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放り出されたセカイの果てで  作者: 暇なる人
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第百八十五話 混沌の幕間は客を招く⑥

 情けない声が夜の街に響く。

 漏れ出でるその音に、幾人か身構えていた魔人の影が蠢く。

 危険を形にしたモノ(・・)が幽鬼のようにゆらりゆらりと歩み寄り、爪撃を弾き、薙ぎ払い、指を飛ばして手首を断つ。

 眼球に槍を突き立てたかと思えば、そのまま眼窩を砕いて脳を貫き、振り抜く勢いのまま脳髄を掻き回し、一人、又一人と魔人を狩り殺していく。

 無感情に魔人の死体の上を踏みしめて進み、人の皮から脱した直後の魔人を見つけては徐に心臓を突き、逃げ場のない死を与える浄化の輝きを曳いて歩む。

 姿を捉える事が出来ない訳ではない、見た目も行動も隙だらけであった。

 しかし、それでも魔人達による必死の攻撃は掠りもしない、爪に毒を纏える様になった魔人は不本意な事に狙いすましたように爪を刈り取られ、その内二本を眼窩に突き込まれる。

 そして毒の効果を脳で思い知った。

 奪った爪を観察し、のた打ち回る魔人を調べるように解体したかと思えば、思い出したように後ずさる魔人を追い、瞬間移動の様な突進で肉迫して心臓を刺し殺し、身構えていた魔人の懐に飛び込んでゆく。

 如何に躱しても、喩え、手や腕でガードしても、魔力を展開させて防御魔法を構えても、槍の軌道を妨げるには至らず、その使い手にとっても彼等の必死な防御行動などどうでもいい事らしく、いともたやすく邪魔臭げな動作で心臓は貫かれてしまう。

 気道を断たれた同胞が悲鳴をあげるように息を漏らし、その音が笛のように鳴り響く。

 その絶鳴を皮きりに、また虐殺が再開される。



 最小限の労力と動きで魔人達が討伐されていく、それは傍から見る限り不気味で不可解な戦闘であった。

 三位一体で同僚を喪いながら戦い抜いた兵士達にもその姿は小さな出来事では無かった。

 燐光を曳き、人間離れした速度で動く彼自体も不可解ではあるが、聖水も用いず聖法も使わずに魔人を屠って行く姿には違和感しか感じない。

 彼の戦いは隠形を用いている様なのだが、あの武器を用いる限り存在が希薄になり切る事は無く、嫌でも目についてしまう。

 尤も隠形の行使を止めれば今よりも何倍も目立つだけの事であるから、それを彼が望まない以上、隠形を止める事は無いだろう。



 幾度か魔人の攻撃と槍使いの斬撃の捌きを目にする事が出来たが、無造作且つ面倒臭そうに躱し切れないものを渋々外側に逸らしている体捌きがその全てであった、爪を態々切断して奪って武器として用いるような行動は好奇心を満たすだけか、はたまた気まぐれに行ってみただけの事だったのだろう。

 危うさを常に感じさせる、とても洗練されているとは思えない動きでありながら、その実、怪我らしい怪我を負う事の無い戦い方。

 目を凝らし、コンラッドが確認した彼の容姿は、黒髪の男である事だけが辛うじてわかる程度。

 隠形の力により姿も表情も読めず、常に存在がブレていて実像が掴めない。


「タケル様と良く似ている、だがしかし…。」


「こちらに向かって来ます!!。」


 精鋭の兵士たちに緊張が走るが、百人長とその麾下の者達による整列の号令で動揺も瞬く間に収まる。

 目を離した隙に男は目の前に立っていた。槍の穂先は地面に向けて刺されており、柄から手を離し肩に乗せている。


「どうやら此処を陥落したお偉いさんのようだ、ギルドマスターからの書簡には目を通して貰えただろうか?。」


 柔和だが、少し落胆したような表情が見受けられる。


「私の名はコンラッド、孤児故に家名は無い、名乗らぬ訳ではないから気を悪くしないでくれ。」


「名乗られては名乗らぬ訳にもいかないか、俺の名前はタツヤ・クラハシ、タケル・ミドウとは物心付く前からの幼馴染だ、元気でやっているならそれでいい、再会できるかもと勝手に期待したのはこちらの都合だからな、まぁ、こちらも息災だと伝言を頼めるか?。」


「勿論、直接お伝えする。」


「有難い、荷を渡したいところなのだが御覧の通り、宿までの道がこの魔人供のたまり場になっている、空を飛べる奴と違って俺も彼女も徒歩でな、一刻もあれば片付くと思うので少し待ってて貰いたい。」


 そう言うと新しい手袋を腰の革袋から取り出し両手に嵌めて槍を手に持って魔人に向かって歩いていく。

 槍に左手を翳し、眩い光を弾けるように浴びせると穂先がみるみる内に神々しい光を放つようになる。


「あれはっ…聖剣。」


 見た事も聞いた事も無いが、心の裡に響くものがそのワードを引き出してくる。

 言葉ではなく、魂が解るのだろう、清浄な光に満たされたその槍が魔人の纏う瘴気を切り裂き、吸い取り、断ち切って行く。

 兵士たちが一斉に感嘆の言葉を漏らす。

 聖剣を持つ勇者にだけ戦わせるのは流石に体面が悪い。


「魔人討伐の聖水の残量と武器の確認を急げ、足りないようなら補充だ、急げ。」


 百人長が空気を読んで準備の指示を出す。

 胡乱な槍使いから槍使いの勇者に扱いが変わったタツヤ・クラハシは、目の覚めるような聖光を曳き乍ら魔人を草でも刈る様に倒していく。

 理解してしまえばあの規格外な戦いにも納得できる、なんだ、只の神の御使いか…と。


「流石はタケル様の幼馴染だ。」


 やや誤解されてしまった感があるが、悪印象よりは大分とマシであるようだ。

 何人も仲間を失いながら荷受けの為にやって来た彼等としては払った犠牲の大きさに心萎えるところであったのだが、突如現れた生ける伝説の存在で徐々に士気が回復してゆく。

 伝説の聖剣を携えた、寝物語に聞かされた過去の中にしか存在しなかった勇者である。

 それは俺達の世界でも伝説の中の物語にしか存在しない講談の産物。

 現実に顕われてしまえば、其れは厄介者扱いとなるか、人間核兵器のような存在となるだろう。

 狭い教室の中に勇者と魔王がいたら、モブである我々は平和な学園生活をまず真っ先に諦めた方が良い。

 惨劇の幕開けになるか、ドタバタコメディになるか、淡々と壊れた日常を送るかは神のみぞ知るところである。

 中世に近い世界観で顕われる勇者や英雄、聖剣や聖遺物などは、こちらの世界では憧れや憧憬も然る事ながら、近い過去で実際にあった出来事がモチーフとなっており、一概に創作であると斬り捨てる事が出来ないそういう世界である。

 であるからして、タツヤが思っている数万倍、事は重大な話となる……だが、現代っ子であるタツヤからの視点では自分の姿は軽いものでしかない。

 このズレが今後どうなって行くのかなど、今は知る由も無い話である。



 盛大に戦うタツヤを微睡みの中で見ていたトモエは静かに立ち上がり周囲を見渡す。


「これだけ殺しても全然減っているようには見えないねぇ。」


 薙刀を一振りしてトモエはもう一本飲み物を口にする。

 苦戦はしていない事は一目で判るが、嫌気が差している様子なのは確かだ。

 あの男は包丁を握っている時が一番幸せそうなのだ、断じて槍働きを褒められても喜ぶようなタマではない。


「ハライタマヘ、キヨメタマヘ。」


 光を纏った薙刀を携えて清涼感溢れるベリージュースを飲み干すと一息で魔人の心臓を肩口から鎖骨を砕いて肋骨を断ち割りながら切り裂く。

 槍とは違う戦い方が薙刀にはある。

 長柄を十二分に生かした遠心力で鉈を叩き下ろす武者をも殺せる一撃だ。

 肉厚の巴鉈で断ち割られた傷口から魔人の命が迸る。

 殺ってしまえば既に興味は尽きる、次に控える魔人の命は月の軌道を描く薙刀の燐光の先に吸い込まれるように振り下ろされる。

 反射的に身を守ろうとした魔人の腕を斬り飛ばし切っ先は心臓を穿ち浄化の焔を上げる。

 現実的な感覚で言えば可哀想な話なのだが、こちらが生きるスペースに捕食者が座るスペースが確保出来るほど人間が出来ていない。

 ならば異物として迎え撃たなければ生きる事の放棄と直結する、即ち死だ。

 死にたくなければ殺すしかない。

 話し合いで解決するには双方にその意思が無くては絶対に解決などしないからだ。

 生存競争は夢物語に生きる者達には不可能な競争、争いたくなければ食われて死ぬしかない。

 道を転がってゆく頸と噴出す血の噴水を退いて避けながら、終わりの見えない戦いの予感をトモエは感じていた。



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