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放り出されたセカイの果てで  作者: 暇なる人
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第百八十八話 混沌の幕間は客を招く⑨

『おお、あったあった』


 首から下が様々な動物に食べられたのだろうと容易に推察出来そうな、赤黒い肉片が僅かばかり残った骨が散らばる惨劇の現場で、彼は鼻歌交じりで軽く探索魔法を使い、散逸したアイテムや魔道具を掻き集め、ついでに拾い集めた元の肉体を一か所に集め、魔法とはまた別系統の術式で小さな石ころの様なものを精製した。

 何故俯瞰した物言いになるのかと言うと遺体に触れる事に忌避感が強かった俺を押し退けてヤレヤレとばかりに俺をマリオネットの様に操作し始めた脳内導師の遠隔操作術で、身体自体は自分で動かしているのか、はたまたそうでないような状態に置かれた。

 アレだ宇宙空間でマニピュレーター操作するような感覚で操られたと言った方が俺的にしっくりくる。

 肉と道具袋が癒着していたのをペリペリと丁寧に剥がす作業が殆どで死臭の漂う場で溶けた体液がたっぷりと染み込んだ色々アレなものを川で洗う作業が〆の作業であった。

 脳内導師の手慣れ過ぎている死体漁りテクニックの数々に、俺は暫く干し肉が食えなさそうなショックを受けたのは言うまでもない勿論色々と子細に覚えているが叙述するには体力が必要だからそろそろ遠慮したいと思う。


「こんな大荷物を持ち歩けと言われても困るぞ、鞄らしきものも無いのに……。」


 村までの距離は、たっぷり半日はある、往復などしていたら魔物の餌食だ。

 荷物の規模はリヤカー一杯分をやや超える程度の夜逃げ規模だった、どうやって持っていたのか…答えはあっさりと明かされる。


『空間魔法の使い方は直接脳に書き付けて置いたから嫌でも判る筈だ、まずは立体座標と空間確保だ、多少時間が掛かってもこれは全部持ち帰る必要があるから弱音は吐かせないぞ、ジョー』


 シューゾーの様に熱く、イメージだイメージだと、冷静ないい声で連呼されながら空間のイメージに専念する。

 イメージする格納スペースは収納と言う用途から懸け離れているが、俺と云う個人を象徴するような広くて寂しく整然とした、人生の大半を過ごす事となったICUになっていた。

 心電図や何度もお世話になった人工呼吸器、無影灯やら介護器具、車椅子。

 正しく俺の部屋だった、他にイメージ出来るものは大体病室や病院の施設ばかりだ。



 興味津々で脳内導師がウロウロと室内を物色している。

 骨と皮だけの俺ならば楽に着れそうなスリムジーンズと黒のカッターシャツに金のカフスボタン、銀の彫刻装飾入り腕時計、首にはプラチナのロケットネックレスを下げている、どこぞの借金取りのような出で立ちだ。


『これは驚いた、千年前にこの施設があれば彼女を()()()ことも無かっただろうにな、そう思わないか?ジョー』


「悪いがその()()とやらについての説明を受けた事は無いぞゴールディ。」


『私が説明するよりも君の方が詳しい人物だ、確か…君は彼女の初恋のお相手というやつだった筈だが。』


 何やらブツブツ独り言を言い始めた脳内導師は取り敢えず放置しておこう。

 室内の整理を済ませてスペースを確保し、テキパキと脳内導師の私物を運び込みながら、俺は記憶の整理と"かのじょ"とやらについて頭を悩ませる事となる。

 深く考えるまでもなく心当たりはある、あるのだが彼女は中学から学生寮に入りそのまま大学院を出るまで勉強漬けの日々を送るのだと両親も言っていた筈だ。

 何時からか病室に顔すら出さなくなったのは確か…大学部から院生になる時期だっただろうか、あまり詳しくは判らない。

 彼女が来ていても寝ていたり、半分死に掛けていたり、概ね死の淵をさまよっていた筈なので来てくれるのは嬉しいが酷いタイミングでは来て欲しくなかった事を思い出す。

 何時か俺を治して見せると言ってくれたのは彼女だけだった喩え気休めでもそう言ってくれた友を悪し様に罵る事だけはしたくない、情緒不安定で壊れかけていた俺でも彼女だけは聖域であった気がする。

 でもその彼女と彼の言う彼女にはどんな関わりがあるのか一切知らない。

 全く以て謎である。


『神は君に何か含む処でもあったのかな』


 そんなもん俺が聞きたいわ。

 気が付けば脳内導師ゴールディの手元に、真っ黒な瘴気がゆらゆらと立ち昇るショートソードが鞘に納められたまま浮いている。


「それはなんだい?。」


『これか……これは私の友が暮らしていた村に伝わっていた名も無き聖剣だ。』


 聖剣等と呼ばれて良いものかどうか怪しい禍々しさが視覚できるのは本当にどうかしている。


『強い武器ほど念入りにその力が封じられているのさ』


 青白い光が掌から迸り瘴気と鬩ぎ合う。


「なんだこりゃ。」


『君の身体を使って浄化を施してみたのだが、残念ながら効果は無いようだ』


 どうやら聖剣は封じられているようだ。

 懐かしの寝ながら用足しが楽に出来るベッドにその剣を置いて、さて空間魔法の出口から外に向かう。

 すると、そこは村から程近い林の中であった。


『上手く繋がったな、心配性の老婆に遠出がバレずに帰れるぞ』


 チャガ婆さんが心配性?、いやいや照れ隠しに鉈や包丁に闘気を迸らせるような心配性ってあるのだろうか。


「すごく便利だと思うが疑似的な転移魔法として確立できないもんかねぇ。」


 山菜や薪拾い、そして水汲みの労力が軽減されるし原理はなんとか頭の中でイメージできる。


『いい提案だ、考慮に値する。良い結果を期待していてくれ』


 脳内で描いたイメージを脳内に居る存在がフムフムと見渡しながら良い結果を期待して良いというのであれば妄想は捗る。

 任せてくれ動かぬ身体で過ごした人生の殆どが妄想で出来ている俺に死角は無い。



 夕暮れの村落を用水路の破損や詰まりが無いか点検し、一頻り日課の見回りをこなせば、川の流れる音を聞きながら、どう見ても物置小屋という見た目の我が家へと帰りつく。

 越冬に備えて集めた保温材と壁の隙間を埋めるための道具を壁際に追いやり。

 徐に藁を敷き詰めて勢いよく寝具を広げ、とっとと身体を包み込む様に眠る。

 今日は二食食べられない日なのでエネルギーの消耗は御法度なのだ。


『亜空間を一度貯水地にして任意の場所の貯水池なり樽なりに移動させ続ければ確かに水道が出来る』


 脳内導師との対話と妄想科学についてのディスカッションが行われている頃、一際冷たい風が隙間風となって吹き込んで来る。

 土壁を塗って冬に備える準備はしてあるが、まだ完了には程遠い。


「悪い、ゴールディ明日に備えて寝るわ。」


 こうして意識を手放して眠っている間に脳内導師は色々と魔法の知識を形にしているのだろう。

 そういう時は翌朝猛烈に糖分が欲しくなるから判るのだ。





 近くの林からせっせと粘土を集め、稲科の雑草を何日もかけて掻き集め、草木灰やら石灰、ヨモギやらの食えて乾燥保存できるキノコ等を処理し続けて行く。

 村中を毎日綿密に徘徊しながら仕事をして得た知識もそうだが、両親が好んで視ていたテレビ番組の影響もかなり強い。


『錬金術そのものなのだが、誰から教わった…ふむ、グーゲル先生とウィッキー・ペディーア先生か、どちらも実体がないとは親近感が沸く』


「確かに似たようなモンだな。」


 両先生は今居る世界の誰よりも長生きだろう、集合知の遥か向こう側におわすお方たちだ。

 カタツムリの魔獣から獲得した殻を焼いて生石灰を作り周囲の土地の殺菌を入念に行った、その余った石灰で壁を塗る訳だが今年は只の応急処置でやらざるを得ない。


『魔法でどうにかならないのか』


「寧ろこれは錬金術の分野だと思う。」


 先ずは繊維質の強い草を乾かして細かく砕いたものだ、一般的には藁が使われるが、無いものを強請ったところで意味がない。そこで麻によく似た…麻そのものかも知れないが、その草を刈り集めて乾燥させたものを細かく砕いて袋詰めして置いたものを使う。

 後は薄い茶系の土、粘土質の土を混ぜ、石灰と水を少しづつ適量になるまで混ぜる……配合量は決まっている…決まっているんだが気温と湿度と諸々の条件から加減が全部ブレる。

 其処からは"勘"なのだ。

 化学反応で乾いた後強固に固まる土壁ではあるが、この配合次第で乾燥速度にムラが出来たりして異様にややこしい自体に陥る。

 つまり経験の全く無いド素人の俺が左官を付け焼刃でやる以上何をどうしようと応急処置なのだ。

 其れらしい道具で其れらしい気分に浸りながら拙い隙間埋め作業に一日を費やす。

 もう数日は壁塗りと見回りだけで一日が終わるだろう。

 三日に一度は湯張りと湯沸かしに薪割りの重労働があるのだからサッサと終わらせておきたいところである。

 植物人間が普通の人間に戻るだけの日常は、そこそこ充実していると言えそうだった。






二、三度読み直しても誤字はあるし言い回しもおかしい事があります。はぁ…。

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