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放り出されたセカイの果てで  作者: 暇なる人
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第二話 鞍上の置物と駿馬

句読点とルビを追加しただけなので未読でも問題ありません。2018.06.16

 トリエール王国とタキトゥス公国の間、国境付近にあるルスティバード平原は目立った起伏も無く、これと言った障害物も少ないどちらの陣営にとっても戦い易い戦場である。

 更に観察を続けると、幾つかの奇岩に割りと大きめな池が二つあり、三本の川が申し訳程度に流れている。

 馬や象での渡河も容易で、雨季にならない限り舟すら要らない浅い川ではあるが、水棲の魔物が潜んでいる事もあるので油断は禁物……と授業の様なもので執事長に教わった。



 魔法師団の緋色の旗が国王親衛隊と共にペダルの丘に布陣した姿を見届けたところで、御館様が乗り慣れない馬に悪戦苦闘している僕を見兼ね、乗馬の手解きをするようイスレム隊長に命じた。


「それでは……馬を扱わせたら我が部隊一のノットが適任でしょう。」


 御館様が首肯すると、イスレム隊長に促された物凄い笑顔の男が、鹿毛の馬に乗って僕の傍に並足で駆け寄って来た。


「まだ暫くは睨み合いだからな、暇潰しになって貰おうか。」


 むんずと僕の手から手綱を握り、速やかに広い草原へと僕を引き摺り出す。

 こうして僕は、慣れない縦揺れに悲鳴を上げる。

 以後、その尻の痛さに従軍中悩まされる事になるのであった。





 浅瀬で対峙した左翼が矢を放ち騎兵同志が飛沫を上げて激突し、引き際を護るように槍兵と歩兵が騎馬隊の退路を確保する。



 川がみるみるうちに血で赤く染まり、その香しい味と臭いに魅せられて、鋭い歯が並ぶ顎を持つ化け物が、川を遡上して人間であったものを旨そうに食べていく。

 アリゲーター、(わに)、クロコダイル……、恐竜サイズとは言わないまでも元居た世界でも畏怖の対象であったそれが、禍々しい瘴気を纏って倒れ伏した人馬の遺体をガツガツと貪り食う様は見ていて心地よいものではない。

 だが、兵士たちはそんなものに気を取られはしない、猛獣や魔獣よりも恐ろしい生き物は人間なのだ。

 薙ぎ払い、斬り殺した双方に取っての”敵”は文字通りそのまま下流に流して鰐の餌にしてしまえば戦場は安心且つ安全な場所となるのである。





 タキトゥス公国軍の側から見て、右翼の陣に爆炎魔法が炸裂する。

 我々の左翼側への援軍として魔法師団が投入されたと云うことを示すものだ。

 一撃で戦況を覆す事を可能とする魔法の威力を目の当たりにした僕は、指呼(しこ)の先で炭人形と化した敵兵を見て槍を持つ手に力を入れ直した。



「突撃ッ!」


 隊長の号令一下、騎兵の突撃が開始される。

 鞍上(あんじょう)の兵士達が槍を振るい、馬は馬同士で激突し(いなな)き合う。

 かと思えば、擦れ違いざまに首を搔き斬る者もあれば、槍の穂先を背中から生やす哀れな者達もいる。

 僕はと言えば、しっかりと槍の柄を握り、構えたまま馬の突進に任せて槍を突き出しただけである。

 運良く敵の穂先が逸れて敵兵の胸板を槍が捉えた……と、言うよりも股の下にいるこの馬が僕を上手に振り回したと言うべきだろう。



「良くやった、ホレ次が来るぞ。」



 バシンと背中を叩かれ意識が覚醒する。

 肉の感触がまだ手に残っているが、呆けている暇は無い、ここは戦場だ、殺さなきゃ殺される。

 有体(ありてい)に言えばただそれだけの場所だ。



 仲間達の動きに合わせて馬が駆ける。

 号令にも良く反応し、思い切りもいい。

 そして、偶に振り落とそうとする動作に驚き、馬に身を預けるようにしがみ付くと、物凄い速さで戦線離脱を計り僕を救ってくれる。

 ガッと前足が地面を掴み、一頻り駆けて後、馬群に速やかに戻る。

 隊伍(たいご)の何たるかを熟知(じゅくち)しているこの馬に感謝しつつも、素人そのものである僕には悪態の一つも()きようがない。

 いや、まぁ釈然としないこの気持ちはなんとなく分かるのだけど……。



「御館様の馬だからな、潰したら明日はないぞ。多分。」



 ニカッと笑ってバシバシ背中を叩かれて思わず現実に気付く。



「もしかしなくても、この馬、僕より命の値段が高価ではないですか?。」



「ん?ああ、並みの奴隷二十人分は下らないだろうよ。」



 あ、僕の二十倍ですか……、ヤバい弁償できないコースだ。

 そうした脳裏を掠める要らない考えを吹き飛ばすように、遥か遠くより轟く鳴き声が戦場を支配する。



 『パォォォォォォォォォォォォォォォン!!!!!!!!!!!!!』



 象だ…角生えてたり鱗が生えていたりするが、あれは紛れもなく象だ。



「おいでなすったか!。」



 僕たちは槍を握り直し再度突撃の構えを取る。





 血塗れになった人馬の遺体を下流に流れるように、敵味方の隔て無く両軍の工兵が作業している中、象の(いなな)きが轟く。

 緋色の絨毯と化した川をゆっくりと離れ、騎馬隊同志が再激突の機会を計る。



 工兵達は身包みを剥いだ遺体を川に流す作業を止めることは出来ない、放っておけば……いやそうでなくともアレが迫ってくる。

 今はまだ血に染まった遺体溜まりより先に進んでは来ないが、血が流れる限り彼らは遡上(そじょう)してくるだろう。



 敵側もそれは理解しているので目下の処、戦闘行為が出来るのは騎馬隊だけであると互いに了解している。

 激しい水音とバリバリと何かを噛み砕く音がしっかりと聞こえているが、彼等は意識してそれを無視する。

 意識すれば心と身体が凍結する。だから意識の外に現実を放り捨てて目の前の作業に没頭するのだ。



 美味しそうにアリゲーターを食う巨大な何か(・・・・・)なんて見なかった!!!。

 心にそう言い聞かせて。



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