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放り出されたセカイの果てで  作者: 暇なる人
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第百七十一話 コモンカード召喚

 どうしてこんなところで意識を失っていたのだろう。

 滝や何か大量の水が落ちる音と、何か硬いものに人が激突して呻く声や絶叫が響き、助けを求めて溺れてしまうような、割と騒がしい場所であった。

 壁面に辿り着いた私は真っ暗闇の中で誰かに引き摺り上げられているような、そんな状況であると推察される。

 冷え切って身体の感覚が無いのに引っ掻ける道具は鋭利で釣り針の様な形状している。

 人を引き上げる道具としては落第過ぎる道具ではなかろうか。

 漁具を用いてまでも暗闇の水面を漂う者より、壁際で助けを求める私を選んだ理由は生存しているか否か、ただそれだけの違いで選んだに違いない。

 引き揚げられた私を彼等は助けようともせずに不思議なものを見るような目で見ている。


「───。」


 残念極まる事に何を言っているのか解らない、傷口を指差して何か言っているが解る訳が無い。

 何語かしら?、全く解らない。

 暗すぎて何も見えない、そして意識一つ保っていられない。

 私は完全に気絶した。



 五体満足で命のある個体を不安定な術式で呼び寄せる事が出来たのは喜ばしい事であった。

 湖の力を借りて呼び出した筈なのに自己修復能力も治癒能力も全く無い、只の人間よりも尚弱い者が唯独りの生存者であった。

 召喚術式を完成させたと喜んでいたカークがこの事実を知って卒倒した。二千年近く掛けた成果がこんなものである、彼は忘れていた老いに捕らわれるだろう、先代も先々代も盛んな時期の大失敗から急激に老け込んだのだ、長命な一族の中でも最も長命なものが当主として選ばれるシュスタクバーグ家の中で飛び切り優秀でタフネスな男だったカークが老耄して行く姿を見るのは忍びない、世界樹へ早い時期に送り届ける手配位はしておかねばならないだろう。

 チョンドと言うキレ者のハイエルフが召喚装置の調整担当であったが成功していても失敗に等しいこの結果に納得行かずに壁を殴り続けている。

 そして壁の岩石ごと海に落ちて岩礁に頭から落ちて死亡した。

 全員が凍り付いた事件であり、長老にどう報告してよいのか誠に困った事になった。

 チョンドの上司にあたる資材統括と研究員を兼務するチェナフクはチョンドが遺した研究資料と研究そのものを引き継ぐ事となり、結局は呆けてしまったカークの後釜をワシが預かる事となり、研究速度は従来よりも機械的なモノに変わって行った。


「ヒュバラク、今回も来月一日の稼働でいいのだな。」


「ああ、計画通りのルーティンワークで成功例を重ねて行こう。」


 同じことを繰り返していた方が楽であるし試行回数を最低千回は重ねたいところであった。

 予算と資材には限りがある、だからこそ無駄を徹底的に排除して損失を少なくしなくてはならない。

 用意するものは常に一定で良い、チェナフクも遣り良い事だろう。



 目覚めたその日から私の左手は無くなっていた。

 自然治癒力を試した、回復魔法を使わないか確認した、欠損を回復できないか観察している。

 今振り返れば意味が解る、当時はなにを話しているか判らない、生魚を何の加工もせずに渡されたので持ってきた耳の長い女の口に捻じ込んで咀嚼させる。

 吐くくらいなら調理して持ってこい。

 意思は通じないが肉体言語は通じる、チキンウィングフェイスロックを決めて檻から脱出し彼等の台所を占拠して一人を拘束して人質にして魚を調理して食べる。

 片腕になって不便ではあるが久しぶりの人間らしい食事は私に力を与えてくれた。

 私を引っ掻けて持ち上げた漁具らしきもので耳の長い女を刺して引き摺りながら薄暗い洞窟を歩く。

 人を家畜か何かのように扱った報いくらいは受けて貰う、必死に漁具が刺さっている場所に輝く何かを手から発生させて何かしている。

 見様見真似で手に力を入れると黒い何かがじわじわと滲み出て来た。

 面白そうなので耳の長い女に擦り付ける。

 人質を連れて外に出ると、そこは木が生い茂る山のようだった。

 空にはプテラノドンのような翼竜が遊弋し、カラフルな爬虫類のような鳥が飛来している。


「ここは異世界でこの女はエルフか。」


 元は白かったエルフが褐色好き垂涎のダークエルフになっていた、予想通りの黒ギャルね。

 漁具を捩じって外し傷口に手を当てて闇を搾り出して塗りつける。

 多分これで傷口は塞がる。

 この調子で眷属を増やしましょうと言う声が心の裡から聴こえた。

 黒く染まったエルフは何も言わないが従順になった、義手になりそうな物は無いかと森を彷徨い、食料になりそうなものを狩り、人型の悪魔の様なものを殺して左腕を切断、長さを測って調節し闇を塗りつけて接着してみる。

 予感通り接着したが動かない。

 生着するまで寝ていた方がいいわ、と言う声が心の裡から聴こえたのでこれは幻聴ではないらしい、ならば夢の中で対話したほうが多くの情報を得られそうだ。

 追っ手のエルフを捕えてはダークエルフ化し続けている、今は小さな村程度の規模になった。

 黒ギャルしかいない村と書いて興奮する趣味の人達の為にアクセサリー関連の充実を図るわ、期待には応えないと、ラメは魚や爬虫類の鱗を砕けば作れるわね。



 夢で対話している相手が何者かは正体不明だけれど、言葉を学習する為の助力を得る事が出来た。

 今はそれで満足しなくてはならない。

 カエルや蛇は癖が無くてうまい、血抜きをしていない獣肉は臭くて食えたものでは無い等、絶対に召喚前の世界では味わえなかった味と経験である。

 そしてダークエルフ達は料理が下手だ、いや基礎知識が圧倒的に足りていない。

 週二で良いからお料理教室くらいは通った方がいい、未来の旦那様の為?いいえ自分の為によ。



 エルフとの戦いが激化する。捕縛したエルフは直ちにダークエルフに染めて支配下に置いて行く。

 手札は多い方がいい、死にながら敵の攻撃を受け止め他のダークエルフが取り押さえている間に闇を浴びせる事すら厭わない、ぶっちゃけると自分さえ無事ならそれでいい、怪我をしてもエルフの身体があれば蘇る事が出来る。

 元の身体は虚弱に過ぎたので比較的早期に殆どを喪った、悲しいけど弱肉強食な世界に適していなかったのだ、カードで言うならコモンレベルの肉体だった。

 エルフの中でも高位のハイエルフ、その中でも長寿なハイエルフの脳髄を奪い知識を獲得した私は、徐々に人間性を失いつつあった。

 私の手元から抜け出そうと試みるダークエルフは居ない、忠実な部下たちは捕まる前の生活らしき研究に没頭し始めるようになる。

 何をしているのかを理解するために数える事も忘れるくらいエルダーエルフの肉体を奪い、研究施設の一角で、かなりの工程を経て高純度の魔結晶を精製したダークエルフは滅多に見せない笑顔で私をミキシングマシンに突き落として実験は成功を果たした。


「おはようございますマスターコモン。」


 私を挽肉にする行為に一切の悪気が無いと言う辺りでどうかしているダークエルフ達は、私の最も古い肉体の形で人造ボディを量産し始めていた。

 コモン振りが益々増した事に憎悪の感情が芽生える。

 使い捨ての肉体を背景に私はカプセル内の自分全てに同調し体の具合を試す。

 良好過ぎて眩暈がするわ。

 一つの脳髄を用いて全く同じ動作を家電量販店のテレビで同じ番組を同時に見るような感覚だ。


「酔うわ、これはキツいって。」


 朦朧とした意識の端で満足気に佇むダークエルフに軽い苛つきを覚える。

 深く溜息を吐いて水差しから綺麗な水を呷るように飲み、目の前のダークエルフの知識と技術を吸い出して同じ目に合わせてやる。

 肉体にどれほどの意味があるのか、それとも無いのか、何度コピーに耐えられるのか、面倒極まりない実験をする必要があった。

 もう完全に人間じゃ無くなった自分が憐れで泣けてくる日が来るなんて思ってもいなかったよ。

読んで頂き有難う御座います。

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