第百九十五話 虚弱体質冒険者と密航船
話数間違い失礼致しました。
「東の都への寄港は禁じられている、その先のダーレェンには入港できるがこちら側の疫病が治まるまで出航は自主規制だ。」
頑固一徹と云った風情の船長が、船を出せない理由も詳細な情報も開示してくれたのには訳がある。
「自白精霊法というヤツですよ、ジョーも搦め手はしっかりと覚えておくと良いですよ。強い支配力はありませんが心を許した相手にのみ吐露できる程度の話であれば簡単に白状させる事が出来ます。」
いや、どう見ても十分な威力だよ、精霊法と云う失われた法術はゴールディの著書の中にしか存在しないとされている眉唾物の法術であるというのが一般常識だ、四六時中精霊を感じその声に耳を傾け、歩く道すがら出来る限り多くの精霊と親交を深める事を習慣付けられれば行使可能になると言うイカレたハードルの高さが無ければ失われることは無かったと思う。
ラゼルの住んでいたトゥレラロウ島で秘伝として伝わって居たという話と、島にはエルダーエルフや精霊王、妖精王、妖精の女王など錚々たる幻想種との交流話、そして扉と呼ばれる別次元へと繋がるファンタジー要素をよーく絡めて頂いて見た限り、人間辞める前からそれらとの混血ではないかと推測できる。
ただ、その説を完全に立証するには困った事が立ちはだかる。
俺は普通の病死、いや衰弱の果てに病死仕掛けて一万回は死んだただの人間だ。
何処にも幻想種の血が混ざるような経路や経緯などが見当たらない。それなのに何故この俺が精霊法を使えるのかと言う原因や端緒を探す方にここのところ頭を悩ませるばかりだ。
『才能があったと思えば楽なんじゃないのか?、生きたまま、しかも死に掛けていたにもかかわらず界の外からこの世界に渡って来られた奇跡の体現者じゃないか、私としては寧ろそちらの方が悩ましいよ』
ゴールディの言い分も尤もな話だ、俺と言う存在は極めて異質過ぎる。
下らない事で煩悶としている間に事態はゆるゆると進行していた…。
船は出せないと言い張っていた船長など今は居ない過去の話です。
唐突で済みません、神の試練を果たせねばならない一行です。
精霊術の浄化の力って素晴らしいですね、流行り病に罹った者達を選別して乗客を満載して、封鎖されていた港を監視する船団の横を楽々と抜けて一路北上で御座います。
ダメですよ居眠りなんてしては。
「波の音が心地良いですなぁ。」
さてさて連絡航路というありふれた海路を手慣れた様子で操舵する船長さん達を拝見致しますと、催眠状態で航海している様には見えませんね、では皆様頑張って下さい、到着したら催眠、解きますので。
もうこの代行者なんでもアリだなと思いながら操舵室を後にしてラウンジへと向かう。
狭いながらも客船としての体裁は保たれており、客室も三等級に別けられたかなり上等な連絡船であった。ウェイターから葡萄酒の水割りを頂く。
船上では貴重な飲料水だが水の方がかなりの高額商品なので葡萄酒等の酒類で嵩増しして呑む方が安く上がる。
詳しい値段を言えば、水一杯に銅貨一枚、葡萄酒一杯に銅貨の割銭三分の一である。
葡萄酒三杯と水一杯が等価と言われれば成る程とも思うだろう、そしてそのまま呑めばいいと考える向きの人も居るだろう、葡萄酒を水割りにするのも理由があっての事だ。
実はこの世界の葡萄酒はそのまま飲むと渋くて呑み辛い上にアルコール度数が高く、正直言って不味いのだ。
水で割るなり砂糖を加えるなりすると、そこそこ飲める飲み物になる。
現代の酒について俺は詳しい訳ではないから上手く説明する事は放棄させて貰うが、この世界で初めて口にした葡萄酒は葡萄の皮のエグ味だけが強くてクソ不味いという感想しかなかった。
※野生の葡萄の皮に含まれるタンニンの含有量が非常に高く、彼だけが大当たりを引いたわけではない。
又、品種改良も進んでおらず成長の余地は激しく残されている。
醸造は科学だ、こればかりは西側に其れ専門に生きていた人間が流れ着くか発展を待つしかない。
水は水で決して美味しい訳では無く、レモンなりなんなりの柑橘系や混ぜ物が欲しくなる味わいだった。
ならば一般的に美味しく飲める葡萄酒の水割りに自然と落ち着くことになる。
※硬水と言うやつであり蒸留も濾過もされてはいない、煮沸して冷ましてから飲み水として扱われる、ゆえに高額商品に化ける。
ミクリヤと呼ばれた女性が獣人の女性とフルーツを楽しみながら呑んでいる姿を見てゴクリと喉が鳴る。
ああ、フルーツか俺も頼もう。
見ていたら欲しくなってしまい、二つほど美味そうだったものを注文する。
肘置き程度の面積しかないテーブルと脇に設えられた固定式の椅子に腰掛けてフルーツの登場を待つ。
世間的に結婚適齢期の俺ではあるが残念な事にそこいら辺の知識はすっかりと抜け落ちている。
何時かは補完して置きたいところであるが、神に其処を弱点とばかりに攻め立てられる可能性があるだけに守るべきものを少しでも作らない事を心掛けておかねばならない。
妻や子等を設けてしまえばそれを人質に取られて未来永劫奴隷にされかねないからだ。
昨夜の美味なフルーツの味を寝ぼけた頭で思い出しながら、薄暗い一等客室から海を見渡す。
海上から見る日の出と朝焼けと言えば船旅の定番だ、目にしたかった物の一つを眺めながら欄干にもたれ掛かり太陽を見る。
真っ赤なヒーローの歌を口ずさみながら、俺は嘗ての病床の俺に今の景色と思いを伝えて遣りたい気持ちで一杯だった。
何処かから聞こえた歌が私の記憶野を穿ち搔き乱す。
間違いなく日本語、そして何時だったかクラスの男子が歌っていた戦隊アニメの主題歌か何かだ。
何処から聞こえたのかを必死になって探るが、曲がりなりにも隠密を学んでいる私が気配すら探れない。
これだけ狭い船と云う空間であるのに未熟な私ではどうしようもないのかと愕然とする。
港町フルフルを出航する船があると聞き、取る物も取り敢えず乗り込んだこの船だが、アレスが云うには何処かオカシイらしい。
乗組員が全員何らかの精神操作を受けているのではないかと彼は語る。
油断せず気を張り詰めて気配を探っていると厳かな圧力がゆっくりと近付いてくる。
「上?。」
圧力ではない、唯只管に尊い何かが頭上に居る事だけが判る。
危害を加えられる訳では無い、その尊い者は邪魔する事のみを許さないと気配だけで語り掛けて来る。
これなら多分猛獣の檻に放り込まれた方がまだ生存の可能性がある。気配を探る術を辞め、静かに客室へと歩いて戻る。
視られている感触、いや見守られている気配がある。
幼い頃両親から注がれていた無償の愛の気配が私を包んでいる。
私は一つ息を吐くともう一度ベッドの中に潜り込む、大きすぎで抗う気も起きない存在を刺激するのは如何考えても得策では無いからだ。
「彼女はいい子だったが、君は悪い子だね。」
アレスは逃げ場を失ったままラゼルと対峙していた。
あらゆる術の発動が絶望視される歪みの中でナイフ一本抜き放つ気になれない。
「安心して欲しい、僕は神の雑用係だ人間に敵する者じゃないよ。」
穏やかであった、微塵も小動しない静穏が目の前の男から伝わって来る。
「おまっえが神の関係者だと言うなら!。」
武器が抜けないならこの五体を使うしかない。
突き出した拳が優しく包まれて衝撃を完全に殺される。
「父さんと母さんが何故死んだか教えろ!。」
蹴りも足で受け止められて力が流れるままに逸らされる。蹴り抜けば欄干に当たりそうなその軌道も優しく逸らされて。
「君を生かすためだよ、アレス・ウィルドス。」
俺は名乗ったか?この男に、そう思った一瞬、俺の行動は完全封殺され、意識を刈り取られた。
───神の嫌がらせが君にまで及ばないように。
そして俺は戦った相手の顔を完璧に忘れた、今まで一度としてそんな事は無かったのに…。




