香辛料塗れにして焼いたものを主菜に、味も正体も判らないものを買い漁る。
屋台通りの噴水の周りにテーブルと日除けの大テントが設置されており、僕達もそこに陣取る事とする。
海!!そう言わんばかりの濃厚な甲殻類の出汁が効いたシーフードスープを味わいながらディルとローラの二人と語り合う。
この世界にやってきて戦場しか殆ど知らない僕にとって二人の話題は如何にも平和で心が安らぐ。
そりゃ生活が苦しいのは分かるが、今それを問うのは野暮だろう。
僕の故郷の話は其れこそ彼等にとって夢物語や虚言の類にしか聞こえない。
双方が不快になるので聞かれても滅多に答えない。作り話ではなく普通の話を聞かせろと言われても作り話などではないから語れない。そう答えても納得されないのだから答える必要性が無くなったのだ。
近接送風魔法 旋風
ディティールにも拘った日本製扇風機で首振り機能もタイマー機能もある。
僕が最も愛してやまない家電の一つだ。
あまり風の来ない広場なので自分用に設置した。勿論宇宙人ボイスも可能だ、態々風の精霊と打ち合わせた甲斐がある珠玉の出来だった。
「こういうものを創れる国だよ。」
そう言いながら良く冷えた果実酒を水割りにして景色を眺めながらつまみを口に放り込む。
足元でローラが旋風を操作して遊んでいるのをディルが興味深そうに観察している。
野外温泉場やサウナの話を聞き、僕は、もう…いても立っても居られなかった。
「呼んでやがる、僕を温泉が呼ぶ声を無視できると思ったかぁぁ!!。」
町中で吠えた後、温泉の作法をそこらじゅうの人達から聞き取り調査する。
ディルとローラを従えてへちまの身体擦りを購入したり、タオルの新調をしたりと騒々しいことこの上ない観光客であった。
眼前には海。
崖沿いに仕立てられた浴場は山の上からパイプを伸ばして流れ落ちる熱泉を自然に冷まして丁度良い湯加減にした温泉で、あれっ、涙が止まらねぇ。
入浴前に身体を良く洗い、入浴用パンツを履いて湯船に浸かった僕は、全身から絞り出したバステノールな声でお湯に浸かれた実感を満喫していた。
異世界に投げ出されてから大凡一年。
僕は一年振りにお湯に浸かる事によって日本人に戻れた気がした。
ディルは湯船に浸かる習慣が無かったので身体を拭いて出て行こうとしたので石鹸でガシガシ洗って風呂に沈めた。
今は湯船の外ではあるが、隣で脱力しながら海風で身体を冷やしているところだ。
「これは…凄いな。」
「だろう、僕達の民族はこれに毎日入ってたんだ、こんな温泉ではないけれど、各家庭に必ず一台こういう入浴装置があったんだよ。」
食後の時間に自動的にお湯張りされる全自動湯沸かし器とジェットバス付き、防水テレビ付きの我が家の浴場を思い出す。
それでも、一年振りの温泉には敵わない。
ディルを良く冷やすため早速旋風を設置し、ふやけた身体をもう一度洗い、また湯船に逆戻りする。
ローラはちゃんと入浴できたかなと、野菜売りのおばさんに後を託した彼女に対して、無用の心配をした。
ディルのように茹で上がって転がる姿は割と見たくはなかった。
ホテルで昼食を済ませたあと、リビングルームに旋風を設置してお昼寝タイムである。
ハッキリ言ってしまえば風呂疲れである。起きてなど居られない。
夜にはホテルの大浴場で浴室従業員によるプロのテクニックで背中を流して貰い、届かなかった痒い所にも決着が付き、ご満悦の入浴タイムである。
ディルはお湯と水風呂を交互に入るのがお気に召したようだったが、あれをご家庭で実現出来る生活をするには公衆浴場に通うか高い年収が必要になる。頑張れ、勇者ディルムッド。
名前の間違いが大量でした。