第百七十七話 流血の巷
魔人を解体し、その心臓を集めて処理する聖職者達を護る部隊、彼等は少数ではあっても鍛え抜かれた精鋭である。
殺しに殺した亡骸を掻き集めて聖なる炎で焼き尽くさなくては大地が汚染される。
焼却炉を城下街の中央広場でいきなり建設する工兵たちを恨めしそうにシルナ王国の国民達は眺め続けていた。
一人、また一人とシルナ人達は人別帳に書き加えられ、反抗的な者はゴネている間に背後から奴隷紋を背中に打たれ何処かへと連れ去られていく。
話を聞き改宗を受け入れてサインする者以外は奴隷落ちと言う過酷さであった。
判り切った話であるが、多少自由のある奴隷であるか自由の無い奴隷であるかの違いしか其処には無い。
どちらも反抗する自由が無い、良い家畜か只の家畜になるか、ただそれだけであった。
タケルの本心が其処にしっかりと記されているようなものだろう、どちらにせよ容赦する気は微塵も無いのだと。
住民に混じっている魔人を探す為に聖歌隊は歌い続けていた、それでも喉を涸らしたりするような事は固く禁じられているのでそれは遅々として進まない、進みようのない作業であった。
いっその事片っ端から殺すかとトリエール兵の兵士長たちが思案し始めた頃、住民に紛れていた魔人達がその皮を脱ぎ捨てて魔人としての本性と能力を解放して暴虐の限りを尽くさんと蜂起したのだった。
「奴隷紋よ応えよ。」
逃げ惑う奴隷達の足が止まる。
そのまま魔人の爪に割かれて咀嚼される者も無言でその地獄を受け入れる。
「魔人をその身体を賭して取り押さえよ。」
無慈悲な命令が下された。
抗えば抗うほど奴隷紋は効力を発揮する、従おうと願えば奴隷紋はその力を人としての領域を越えられるようにサポートする。
喩え結果が廃人になるとしても主命を果たすだけの人形として死ねるように全力を出せるようにしてくれる、狂気の支配紋であった。
ステロイド、ドーパミン、エンドルフィン、様々な人体より精製される限界を越えられる物質が脳から搾り出される。
魔人に噛み付き肉を齧り取り、狂気して魔人にしがみ付いてその行動を阻害する。
奴隷達の献身により魔人はその猛威をあっと言う間に無力化され、奴隷ごと突き刺しに来る槍にハルバートにハルペーに偃月刀に、その命を散らしていった。
心臓を回収する兵士、脳内麻薬で壊れた奴隷の処理をする兵士、血に塗れていない者達はこの場所には一人もいなかった。
「では城内の制圧に向かう、聖歌を受けていない者は一人残らず引き立て、暴れるものは奴隷に取り押さえさせろ。」
「「「「はっ。」」」」
残留する兵士達を残してタケル達はイース城へと歩を進める。
有難い事に其処は結界で封じられており魔人一匹逃さない圧力に満ちていた。
「結界に影響のないサイズの穴を開けて行くぞ、負ければ死ぬだけ、勝てば帰れるそれだけの場所だ余り気負うなよ。」
歩く端から塞がる程度の穴を兵士たちが歩く。
只の兵士ではない、タケルが選り抜き鍛え上げたトリエール王国軍最強の兵士達である。
「適当な石畳を剥して門に扉に窓に撃ち込め、あるだけ全て叩き込め。」
雷撃が迸る。
タケル達を中心に青白い光が辺りを染めて眩く輝く。
爆音を上げて石畳がイース城に激突し、窓と言う窓、扉という扉、特に正面にある分厚い門扉は木っ端微塵に砕け散った。
それでも尚周囲の彫像や材木に至るまであらゆるものが超電磁砲により撃ち込まれる。
破壊力よりも嫌がらせにそれは近いものだった。
「前進するぞ、障壁魔法を展開してそのまま城内を蹂躙する。」
攻城戦の妙もへったくれも無い。
頭脳を使える魔人達が隠れ潜む場所より外側は全て崩され、イース城がジェンガの様になるまでそう大した時間を必要とはしなかった。
後はヤバい一本を引き抜くだけの状態で、魔人達は空を飛びタケル達の背後を取らんとし、窓枠に脚を掛けたところで城は倒壊した。
「あー…まだ生きてる筈だから油断なく探して殺せ。」
最後の最後で締まりのない命令を出して、自らも槍を片手に魔人を探し始めるタケルであった。
瓦礫の中から十二体の魔人、城の裏手の手掘りの穴倉から二百体以上の魔人と死闘を繰り広げて二名の死者を出した。
「シゴキが足りなかったか…両名とも、僕を恨んでも構わん、特別に許可する。」
二人の死体を前にタケルがそう一言告げると、副官が聖歌隊の駐屯する市街地へと移動する事を命じ城跡を背に歩きはじめる。
民衆に隠れ潜む魔人達の数は万を下るまい。
制圧を終えたイース城下ではあるが、大凡十万人近い人口が存在すると予想されていただけありその捜索は遅々として進まなかった。
「困ったな、聖歌隊の疲労がピークで無理に歌わせることも出来ないか。」
土魔法使いを総動員して奴隷をフル稼働させて、まだ終わる気配が無かった。
兵士長達から上げられる報告書と共に未調査の者達は全て殺しましょうとも提案されている。
「そんな通州事件のような虐殺は勘弁願いたい。」
「ツウシュ?はて、それはどの様な事件でしたかな。」
「シルナのグロ歴史さ。」
「ああ、あの…。」
シルナ人の残虐性に勝るとも劣らない元居た世界の食人事件である。
人種的にはこちらのシルナ人は色々と混ざっていて面影はないが、色々と酷い点が似通っているので思い出しただけだった。
シルナのグロ歴史とはシルナ王国の正史と呼ばれるゴールディ・ナイルの著書のことである。
イースの篩掛けと後の歴史書に記されるタケルによるシルナ人選別はイース城崩落より数えて十日を越えた。
火葬場も延々と稼働を続け周囲の匂いはタンパク質を燃やしたえもいわれぬ悪臭に包まれている。
そんな暗鬱とした城下町にグレイトフルバッファロー二頭立ての戦車が二騎の騎兵に護られてやって来た。
「おお、カラコルムから遠路はるばると…。」
鑑札と砦のお偉いさんからの書状を手渡したのち、厳格そうな騎士は俺達に労いの言葉と休める場所の提供を申し出る。
「それは有難いが、先ずは荷を受け取って頂きたい、仕事を完遂してからでないと流石に気も抜けないからな。」
「それは御尤もだが、少し待って貰えると有難い、ウチの上官達は悠々と椅子に座って落ち着いて下さらぬので現場まで呼びに行かねばならぬのでな。」
少しなどと言われたが間違いなく半日は掛かりそうな予感しかしない。
悪い予感は当たるもの、という訳で宿の紹介を受けて荷物は渡さずに戻り次第呼びつけて貰う事とした。
「何分クラスが低い身の上なので受取人は確実な方でなければ不安でな。」
「荷が生物や酒ならゴリ押ししたかもしれんがな。」
はははと二人で高らかに笑い、荷台から三本ほど果実酒を取り出して騎士に手渡した。
「道中揺られに揺られた酒だけに暫く寝かさなければ飲めたものでは無いが、これも縁だ、差し上げる。」
挨拶を終えて城下に通された俺達は、街の中を満たす死臭と火葬の臭いに顔を顰める。
先導してくれる騎兵に従って風上の良い場所にある宿へと案内された。
「ここなら臭いもそんなに酷くは無い、安心して眠れるはずだ。」
そう言うと騎兵は速やかに門の方角へと引き返していく。
なるほど、確かに風上にあたる立地のこの辺りは臭いも酷くは無かった。
西方都市イースの象徴であった塔のような城は崩れ去り、かつての面影は今は無い。
タロウとハナコとイチローを厩舎に運び牛車の屋根に乗せていた寝藁を広げて休ませる。
必要な荷物と武器を降ろして牛車にユリ謹製の封印魔法を施して宿へと足を踏み入れる。
其処には執事然とした男が油断なく存在しており、一切の隙が無い姿勢で完璧な礼を施して見せた。
「ようこそホテル"リーロン"へ。」




