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放り出されたセカイの果てで  作者: 暇なる人
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第百七十四話 月の無い初夜

 月の無い夜道を歩いた事があるだろうか。

 唐突に尋ねた訳は唯一つ、都会の夜とは違う漆黒の夜闇の中、蠢く気配が十と七。

 稀に何かが何かに擦れる音、微かな金属音、抜き足差し足忍び足、つまり強盗との邂逅という訳である。



 雑多な精霊達の援けもあり、中型剣を構えて迎え撃てる好機を得た訳であるが、何を隠そう、わたくし石岡琢磨は訓練以外で人間を相手取って闘った事など一度も無い男であった。



 何事にも初めてはあるものだ。



 夜闇の中を滑るように足音一つ立てずに走って行く相棒。

 その気配は、隣からするりと動いた瞬間に一切辿れなくなった。

 あれが隠形と言うものなのだろうか?。

 闇の中に靴底が砂を噛む音が聴こえたと同時に二人、白刃を以てこの命を奪わんと影が飛び込んで来る。



 火花など散りようもない、間合いと武器が違う。

 だが肉の感触は無い、受け流す構えであったナイフとダガーを上手く弾いた手応えのみが残る。

 間隙に滑り込む様にもう一人、その背後に隠れて更に一人、見事な歩法で黒い影が忍び寄る。

 前衛を斬り殺した隙に、こちらの命を頂かんとする盗賊の手練手管を感じるも、精霊の眼を借りて闘える俺の存在は相手にとって予想の範囲外であった。

 前衛の男の肩口に深く剣が喰い込む、だがしかし、剣筋が鈍ったか、将又気の抜けた斬撃の駄目な手応えが掌に残る。

 敵はと云えば、斬られても声一つあげず、逃げる事もせず、こちらに踏み込み腹を抉りに来る。

 歯切れの悪い俺の心の中に芽生えた恐怖と怯懦を、無言で叱咤する父の幻影が見える。

 こんなところで死ぬ訳にはいかない。



 ぬるりと、先に襲って来た一人の男の背中から槍の穂先が生える。

 絶命した男が崩れ落ちる姿を見た、もう一人の男の目に、その槍が紫電の如き速度で滑り込み、頭蓋の奥に抵抗無く突き刺さる。

 暗闇で目を瞠れば光を集めてしまい目立ってしまう、そこを狙われたのだ。

 速やかに槍を引き、ガラ空きの心臓を突き、滑らかな動きで血染めの槍を翻して、俺を襲う男たちの後背を窺う。

 そんな相棒の隙の無い槍捌きに見惚れている暇などは、残念乍ら無い。



 生きる事への執着と同時に、殺す事への罪悪感とリミッターを外す必要性を否応なく感じる。

 此処を早く片付けなくては守るべき者すら護れない為体を晒す事になるだろう、男としてそれは御免蒙りたい。

 奥歯を噛みしめて中型剣を盾を扱うように振るい、ダガーの刺突を避けて、受け流す。

 間合いを取れないのならば致し方ない、腰に佩いた国宝が勿体ないと思いつつもそうも言っては居られない時が来た、それでも去来するものはただ一言であった。

 嗚呼、勿体ない。



 澄んだ音を立てて鯉口が切れる、するりと抵抗なく、その重さを利用して燭台切光忠が抜刀される。

 抜いた以上斬らねば嗤われるであろう、誰に?独眼龍に嗤われる、勿論の事だが李克用の事ではない。

 月光が無いのは寂しい限りだが、それでも微細な光を集めて艶めかしく燐光を帯びた燭台切光忠、その刀の存在意義を解き放つ。

 前衛の男の右手首を下から上へと顎から頭をざっくりと斬り上げて無力化した後、その背後に居た男を唐竹割に斬り伏せてその命を終わらせる。

 殺ってしまえば呆気ないものだ、まだ息のある前衛の男の心臓を背中から一突きして止めを刺す。



 摺足で躙り寄って来る幾人かの気配に気を引き締めなおし、相棒と共に静かに後退しつつその数を数える。

 撤退する事で闘うスペースを確保しながら数を討ち取る形を選んだ訳だが、そもそもこの戦いは"俺に人が斬れるか"を問うものである。

 当然の事ながら事前に聞かされていたので、僅かな時間ではあったが覚悟を決める時間が与えられていた。

 動物や魔物を斬るのとは訳が違う。

 人を斬ると言う事は、現代人にとって、日本人にとって、倫理を斬ると言う事に等しい。

 常道から逸れて非道に至るか外道に至るか等と恰好など付けずとも平常心を保てるか否かと言う事だけが相棒にとって最大の関心事であったようだ。



 相棒に励ますかの様に背中をトンと叩かれる。

 足を止め、敵の一人と正対する。



 斬り上げ振り下ろし納刀。



 敵は切断された左手首を地面に落とし、右側の頸動脈と幾らかの肋骨を断たれて倒れ伏す。

 そんな憐れな味方の死体を足蹴にし、するりと二人組が襲い掛かって来る。だが一人は面倒臭げに突き出された槍の穂先に脇腹から心臓を突き刺されて絶命、左手側から襲ってくる相手と一対一になる。

 見事なお膳立てであった。



 得意な戦い方が彼等にあったであろうことは、疑いない。だがそんな事を忖度してやる余裕も必要性も無かった。

 不用意に踏み込んできた俺の間合いの中で、燭台切光忠が己の領土を主張するように憐れな男を蹂躙する。

 抜いたからには斬らねばならない。

 剣術も剣理も、知らぬ存ぜぬな身ではあるが、無礼者を斬る事にかけてはこの刀に一日の長がある。

 膂力でもって重さに逆らい抜刀し、降り下ろすその流れでもって重さに従いつつ、疾るべくして疾る道を切っ先がなぞって行く。

 抵抗なくぞぶりと皮膚を斬り骨を断つ、敵の身体も恐らくはそうなる運命であったかのように裂け目から空気と血液を盛大に噴出しながら横倒しに倒れ伏す。

 血の海に沈んだ男への興味など打ち捨てて、丁寧に刀に纏わりついた血脂を拭き取る。



「タツヤが持っているような手入れ要らずが、俺にも欲しいものだな。」


「さのみ羨ましがる様な代物ではないと思うぞ、メンテナンスフリーのように見えるが、実際は生命力やマナを吸って修復されるだけだ、こんなうろんな物よりも、その国宝二振りの方が断然良い物だよ。」



 果たしてそうであろうか?、手入れ要らずの武器というだけで既に破格ではないかと俺は思う。

 代金が生命力とマナであると言いつつタツヤが衰弱している様子はない。



「あちらもそろそろ片付く頃合いだ、追い駆けるぞ。」



 漆黒の暗闇の中、最強火力を乗せた牛車を追う。

 周辺が焦土と化しても責任はとれない、俺達が対人と仮定すると彼女は対軍である。

 赤く輝く気が遠くなりそうな規模の魔法陣の輝きが空を染めた辺りで、巻き込まれないくらい遠回りでの合流に方針を切り替える。

 もし巻き込まれて死ぬ様な事になれば間違いなく悲しませてしまうだろうそれだけは勘弁して欲しかった。

 小柄な馬を駆りながら、俺達は合流すべく砦へと向かう道を先回りするように迂回しながら駆ける。

 空からその軌道を辿れば、それは綺麗な半円を描いている事であろう。



 音の無い世界に爆風も光の洪水も現れなかった。

 一体どの様な魔法であるかなど些細な事である。

 対象の魂を狩る存在を呼び出して、ささやかな仕事をさせただけの魔法だ、それ以上でもそれ以下でもない。

 鎌を持った骸骨姿のハーデスの使徒達がカードの中に還って行く。

 屈託のない笑顔で終わったよ、と告げる彼女に応えるように牛車の速度を緩める。

 血の色の様な赤い魔法陣は既に霧散し、怯えて逃げ去っていた小精霊たちが戻ってきている。

 先程までの戦闘など無かったかのような静寂が辺りを包む。



 迷う事無く草原を牛車が走る。

 利口なタロウとハナコは指示しなくてもタクマの居場所を把握しているようだった。

 出発前に無理を言って買った馬達が早速役立ったというべきなのだろうが、タロウのご機嫌が斜めなのはさてさてどういう事ですかね。

 牛車の重量は馬に牽けるような生ぬるい重さではなく二頭立てでも無理であることは疑いない。

 ハナコだけに牽かせるのはハナコのみならず私もユリは看過できない。

 ともあれグレイトフルバッファローの恐ろしいところは、オスもメスもこの重量を一頭だけで牽ける恐ろしいパワーにある。

 どちらかと言うとハナコの方が力強い気がするが恐らくそれは正しい。

 速度と持久力はタロウ、安定と力強さはハナコ、この夫婦はそういうバランスの取れた持ち味の夫婦なのだ。



 合流した二人は馬から速やかに牛車に飛び乗り、タクマは御者席に、タツヤは二人に事の顛末を報告する為にスプリングの効いたソファに座り込んだ。



「環境や道の破壊はしない方向で終わらせたけどあれで良かったの?。」


「前金で支払われているから討伐部位は要らないし実際は迷惑料のようなもので金額も少ない、植林や破損個所の修復に金がかかってしまえばこちらに請求書が回ってくるかもしれない、完璧な仕事に感謝するよ。」


「そう、それで相手をするまでも無いあの人たちを使ってまで確認したかった事は確認できたのかしら。」



 牛車は快適な速度で進んでゆく。

 二頭の馬はタロウとハナコにつき従いながら並走している。



「不安は無い、これから恐らく依頼される追加依頼も取り敢えずは受けても問題無いだろう。」


「何度も言うけど、冒険者ギルドってそんなに人不足なの?。」


 訝し気な視線と声でトモエが話の腰に蹴りを入れる。



「今現在、タケル達軍人がやっているのは侵略戦争だ、つまるところ食い詰め者の類や迷惑極まりなかったならず者から鼻つまみ者まで動員された挙句、総員前線送りと言う話だ、勿論冒険者ギルドの誇る高等級の冒険者も例外なく雇われて駆り出されている。」


 水筒の水で喉を潤して一息入れて、二人の理解を眼で確認する。


「そこにあの地震の後片付け関連の依頼が殺到して、熟練者と言う名前のギルドの人材は払底した。本来ならば俺達の様な低等級のギルドメンバーに割り振られる仕事じゃあない、それを承知で割り振らざるを得なかったギルド事務員のお姉さんたちの苦衷は察してやるとしてだ、追加依頼の方は間違いなく参軍に近しい依頼になるはずだ。」



 採取依頼と討伐依頼のその全てが滞り、新人若手の子供達が今日も何処かで成果なり悲鳴を上げている事だろう。



「まさか最前線までソレ持って行くの?。」


 丁重に布で包まれた組み立て式魔道具を指差しながらトモエがある程度を察する。


「御名答。欲しがっているのはタケル直属の部隊に所属している人達である事、そこまでは調べがついてる、本人に会えるかどうかまでは、まだ判らないが今後の事を考えれば繋がりの糸の一つくらいは確保しておきたい。そこでだ、砦に残留するか前線まで行くかの意思確認させて貰えるか?一つ間違えば死にかねない旅程だからな。」



 全員に軽く訪れる沈黙。

 こんな時に軽々に決断を下せる人間は経験者くらいのものであろう、或いは馬鹿か何かの類だ。

 当然そんな奴に背中を預けたくはない。



 そして、予想される旅程にはとんでもない障害物が居た。

 エルフが八面六臂の大活躍を果たし、あの巨人を駆逐してくれるのであれば万々歳の展開ではあるが、最悪の状況に陥るまえに一当てならず闘う嵌めに陥るであろう。



 開けた水場の畔に牛車を停めて野営の支度と行きたいところであったがもう夜も遅い。

 荷台の嵩張る荷物を外に出して四人で雑魚寝するスペースを確保して各自寝袋に潜り込む。

 砦まであと四日位はかかる見込みではあるが、さて、何時まで巨人が大人しく水風呂に入り続けてくれるか、正直なところ全て未知数で予測が全くつかない。



 先輩から与えられた無駄知識(トリビア)にすら頼りたくなる、そんな夜であった。



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