第百八十話 混沌の開幕は客を招く
タツヤに身を預けているトモエは、ユリの背後で魔法により封じられた何体かの異形の姿をした人を発見する。
この都は多くの魔物めいた者達が隠れ潜む場所である事を嫌々ながら理解する事となった、全く以て理解し難い事ではあったが。
「大丈夫か?、一人で立てるか?。」
「勿論立てるわよ。」
薙刀を受け取りユリを中央に横列に並ぶ。
心臓と遺骸処理を終えて警戒体制の兵士達と怯える民衆、そして厄介な現実が周囲を取り巻く。
封じられた化物たちはユリの魔法相手でも抗える程度には強い。
つまり規格外な強さである事を如実に物語っていた。少なくとも今は…であるが。
「タツヤとトモエの武器でないと物凄く手間のかかる相手。でも二人とも大事な技を使えないから本当の威力は発揮できないの。」
「大事な技って何さ。」
ユリに半ばヘッドロック寸前の体勢で体重を預ける。
「浄化よ、穢れを解き払い、真の力を使えるようにしなきゃその武器は只の普通の武器でしかないわ。」
「普通……ねぇ。」
ユグドラシルの根がゆらゆらと蠢く、こんな普通が在って堪るかと言う気分が押し寄せる。
虚空から一冊の本が染み出してユリの手の中で実体化を始める。
スイッと一枚のカードが宙を舞い彼女の手の中に納まる。
「私のやり方は別物だけど効果は似たようなもの、イメージは徹底的なお掃除ね。」
そうか、やはり大切なのはイメージか。
「祓い給え浄め給え…。」
トモエのイメージは呟きから察せよと言ったところか、では俺はと言えばエルフやら世界樹の成り立ちを知ってしまったために黒に染まれやら呪われろやら物騒なイメージしか描けない。
俺の幻想を返せ、綺麗で清廉な自然と調和して美しく生きるエルフのイメージを返せ。
許しがたい連中の悪行の数々がユグドラシルから怒涛のように溢れ出す。
数千年分の怨念だ、こんなモンどうやって浄化しろと仰るのやら。
エルフの娘が人間の男の子から温かい腸を引き摺り出して歓喜する世界からユリに引き摺り戻される。
「そっちは業が深すぎるわね、はい浄化の羽根、あるだけ使っていいから根気よく浄化すると良いわ。」
「ああ、嫌だ嫌だ、地獄絵図だぜエルフの食事風景は。」
浄化の羽根とやらを無造作に掴んでエルフの穢れた過去を穿り返しては浄化を繰り返す、殺人を何度も目撃し、飢えと渇きの果てに村を襲い街を潰し人を喰らう、獣を喰らう。
そんな咎を浄化し続ける。
ベジタリアンなエルフなど幻想、夢の又夢。肉への嫌悪心はコモン先輩に後付けで植え付けられた最近施されたデチューンの一つだった。
獰猛な肉食獣を飼い馴らす為に最初に打った手が食性の改変だったあたり、俺は彼女に感謝するしかない。
先輩アザーッス。
しこたま嘔吐しながら現実で何度か休憩し、浄化を手作業で繰り返す。
「なんだか凄く大変そうなんだけど、コレ(ユグドラシル)、何。」
「聖なる槍の筈なんだけどね……ごめんセラフちゃん羽根の追加できる?。」
たまに破裂したような音で瘴気が噴出し、舞い散る羽毛があふれ出た瘴気を浄化して消失する。
「暇潰しに化物の相手でもするわ、サポートは任せても?。」
「任せられましょう。私は聖なる武器とかアーティファクトは持ってないから極大魔法で全部無かった事にしか出来ないからね。」
「物騒ねぇ。」
トモエは薙刀を手にして、封じられて身動きの取れない異形の化物の展示場を抜けて、産まれたての化物が暴威を振るわんとする其の巷へと歩み去って行く。
ユリはと言えばその背中を見送りながら、黒雲のように噴出す瘴気の中で悪戦苦闘するタツヤに補助魔法を掛ける。
「ヒィア゛ア゛ア゛ア゛ああっ、ガハァ。」
漆黒の瘴気の切れ間から昏い闇の靄を曳いて、奈落の畔で嗤う怪鳥のような泣き声を放つ黒い鳥二匹が地面にのた打ち回る。
鮮血に染まった何物かが、タツヤとは思えないそのシルエットが瘴気の中から零れ落ちるように姿を顕した。
艶やかで嫋やかで長く長く長い黒髪を広げセカイを浸食する、その異常なる存在が黒い靄のドレスを纏ってユリの前に立つ。
「ココハ、ドコ。」
ゆらりと周囲を見渡しユリと顔を見合わせる。
「ニシダさん、ミドウ君はドコ?。」
面影は無い、面識も無い。
だが声には聞き覚えがあった、いや実は声にも聞き覚えが無いがその雰囲気と言葉のイントネーションや語調が記憶にあったと云うべきだろう。
クラスの委員長にしてまとめ役、白田紬と酷似していた。
「ごめん、わからないわ、何時もの場所じゃないの?。」
平静を務めて言葉を選びながら答える。
昔のままの委員長であればこんな応答であっても理路整然と問い質しに来るはずだ、彼女の性格や性質、ましてや思い人が誰なのかなど知らぬ女子は居ない。
「何処……扉が開かないの、全然!!全然!?全然!!。」
頭を掻きむしって髪を振り乱し崩れた手足の像が盛大にブレて暴れる。
どう見ても正常ではない、雰囲気から察して御堂分が接種出来ておらず精神崩壊を起こして仕舞っているようだ、私も多分闇に堕ちればこんなことになるのだろうかと想像して身震いする。
だが竦んだままでいたところで状況は動かない、行動あるのみ。
見た目から穢れに呑み込まれてそうなビジュアルだったので浄化の羽根をたっぷりとお見舞いする。
闇と靄が打ち消されて光を産み、また闇が広がる。
拮抗状態?まさかね、そう思ってバッサバッサと羽根を振りかける。
熾天使クラスの魔法の力で打ち消せないものはそうあるものでは無いのだが、信じられない速度で羽根は汚染されて力を失っていく。
魔道書を現出させて十二枚のカードを選び出し白井紬を包囲するように召喚、最高威力の浄化を彼女にお見舞いする事にした、手加減無しで。
「熾天纏う十二の使徒よ古の盟約に従いこの世の闇と悪を打ち滅ぼす剣となれ、審判の時は来たれり、今宵この時我が命に服すならば大いなる聖域は光と幸福に満たされるであろう、剣持て!今こそ穢れの全てを打ち払え"ピュリフィケイション"。」
空が開く。
闇夜を切り裂いて空から光が降り注ぐ。
穢れを目掛け、白井紬を目指して、光を具現化した熾天使の集団が各々が得意とする得物を手にして急降下してくる。
変わり果てた学友に光と清浄が怒涛となって次々と降り注ぐ。
抗う闇に最初は弾かれる。
穢れとの戦いは何時だって余裕など無い、多くの犠牲を払いながらその身と魂を削って祓っていくものなのだ。
傷ついた熾天使を癒し、幾度も戦列に復帰させていく。
私の力が尽きるか、白井紬の力が尽きるか、究極的に言えばただそれだけの事である。
巻き込まれる形でユグドラシルの闇がゴッソリと削り取られていった。
視界が回復した俺の前には翼の生えた天使達による審判の時が現出している。
攻撃されている何者かも大した者で、見た目からどうしようもない光と清浄と荘厳なる暴力に負けそうな気配すら無かった。
「適切な火力で周囲に被害なし……ユリに落ち度は無いな、つまりアレが規格外って事か。」
ふと手元にある迷惑な槍に目を落とす。
輝く白い空間に似つかわしくない闇と穢れを纏った槍にイラッとした。
習字紙に誤って一滴垂らしてしまった墨汁一滴のような不快感というやつだ、この一滴の為に紙を替えるかどうかで迷う、あの感覚が俺を襲う。
気が付けば俺は、攻撃を受けている何者かに、汚物を全力で投擲していた。




