第百八十三話 混沌の幕間は客を招く④
謹賀新年。
遅筆であり誠にお目汚しな拙作を読み続けて頂き有難き仕合わせに存じます。
書きたい内容が逸り過ぎて色々と端折ったり、練り込み切れていない部分とアラが目立つ文章力では御座いますが、見捨てずお読み頂ける事に感謝しつつ書き続けて行く所存で御座います。
では、本年も引き続き宜しくお願い致します。
巨人出現により進路をシルナ王国側へと向けたとの報告がイノが放った伝令から齎された。
届いた書簡に一通り目を通し伝令を労い幾らかの指示をだす。
一息吐いてコンラッドは先ず朋友の無事に胸をなでおろし、タケルの副官としての軍務をこなしていた。
門番からの報告書と届けられた荷の確認書を読みながら一通の判読不明な手紙を手にして息を飲む。
タケルが書く極秘文書と同じものと思しき文字であった。
「タケル様の手の者にしては迂遠に過ぎるな…同郷の者と考える方が妥当か。」
それなりの地位にあるもの以外に荷を引き渡す事は出来ないと、王都のギルドマスターからの書簡も添えられている。
冒険者ギルドのマスターが絡んでいるとなると派遣された者は、この地の調査なり観察を併せて依頼されているだろう、邪魔は出来ないが監視くらいは行わなくてはならない。
尤も入国した時点でタケルの"耳"と"目"が貼り付いて居る事は間違いないだろうが……。
「カダック、コマヤザー、所用が出来たので少し出て来る、パウジは馬を回してくれ。」
「どちらへいらっしゃるのですか、コンラッド様。」
「仮宿舎に指定した宿に通した者達から荷を受け取り、聖歌隊に届けて後、此処に戻る。寄り道をする暇はあるまいが全員分の食事を確保次第戻る。」
山のような書類を片付け続ける副官二人に簡潔に説明すると、軍用コートを羽織り、剣を腰に佩いて臨時に設営された指揮所に設けられた臨時執務室を後にする。
噎せ返るような遺体焼却炉から漂う香りが満ちた街を一台の馬車と百騎の騎兵を従えて整然と進む。
少なくとも多少は魔人との戦いを想定してはいるが勝てる保証はない。
路傍に蹲るシルナの民は、街を漫ろ歩きながら人攫いのように彼等を連行する集団に陣幕のある野戦病院の様な場所へと連れて行かれる。
そこは元は商家やホテル、軍事施設などの敷地の広い建物を徴発したトリエール軍の臨時施設である。
西方都市イースの各所に設営されたそのような施設を中心に防衛力を展開し、人の皮を被る事を辞めたり諦めた魔人の迎撃戦が延々と続いていた。
野戦病院さながらの元店舗の内部は治癒と治療の戦場であり、周囲を囲む様に展開している魔人達には食餌が納められた食糧庫のようなものであった。
浄化の力で闇の女神からの穢れを祓ったユグドラシルは魔人の身を削ぐ度に瘴気をも打ち消す霊槍の面目を取り戻しつつあった。
魔人は薙ぎ払うように振るわれた槍の刃に切断された脚を拾い、繋げようと試みて幾度も失敗を繰り返している。
斬った対象もその場で即座に浄化する効果をなんと説明すれば良いのかは不明だが、此れこそが聖剣の持つ力ではないのかと思う。
治療不可能になった彼等は不利を承知で戦わなくてはならないような…そう、タツヤを相手取る事を避けて一般兵を殺して喰らう方向にシフトしていく。
「そんな甘い事を考えるようなヤツを逃がしたりはしないさ。」
心臓を穿ち一撃でその再生能力を無効化する聖剣の力が魔人の傷口を満たす。
満たされた傷口は不足など無いので繋がらないし回復もしない。それが常態なのだからどれだけ回復魔法や再生力を高めても傷口は開いたままになる。
そのような虐殺を繰り返し、死体の山を築く。
兵士たちから聞いた"魔人"についての幾つかの情報を頭の中で反芻しながらゴールディ・ナイルの著書の内容を思い出して欝々とした気分になる。
聖剣についての幾つかの興味深い記述が為されており、近代の書物によれば、喪われて久しいものであるのだと記されていた。
聖剣は喪われたのではなく、聖なる存在であった筈の逸話の基となった神が世界を捨てて力を失い、闇の女神の属性のみが残った。当然ながら神の力の具現である武器は全て"一柱しか残っていない神の力を具現化"したのである。
魔剣のみしか存在しない世界は闇の女神しか存在しない世界に存在する。
聖剣消滅の真相は極単純な答えだけを示して大きな丸を一つ貰えた形だ。
正解者はユリ・ニシダ、浄化の魔法を各々使う事により聖剣は力を取り戻す、つまりはリライト出来るという答えに辿り着いた訳だ。
それでは、喪われた神の力は何処に?と云うのも簡単な話である、異世界より誘拐された者達には"神格"が与えられている。
未知数の者達がどの様に育つかは不明だが、死して肉体を喪ったその時、このセカイが良い様に神として使い潰す未来が彼等には用意されている。
聖剣が遣い手を選び、認めて力を貸し与える。
それは神の力であり、先兵として死に絶えるその時まで神の威光を世界に知らしめるツールでもあるのだ。
そして聖剣はその在り様を蔑ろにされつつある。
力の源たる神は全てを捨てた、今彼等を拾い上げた者達は古の神と比べればどの様な影響を示すものであるかなど判ったものでは無い。
聖剣は棄てられたのだ、暗い闇の女神の優しさに包まれながら眠っている間に出鱈目に選ばれた神が目的も無く従属を強いる、今この時まで棄てられていた事を知らずに魔剣として振るわれていた。
いや……或いは知っていて見ないようにしていたユグドラシルのように自棄になったまま世界樹としてあるべき理想なども放棄して、唯々使い手に丸投げするのも悪くない選択だったのかもしれない。
ユグドラシルは目覚めた後もタツヤを受け入れた、既に受け入れられている使い手に不満など無かった。
汚泥の底に沈んだままでも、セカイを滅亡させる庭師の手に或る事も、何一つ変わらないのだ。
自殺も他殺も死ぬことには変わりない。
「魔人共から命を奪えユグドラシル。」
『仰せのままにマイ・マスター』
手あたり次第魔人の命も魂も世界樹へと吸い上げて美味しく奪う。
累々と転がる魔人の屍に蘇る兆しは無い、全て世界樹に還る者をあるべき場所に送り続けるだけだ、其れが使い手であり主の命であるのならば還しはしない。
「本当に紛れ込んだ魔人の全てを殺し切れるのか、タケル。」
背後で微睡むトモエの休憩時間を稼ぎながら、そのトモエよりもボンヤリしている愛槍に苛立ちを覚える。
命令には従う、ただ従うだけだ。
ぶっちゃけると犬畜生に劣る、いや犬好きとしては使いたくない慣用句ではあるがこの惚け槍は闇の女神が設えた極上のベッドで惰眠を貪りながら夢現で仕事をこなしているだけに過ぎないのだ
その潜在能力には唖然とするしかないが呆然と見過ごす訳には行かない。
俺は槍を手にしているのであって、高枝切狭を手にしている訳ではないのだ。
「果実キャッチ機能は便利だがそれはもう自分で作ったからいらねぇんだよ。」
ラボの壁に五本ほど立て掛けてある高枝切狭と便利セットを思い出しながら魔人の顔を切り裂いて視力を奪う。
喩え様も無くこの槍の目覚めを遠く感じていると騎兵の一隊が魔人の集団と激突した。
見るからに精鋭である事が窺える。
三人一組で魔人に襲い掛かり、力づくで心臓を抉り取り桶に放り込んではまた襲い掛かる事を繰り返している。
一人死に、二人死に、それでも犠牲の十数倍の心臓を抉り取る戦いは続く。
凄惨な戦いだが手段はアレしかない。
覚醒仕切ってない魔人を倒すくらいしか彼等に出来ることは無い。
今この手にあるユグドラシル同様に、寝ぼけたまま朝飯を食べているような状態の魔人くらいしか一般兵は相手取れないのだ。
魔人が魔人としての自我に目覚め、飛行と戦闘法を思い出し、数々の知識と言語、古代魔法の全てを思い出して覚醒してしまえば再び人類は大攪拌の時を迎える事になる。
「放って置いても結果が同じなら寝ていても起きていても変わらないってのは判るけどな。」
ユグドラシルを握りしめてタツヤは再び魔人を殺していく。
無心になれば楽になれるのかなと半ば諦め乍ら……。




