第十七話 丸太
敵本陣陥落を敵左翼軍が把握したのは三日後の正午であり、斥候を放ったその日は、国王親衛隊と魔法師団が五万の軍勢を率いタキトゥス共和国軍本陣跡地を掃除している最中であった。
味方右翼軍が国王陛下の痛烈な指令を受けて休む事を極力減らし、進軍を続けたが敵左翼軍と激突する事は無かった。
新たに国王陛下より魔法伝令が届けられ、取り逃がした事を遺憾であるとされ、更なる前進を命じられる。
味方左翼軍の夥しい戦果と、敵本陣撃破が伝えられたあたりで、ターナヴィ伯爵は事の重要性を理解するに至る。
懸命になって敵左翼軍を追う事になるが、その姿を認めた時には、味方左翼軍二万二千の騎兵に蹂躙されて跡形もなくなった敵左翼軍の夥しい死体の山であった。
敵本陣陥落後、氷の宮殿よりもタキトゥス公国寄りに砦が本格的に築かれるに至り、仮設砦にて国王が執務と指揮を執ることとなる。
「屋根と壁があるだけでこうも温かいとはな。」
ご機嫌と言うべきであろう、時は既に十一月を迎え吐く息も白い。
すると部屋の四隅に魔法で構築された見慣れぬ生活魔法に気付く。
無言でダン・シヴァを振り返るが、ダン・シヴァをしても興味深そうに手に取りチェストの上に据えて腰を暖めながら感心している様だった。
「これはなんだ、答えよ。」
直ちに平伏する傍仕えの若者が、新しく考案された生活魔法で、名を「ファンヒーターW」であると答える。
「わいど?、ふむ…温風魔法か、そう複雑な構造ではないな。。」
「はっ、わいどとは幅の事で御座いまして従来型よりも温かく広い場所も暖められるとの事です。」
「そもそも従来型すら知らぬが、良い魔法だ。」
感心すること仕切りな様子の国王陛下の背後で、ダン・シヴァは腰の温かさに感激していた。
年を取ってからの寒い場所での立ち仕事は腰から来るのである。
ズドーン!!
大砲の様な轟音が響き渡る。
魔法師団の有志達によるウナギスレイヤーの爆音であった。
ドラゴンスレイヤーと呼称されているが、アレはどう見てもウナギだった。
僕の心の中ではこの串射出装置はウナギスレイヤーで決まりだ。
竜種の鱗も外皮も骨すらも貫いた曰くつきの砲が街門を貫けるかどうか?
雪崩れ込んでいく歩兵達を見送りながら最初から戦いにすらなってない事を悟るのであった。
市街戦で騎馬はあまり役に立たない。
だがコイツは行く気だ、黒馬の鼻息が荒い。
先程語った様に老若男女全て敵という国だ、迅速に首脳部を叩いても民衆全てと殺し合う可能性も考えておかなくてはならない。
耐えられるかな…と自身に問う。女子供と老人を殺す事に良心の呵責は?。
あるに決まってるじゃないか、耐えられず壊れるなら壊れてしまえばいいんだろう。
でも、何か手は無いかな。
外道を迂回する道は、非道だろうか?邪道だろうか?極道だろうか?
人道を守るために僕は何に手を染めればいいのだろう?
ただの一兵士に背負えるものでは無い事は教えられて分かったつもりではあるんだけどな。
鞍上で揺られながら血塗られた道をタキトゥス旧王城へと黒馬の歩みたい速度に任せて進む。
黒鉄の串射出魔法が居並ぶ破滅的な道を、辺境八氏騎馬隊がゆっくりと進む。
魔法師団によって複製された砲列が全て敵城に向けて照準されていた。
人道を守るために僕は願い出たのだ、過去の因縁を断ち切るために圧倒的な破壊で彼等の拠り所を更地にしようと。
抵抗する意志を磨り潰して仕舞わなければ、また陰惨な終わりの無い殺し合いが続くであろう。
だから、─────国民全員奴隷にしてしまえば殺さずに済む。
そう結論付けたのだ。
タキトゥス王城跡地に大量の丸太が転がっている。
やはり丸太は最強だ。堅牢そうな城であっても山ほど投げつければキッチリ破壊できる。
破城槌と呼ばれる武器があったが、名前だけなら似たようなものだろう。
「流石はドラゴンスレイヤー、城も粉砕ですのぅ。」
「砲身を伸ばして速度を限界まで上げて打ち込めばそりゃあね。」
機嫌のよさそうな魔法師団のローブを纏った細身の老人に呆れながら答える。
呵々と笑いながら馬を寄せて此方の顔色を窺うと恭しく一本の古木を差し出してくる。
「これは?。」
「魔法使いの杖ですぢゃ、何やら面白い魔法を創って遊んでおると聞き及び構築の手助けになればと。」
「ふーん…ほー。」
即興で思いついた魔法をイメージする。
二重構造の真空コップだ。なるほど固定化の難しい事象を現世に縫いとめる力がコントロールしやすい。
「形あるものを編み上げましたな。」
「あげるよ、理論上は氷が溶けにくく、温かいものは冷めにくい筈だよ。」
貰った杖を腰の小物入れに仕舞い、爺さんに礼を言うと丸太を資材として再利用する作業の手伝いに向かう。
山間部の山小屋建設資材の運搬にも使えると思いついたが使う機会など早々ありはしないだろう。
僕はナポレオン・ボナパルトじゃないからね。
町中の人間が一人残らず捕らえられ、奴隷紋を刻まれ国有財産として登録されていく。
こうなればどんなに恨みがあろうともタキトゥス人を好き勝手には殺せない。国の財産を損ねる事になる行為は処罰されるのだ。
下水の中を泳いで逃げようと試みた者も、何故見つかったのか理解出来ずに次々と捕らえられていく。
ソナーを魔法化してみた、但しこれは秘匿しておく。
だから箪笥の裏の隠し部屋だろうが物置の屋根裏だろうが隠れていても見つけ出せるのだ。
殺したくないから殺さずに済む方法を実践している。出来る事ならば国外にいる者達もなんとかしたいところだが、DNA鑑定や個人そのものを鑑定出来るスキルなり魔法を編み出さない限り無理であろう
奴隷紋は抵抗する気持ちをゴッソリと奪い去ってくれる。
条件次第らしいが、肉壁隊には特に強めの奴隷紋が掛けられる。日本語を聞き分ける事の出来た肉壁隊の中の日本人たちが俺を見つめるだけで殆ど反応できなかったのもそのためだ。
必死になって抵抗する五歳児が腰だめにナイフ構えて突進してくる。
熱くて痛い一撃を腹に感じる。手首を回して空気を入れようと更に突き入れてくる。
ナイフの持ち手を五歳児の手ごと握りナイフを引き抜く。疑似リジェネでとっとと回復させる。
中々ナイフを手放さないので仕方なく手首を折ると五歳児が泣き出す。さっさと拘束して手首の骨折を治療して近くの兵士に手渡す。
「その…大丈夫ですか?。」
「ああ、骨折は治してあるから問題ない。」
面倒ごとは苦手なので、僕は丸太運びの作業に戻る。
全く、厄日だよね。




