第百七十話 ヒキニートの旅立ち
早馬が到着したのは神帝ジオルナード復活より三日目の朝であった。
「巨人は気になるが身動きが取れない。」
魔人が活発になり何体かが融合した個体がうろつき始めた頃、トリエール軍側にも死傷者が出るようになってきた。
だからと言ってこの前線を引き下げては戦線が崩壊し戦闘が長引くのは自明の理。
障壁魔法は六角形に変更され風魔法は二人掛かりに強化され、狂気の戦闘は更に狂気の度合を深めていく。
「暫く挽肉を使ったものは食えんな。」
「私は大丈夫ですが、皆もう少し胃袋が焼けつくような飢えを一度経験すべきですね。」
見た目より肝の座ったコンラッドの笑顔に寒気を覚えつつ、そのコンラッドの指示で聖歌隊が後退する。
連日の戦闘補助で咽喉を痛めてしまっては元も子もない。
ここから暫くは力技でボコボコに殴って閉じ込めて挽肉にする野蛮な時間である。
遥か昔より魔人に対抗するための絶対兵器として聖剣に連なる聖なる武法具が伝承、歴史書、公文書に残されている。
骨董品として幾つか存在しているし国庫に所蔵されてもいるが、聖気も聖法も纏えないものだらけで伝説のような効果は無い。
「これも一応聖剣だったらしいが今は古くてお値段の張る只の儀礼用の刀だしな…。」
業物だが刃鳴り散らす様な使い方をすればあっさり曲がって折れる未来しか予想できない。
銘は大層な代物だが、振ってみれば誰でも判る巨大な剃刀の銘は俱娑那伎能都留伎と記されている。
「本物だとしたら恐れ多い事この上ない…が、本物は青銅の鋳造剣の筈だからこんな日本刀になっているのは間違いなく偽物だな。」
黒い刀身がぬらりと輝き魔人の血を滴らせて風の様に疾る。
袈裟斬り、横薙ぎに薙ぎ払い腸がまろびでた魔人の延髄を切断して八人隊に処分を任せ、魔人融合体に襲い掛かる。
即座に再生する手足を狙わず内臓を落として動きを止めて首を半分切断して身体を停める事に専念する。
そうすることによって障壁に押し込め易くなる…とは云えどこの三手を澱み無く行える技量と武器を持った者は少ない。
「三体も斬れば脂で切れ味が鈍るし軟骨と言っても肋骨を幾らかバッサリ斬ってから頸椎を断ち割るんだから刃も潰れる。替えの刀が十本でもあれば楽なんだがな。」
日本刀をコンラッドに渡し両刃の剣を受け取って抜刀する。
一足飛びに難渋している隊に援護として走り寄り、斬撃を魔人に見舞う、だが、一撃事にタケルの機嫌が悪くなる。
キレ味の悪さが祟り、全力で叩きつけるように袈裟斬りを見舞うも半端な斬れ方で刀身が止まり力づくで押し切る。
一気阿世に六人がかりで魔人に剣を振り下ろし魔法障壁を展開し押し潰す。
「「切り刻め風の竜。」」
最終段階に入ったところでタケルが叫ぶ。
「コンラッド!マシな剣はないのかぁ!。」
「シルナ王国の剣製に期待する方がどうかしていますよ。」
「イテンもセイコウも無いってのは納得が行かない。」
あるかもしれないし無いかもしれない
補給の在る無しもそうだが武器職人によるメンテナンスも何か月も殺し合う戦場では必須事項の一つだ。
相手が人間ならば深い切り傷でも怯むし怪我を負いそうになるだけでも距離を取り警戒する。
魔人相手の戦いは魔獣相手よりも質が悪い。
魔獣は火にも怯むし恐怖にも反応を示す、判り易い程獣から派生したものであると理解できる、理解できるという事は対策も立てやすいと言う事だ。
だが魔人は蟻や蜂のように恐怖を感じない、斬られようが死に瀕しようが、生物学的に停止させる事が出来る傷を受けるまで止まる事は無い。
高位魔人はそんな魔人たちよりも生を強く望み意識しているように思う。彼等は逃げる、恐怖を理解している、寧ろそちらの方が与しやすい。
結論として万を超す低級魔人の方こそ恐ろしい存在であるとタケル達は考えている、個体の強さがどれ程強いものであっても軍隊に勝てる強さなど早々お目に掛かれるものでは無い。
だが、その早々お目に掛かれないものは近くのダムで入浴中である。
「ドナドナドーナドーナー♪。」
スパーン!。
スリッパの一撃がタツヤの頭部に炸裂する。
木製スリッパの一撃は並みの威力では無いので訓練していない皆さんは真似をしてはいけません。
声すら出せず激痛に悶絶するタツヤを睨むユリは珍しくお怒りであった。
子牛が荷台に乗っている今、このタイミングで歌う歌ではない。
「出荷の覚悟が出来ない人は歌っちゃダメよ。」
一撃で気絶したようで既にぐったりとしたまま床に転がっている。
タクマが脈を取り瞳孔を確認して合掌する。
戯言の過ぎる男が眠ると周囲はシリアスムードに包まれる。シルナ王国とデモルグル国とトリエール王国の三国を隔てる国境最前線であった。
そんな関所としての役割を果たしているアバネス砦でスピーカーや持ち物の検閲を受けてギルドの証明書にサインを貰う。
砦の教会を詣でて情報収集を行い行く先の危険度を理解したあたりで砦の宿営所で小会議を開く。
「巨人ねぇ…。」
「ザン・イグリットの神で神帝ジオルナードという名前らしいけど、魔人幹部が言うには魔王ですって。」
「勇者ロックの出番という事か。」
「その呼び名は激しく止めてくれ、勇者なんて柄じゃねぇよ。」
農地として整備された場所は巨人が歩いた事により滅茶苦茶だと聞きおよびタツヤが烈火の如くブチキレて静かにブツブツ言い始めている。
アレはかなりヤバい方向へのキレ方でトモエですら制御不能なキレ方だ、正直何が起こるのか判らない。
翌朝早朝、マヴァード砦へとスピーカー輸送のクエストは再開された。
最初の休憩所に到着し昼食の支度に取り掛かる前にタツヤがフラリとユグドラシルを片手に森の中へと入って行く。
魔力の揺れる場所をザクザクとついて穴を開けてその中で暮らしていたエルフ達を全員呼び出して整列させる。
「魔人が復活した、約束通り全員命を懸けて一人残らず殺して回れ。早く武器と荷物を取って来い、世界樹周辺は此れより閉ざされる。」
慌てて小走りで武器を取りに中に戻って行くエルフ達を横目にユグドラシルが大地に根を降ろし世界樹をコントロールし始める。
不心得者が世界樹に籠城しようとしたらしく物凄い勢いで数人吹っ飛んできた。
「急げよ、神帝ジオルナードが復活して巨人になっている、アレを倒すのはお前たちの宿命だ逃げられなくなってるから今更言っても仕方ないけどな…。」
うじゃうじゃと森からエルフ達が戦支度を整えてダムへの道を歩いていく。幼児も赤子もその区別なく平等に出陣する。
世界樹は満足気に結界を閉じた。
長い長い寄生生活の解消が済み、ユグドラシルの封印が一つ弾けて消える。
世界樹近郊に住まう者の命を護る必要性が無くなり高濃度のマナの精製が可能になったようだ。
エルフ達全員の首に輝く首輪の光あり、それは世界樹との約束。
魔人の命のその悉くを潰えさせ、穢れたマナを清浄に戻し、魔人を招き呼び寄せた罪を雪ぐ約束を果たす。
為せねば滅ぶ。
彼等は数千年以上掛かるであろう贖罪の日々を生きなくてはならない。
幸い彼等はその程度は楽々生きる事が出来る長寿の種族であった。
「では長老、約束通り魔人抹殺の契約を果たして貰うぞ。」
「まさか、こんなに早く魔人が蘇るとは…。」
「実は結構前に蘇っていたんだ、こっちにもゴタゴタが続いていて雪解けを待って来た訳だが、お前らは何も備えずに遊んでいたんだな。」
呆れてモノも言えなくなったタツヤ達一行は無言で牛車に向かって歩き出した。
申し訳ないがあんな者達にコメの栽培は託せないと思いながら。
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