第百九十一話 虚弱体質冒険者と愛馬との出会い
安心してください、読み返さず投稿しています。(開き直り)
旅の騎士様が村を拠点にして近くの遺跡を攻略するという報せは、村会議で村長の口から宣言された。
壇上の挨拶で旅の騎士様の名前が明かされたが誰もその正体に気付く由も無かった。
当然だ、歴史書に記されているお話に登場する人物と同一人物であるなどと誰が気付くだろうか、軽く二千年近く時が経過しているのだ、結び付けようとしても端緒が遥か過去にありすぎて結び付け様が無いのだ。
常識の壁を超えるのは素直さだけだと思うがなんのなんの黒歴史をノートに書き起こすことなく脳味噌の中で大切に保管して煮込み過ぎている俺のようなものからすれば楽々蝶々結びに出来るような話だ。
ケホケホと咳をしながら歩く俺は、軽装で取り敢えず旅の騎士様ことラゼル・タリュート様と遺跡への道を同道することとなった。
雪解けの草原は冬毛に換毛するような生き物以外は白地の大地に落ちる汚れた染みの様に見えて非常に不快な存在であった。
「コボルトやゴブリンの行動としては高度であることは疑いない、ここは君の世界で云う感覚だとラスボス一歩手前の場所だからな。」
雪合戦の中でもハイレベルな雪のトーチカを構築している点から見ての評価だ、つまり陣地を構築している。
弱くてオールドゲームそしてハードモード、能力逆チート、半病人スタート。
詰んでる自覚はあるがこの世界に馴染む為には幾つかの試練を超える必要がある。
取り敢えずはゴールディが本来使えるチートを復活させるために俺自身を"神の試練を受ける者"として覚醒させる必要がある、…と言う、OKもっと説明プリーズなフラグを建てる作業である。
『大体の説明は遺跡に行くだけで略、済んでしまうんだ』
二人とも苦笑しながら顔を見合わせて、実体のあるラゼルが俺の背中をトントンと叩く。
「では剣を抜いて世界を感じ取ってみようか、大丈夫君ならできるさ周囲に何時も居る存在を知覚するだけだからね。」
雪の積もった草原で石の入った雪玉を投擲されながら何かに目覚めろと言われ、ハイそうですかなどとは中々思えるものではない、異世界転移していると云う大前提があるからこそ、そういう心境に至れるのだから人と言う生き物は何処までも現金に出来ている。
ペリッと一枚薄皮が剥がれる感触と顔面に雪玉が飛来するのは略同時であった。
一撃で仰け反る、押し寄せる力に抗えるような筋力など最初から無い。
枯草のような堅さも無い事が幸いした、ショック死で済んだのだから。
青白い光に包まれて息を吹き返す、間違いなく死んだ感触が体中に残っているのに生きていた。
千切れかけた魂を迅速に引き戻されて身体を癒されたのは判るが臨死体験をサクッと止められたリターンバック感が全身を駆け巡る。
「呆けてないで構えて、飛んで来る雪玉の中にある石を叩いて逸らすんだ。」
要求が高度過ぎやしませんかね、等と吐く暇はない、息が続かない運動量で文句など言えようはずがない。
『残機という概念で言えば、君は無限の残機を手にした状態だ、ラゼル様のご厚意に甘えて好きなだけ死ぬと良い、斯う云うものは痛くなければ覚えないとも言うらしいからな』
テメェ俺の脳内のどの漫画を読んでその結論に至った…。
木剣でないだけマシなのかっ、なぁ?マシなのか?。
ひっきりなしに飛来してくる雪玉を捌き、時折喰らって即死し、疲労すら回復されて戦線復帰する。
ラゼルもゴールディも参戦する気は無いようだ。
結界も障壁魔法もロスが多すぎる、与えられている魔法の数は明らかに多いのだが現在の実力で使える物は極僅かだ。
炎の魔法を傍に置き雪を溶かして足場を良くしようとした、しかし俺が幾ら良い足場を構築しても其処から動かないのであれば只の的の出来上がりだ、あっと言う間に集中砲火を浴びて死ぬ。
死んだ。
氷の魔法を飛ばして迎撃を試みるがアウト、威力が相殺できていない、これでは死んでしまう。
死んだ。
そもそも魔法を魔法として使うのは多数の敵を相手にして戦うにはもっと高位の魔法でなければ意味がない。
盾の魔法を駆使して即死を避ける事にしたが数発受けて盾が無くなり衝撃で肩が外れ、キャパシティを超えた雪玉の物量に抗し切れず死亡。
なまじ耐えた分痛みは倍増であった。
蘇生と回復で元気極普通なジョー復活だ。
構築された敵陣で段差を踏み外し転倒して即死した。
気を取り直して復活、ゴールディの記憶から武器に魔法を帯びさせて使う魔法剣に至る。
雪玉内部の石の存在をコロッと忘れてア〇ンストラッシュを初めて放ってみたものの掠めたのみで雪玉の直撃を喰らい即死。投擲してきた奴は…やけにコントロールの良いオーガだ。
いや、なんでオーガが居るの、ゴブリンとコボルトだけじゃなかったのか?。
蘇生と回復で元気極普通なジョー復活だ。但しメンタルは最悪である。
「向精神補助。」
有難い事にささくれ立った心に暖かな力が流れ込んでくる。
世界と世界の隙間にある何かもチラホラ見えて来た、なるほど、コイツは効くぜ。
予想外に効き目が良かったらしく雪玉の内部まで幻視出来る確率が上昇した…ように思える、思い込みとか幻覚かもしれないが死なずに済んでるから気のせいとは言い切れない。
魔法を付与した剣は衝撃を幾らか吸収してくれる、これは今の俺には大きな発見であっ……。
おはよう、清々しい朝だね。
結界の中でラゼルが用意したコーヒーを頂いている。
血飛沫が舞い散った後が残されている場所が目の端に見えるが気のせいだろう。
この世界に来て大体一年半ぶりのコーヒーだ、普段は病院内のカロリー表示がされた気配りの行き届いたコーヒーをチューブから流し込む前に香りを楽しむ程度だったのだが、ふふ、これは中々新しい味じゃないか。
「苦くて甘い、なんと喩えればいいのか判らないが温まるという事は正義だな。」
「喜んで貰えて嬉しいよ、で、どうかな目に見えない精霊の働きは知覚出来たかい。」
精霊の存在を正確に把握して理解する訓練、それが出来て初めてクォイスに触れる事が出来るようになるのだという。
「ラゼルが使えばいいんじゃないかな、そのクォイスっていう何かを。」
「済まない、僕はとっくに人間を辞めているから無理なんだ、つまり触れないという事だ。」
なるほど、ゴールディと概ね同じかと納得してコーヒーを味わう。
様々な知識を合間合間に与えられ、遺跡への道をのんびりと進む。
肉体の回復というよりも健常化を優先させたからなのだが、村を出発してあれから一ヶ月が経過していた。
死んだ回数?嫌な事を聞くなよ。
雪合戦に猿の化物…パズス、スノウドラゴン、イエティなどが参戦しちょっとした戦場になっている。
ブレードボアが横切り、時々戦闘は中断され敵側が大損害を受けるがあのイノシシだけは行動が読めない。
俺はと言えば肉が食える程度に内臓が回復しゴブリンとコボルトを斬り殺せる程度には筋力が付いて来ていた。パワーレベリングに近い何かであり遠すぎる何かだ、ラゼルは敵を一体も倒していない、わらわらと群がって来たときにポーンと敵陣に投げ返すくらいしか戦闘に介入してこない。
「全属性の精霊をバランスよく使役するんだ、ゴールディに直接見本を見せて貰うと良い。」
『やってもいいのか?感覚として遣り方が直ぐ掴めるが思考錯誤してない分大変な事になると思うが』
「いいんじゃないかな、幾らでも経験できる今なら気まぐれな精霊の自己紹介だろうし。」
ゴールディが常識人だと、少なくとも多少はマシな部類だと理解したのは各種精霊の暴走で燃えて乾いて凍り付いて腐敗して虫が湧いて風化して精神崩壊に追い込まれた後だった。
ラゼルには死という概念が無くなって久しいのだろう、生き返り回復さえされれば全部無かった事になると言う誤解が脈々と息づき、最早常識となっている感が否めない。
生きたまま脳漿を撒き散らして失う感覚を何度も経験していると、脳に余り痛覚が無くて良かったとしか言えない。
雪合戦場は雪解けとともに只の合戦場に姿を変えた。
ざぁざぁと降りしきる雨の中をケンタウロスと一対一で剣を交える。
愛馬は力づくで従えたユニコーン、角は無くなっている。
馬具はない、首に巻いたロープだけが頼りだ。
人馬一体化された魔物との戦いにユニコーンとしては偉くプライドが傷付けられるようだ、背中に居る人間は何度となく血潮を撒き散らして死ぬ上、激しく弱い。
魔物として可也格下のケンタウロス程度に手古摺る程度の腕しかない。いや腕は先程の戦闘で千切れて飛んで行ったからその腕も無い。
「治療は任せて全力でいけ、精霊の声を聞き続けるんだ。」
それはユニコーンからみても無理な注文なのではと思う、千切れた腕は生え、無くした左頭部も復元しているが治っただけでは色々と何か足りない事を補えないのではないかと思えたからだ。
ジョーはその余りにもな不甲斐無さによりユニコーンの背にある事を許されていた。
「雪風、済まない。」
名付けられたその名はユニコーン的に悪くない響きを持った名前であった。
馬の名前間違えてました




