第百七十五話 最強戦力
寝起きに遭遇した無法者達とは、出会って即刻殺し合いに至った。
ユリのしかけた魔法による罠に掛かった憐れな者達は、その全身を苛む痒みでのた打ち回り見苦しい事このうえない。
精神衛生上宜しくない上に五月蠅いので速やかに心臓を突いて楽にしてやる、これも慈悲と言うヤツだ。
四方から来訪する無法者達ではあるが、曲がりなりにも罠を見破れる者が混ざっているだけあってそれなりに統率されており強さ自体は疑いない。
基本的に戦いとは数の暴力がものを言うシンプルなものである。
武勇伝のある者達でも一度に相手が出来る人数は一人である。
違うと言いたい人はあるだろうが、それは時間差を作れる場合に限る、この世界、回復魔法がある程度存在するせいで重症でなければ死ぬ事は無い。
つまり多少の同士討ちは無視して一斉に斬り掛かる野蛮極まりない戦法が用いられるのだ。
筆者のルーツである地域には回復魔法が無くても同じ戦法を用いるが其処は割愛する。
そのような無茶な戦いを強いる方よりも強いられる方は包囲殲滅の憂き目にあう。
タクマの周りで精霊が文字通り命を削って防護魔法を展開している。
いや、あれは珍しい事に聖法で編まれた盾だ、タクマの持っている盾に似ているから自力で編み上げた新しい聖法なのだろう、真っ当な神がこの世界に在れば祝福されて然るべき功績なのだが、とことん嫌な世界だ。
「ありがとう、マディー、感謝する。」
精霊に感謝の言葉を述べているタクマの両手には、一振りづつ真剣が握られている。
素人の俺が言うのもどうかとは思うが、そんなクソ重いものを良くもまぁ器用に片手で振り回せるものだ。
両手で重めの模造刀を振り回し続けて怪我をせずに何分いられるか試してみると良い、あれは既に常識から逸脱し始めた証となり得るだろう。
言葉で表せば簡単過ぎてどうしようも無い、二刀流だ。
巌流佐々木小次郎を集団でボコったとされ…ファンに殺されかねない説は横に置いて、難易度が以上に高い剣術を用いるその理由は、単純に三人も斬れば血と人脂で使い物にならなくなるからだ。
突きを多用するならばもう少し使える回数は増えるだろうが人は木偶人形ではない、前提として動き回る相手の心臓を正確に刺し貫くのは至難の業だ。
世界そのものが具現化した槍や、魔法により天文学的な因果操作を行われたマジカルステッキでも無い限り百発百中など早々ありえはしない。
今、現在タクマが包囲されても生きているこの状況は、精霊の手厚い加護と大魔法使いからの支援魔法に寄るところが大きい。
襷掛けに鉢巻、長い髪を風に揺らして手綱を捌く薙刀使いが屹立する。
多少段差のある草地で振り下ろされる薙刀は、高所の有利も手伝ってあっさりと山賊風の男の腕を切断し喉をザクリと突き、胸を突き、横殴りに頭を強かに殴打される。
後方から肉迫した男は振り向きもせずに放たれた石突きを真面に胸骨で受けてもんどりうって転がり落ちる。
乗り手を失った馬は即座に別の男が跨り逃走を防ぐ。
群がる悪党どもは棒倒し競技のように恐れる事無く突撃を繰り返すが、薙刀使いに近寄る事すら出来ない。
見れば薙刀の先割れした部分の使い方が異常に上手い。
斬りかかって来た相手の手首を引っ掛けて回し、振り下ろす角度を外に逸らして悠然とガラ空きの喉や心臓に平突きをサクサクと見舞う。
技量の差、踏んだ場数の差の様なものが否が応でも伝わって来る。
下手に割って入れば間違いなく巻き込まれる、そんな確信が芽生える。
「サポートに徹しよう。」
群がる連中のがら空きの背後を襲いながら俺は静かに存在感を消す事に没頭する。
名乗り一つ上げて来ない。
やはり異世界でそんな事を期待してはいけないのだと咽喉まで出かかった苛立ちを呑み込む。
良いのだ、私は何処へなりとも行けば良いのだ。
手元に伝わる懐かしい感触に経験した事の無い経験が幾重にも重なる。
身に着けた覚えのない戦いの知識、作法、息吹、愛馬、そして愛しき故郷と幼き日々、全然覚えが無い筈なのに、この魂は憶えている。
白刃を閃かせて襲い来る無法者の群れに礼節を期待しても無為であると私が私を諭す、良い娘ぢゃな。
眼光定かならぬ大柄な男が倒れ、まるで只の鉄の板の様な武器を持った者が飛び掛かって来る。
斬鉄、その心得は点ではなく線で断つ奥義。
私が敬愛し共に生き、共に戦った者達と磨き抜いたその道程の通過地点。
では娘子や、身に着けて見せてくりゃれ。
鍛えてすらいない只の剣に似せた鉄板であるならば容易く断てもする。
縦に一刀、ぶれずに刃を全て使っての切っ掛けを元にしての斬鉄、憐れな男の剣は情けない悲鳴を上げて断ち斬られ、持ち主諸共その命を灯を吹き消される。
溶かして鍛えれば生まれ変わるも人は黄泉路からは還らない。
いやいや、私は還って来た、来てしまった。
たまさか道連れに選んだ男子が稀有な運命を背負った男子であったが故に、今こうして再び愛用の薙刀を手に故郷の産駒と見紛うばかりの良馬に跨り戦場に立っている。
「戦場と呼ぶにはまだ温いかねぇ。」
薙刀使い只一騎の前に、いつしか十重二十重の二十四人、いや二十二人。
初めての殺人に彼女はどの様な反応をするのであろうか、どうにも胸が痛くなる。
ついてきた、連れて来てしまった事は後悔しても仕方が無い、運命を受け入れる事を拒否しながら弔いの日々を重ねてきたお方様は、最後に主命に従ったのだ、故に悪霊には成らず、彼女の守護霊にでもなったのだと思っていた。
今、振返って思えばそれは軽く考えすぎていたと言う事になる。
笑えない、全く笑えないではないか倉橋達也よ。
朱に染まるお方様の周囲に紅い赤い花が咲く。
真っ白な手を持っていた彼女は突然渡された緋色の花にどんな感情を抱くのだろう。
身の裡が震えるとはこの事だ、何時かは覚悟して貰うと言うだけの話であった、それが今日になっただけの事だと言うのに、どうして俺は震えている?。
答えの得られぬもどかしさに、罪悪感ではないかと思い至り、息を止めてそれを呑み込み受け入れる。
背負わせてしまったならばせめて責任は取らねばならないだろう。
だがそれは後々誤りであったと思い知る事になる。
三人と一頭に護られながら敵の退路を断つ為の魔法を構築する。
念入りに所持品一つ逃さない仕掛けを熾天使に命じて仕掛けて行く。
折角手に入れられる魂と言う名前の舗装素材を逃してしまうのは惜しい、なのでハーデスの眷属も待機させている。
盗賊の所有物は討伐者が貰って良いとされている事を後から聞かされた私は、前夜の盗賊の持ち物を回収し損ねた事にダメージを受けた。
要するに無料働きをした事実に気付いてしまったのだ。
「そういう大事な事は先に言ってよ。」
「お約束のようなものだから言い忘れていたんだよ、済まない。」
「なによ、お約束って。」
異世界モノの定番知識等と言われてもわかんないわよ。
私から伝わるご機嫌斜めな雰囲気を察して熾天使達が落ち着きを無くす。
「それにしても…トモエって凄く強いのね。」
トモエが倒した敵の数よりも隠れて槍で暗殺しているタツヤの方が殺している数は多い。
どちらに殺されるか選べと言われたならトモエの方がいい、知らない内に死んでいるなんて嫌すぎる。
和装で戦えばもっと映えるのだろうなとトモエを見遣る。
「テレビかな、観光地で見たのかな…凄く見覚えがある気がするよ。」
薙ぎ倒される、足元を払われて太腿を突かれて転倒する者達にはそろそろ臨界点が見えてきたのだろう。
敵わない相手と狂奔に任せて戦える時間など極僅かな時間だ、罠を見破れる者達であるなら潮時の判断を見誤ろう筈もない。
仕掛けるなら今だろう。
私は練り上げた魔法を大地に顕現させることにした。
敵だけを飲み込むランドウォームのような魂とアイテムを回収する欲徳に塗れた如何わしい魔法生物の誕生であった。




