第百六十九話 軋む運命の輪、回る車輪
中央都市チキンは山の斜面に沿って造られた都市国家でその山頂には重厚な王城が存在しており、難攻不落を謳われた山城である
一人の男が座り込み毛布を着込んだ真っ白な世界に土が降り積もってもうどれだけの時が過ぎたのであろうか、彼の身体は魔人であった、魔人の血肉が寄り集まり彼を覆い彼を只管育て上げる。
魔の神としての道は踏み外したが、彼は魔王であった。
その体は大きく、より大きくなり続けた。
彼が大きくなるにつれて山も大きくなっていく。
彼がもんどりうって暴れ、寝転び引っ掻いた場所が大河になり、丘となり湖となった。
時には痒みに耐えきれず岩山で背を掻き、痛みに耐えかねて海に飛び込み大陸を割り砕いた。
そんな元気もとうに失せて彼は座り込んだ、時間が歪み世界が干渉し合い、監獄と元居た世界が統合され、事象が整理されると神々は半狂乱になった。
彼等は捨てたはずの世界を見ていた、覗き窓からずっと見ていた、ジオルナードが山と化して解放された姿を見て彼等は帰る望みを捨てた。
ジオルナードは身を捩る事なくずっと眠る事にした、死ねないなら生と死のギリギリでいようと思った、痛いなら痛覚を遮断しようと願った。
監獄から追い出された事を彼は知らない。
白い白い世界は彼を放逐して元の世界に彼を帰した。
大神はのた打ち回らない彼に飽きたのだろうか、長く長く彼は放置された。
頭の上の王冠が落ちて行った、痛覚を遮断して脳髄を傷付けて半身不随にしてくれる道具が落ちて行った。
組んでいた手が落ちていた、感覚が波となって押し寄せて来る。
埃っぽい空気が緩やかに肺を満たし、ジオルナードは強く咳込んで肩と顔面の筋肉を痛めて目を覚ました。
体を覆う泥を払って周囲を見渡すと、小人の集団がわらわらと逃げている姿が見えた。
目の前に集る翼の生えた人型のものを掴み、観察すると、魔人を小さくしたものであると理解する。
どんな神の悪戯か、あの大神の悪巫山戯か…萎えた身体で立ち上がれるか試して見たくもあった。
身動ぎすると土砂が舞う。
身体の上に造られていた建造物が埃のように舞い散る。
どうでもいいとばかりに起き上がりゆっくりと歩き出す。涼しい場所へと移動したかった、ここは暑い。
ノットは砕け散る魔法障壁と中央都市チキンを西へと逃走する道すがら確認していた。
アレはデモルグルの方角へと歩いている、この距離でも大きくハッキリと見える。
何が起こった?何が目覚めた?、治める事を禁じられた地の正体があれだと誰が何時知ったのだ?。
疑問は尽きない、疑惑は果てない。
野放しにしていいものなのだろうか?だが下手に手を出して人形のように投げ捨てられれば待っているのは確実な死だ。
「全軍を集結させよ!マヴァード砦へ帰還する。」
この際更地になったチキンなど放置して新設の砦に引き返すべきだと判断したノットは空荷となっていたイノの配下が率いてきた輜重隊と合流し歩兵を満載してカラコルムへと帰還を開始する。
巨人を左に捉えながら東へと進む。悪夢は其処に存在し、眠る時間以外確実に目にする事となる。
イノに副官の一人で文官として少しは知れたアドゥートを預けられたベンは目の前の信じ難い光景に尾を膨らませながら犬歯を剥きだしていた。
山羊、羊、馬、竜をゾロゾロと引き連れての移動、遅々として進まぬ歩みに連日の微震が家畜と元デモルグル国民に過大なストレスを与えていた。
今はもう、そんな事はどうでもいい者が、どうでも良くなる者が屹立していた、歩いていた。
「巨人…。」
良く見れば鱗のようにビッシリと人のようなものが貼り付き形を得たものだと判る。
それは癒着した生物が繋がり、一つの身体となって核となる何かが支配しているようなものだ。
正体を知ったところで意味は無い、巨大な男は何かに引き寄せられるように河を塞き止めて造ったダムの中に入って行く。
ベン達が率いる遊牧民の集団はそれにより進路を変えずに東に進めるが単純に安堵して逃げるように…とは行かなかった、その歩みは恐怖により更に鈍磨し行進速度は歩行速度と言い換えて大差ない速度にまで落ちた。
殿軍にベンが立ち騎竜に跨り巨人を見つめる。
アレが明らかにただ入浴をしているだけと気付いても恐怖感は拭い去れない。
イノに託された兵と副官、護れと命じられたデモルグルの老人、女子供達と家畜の群れ。
逃がし切らなくてはならない。
北門から牛車に揺られハナコと子牛も引き連れて足の短い馬を二頭購入して牽いていく。
サラブレッドは美しく馬体が高いだが其れゆえに足が弱く折れやすい宿命を背負っている。
今回新しく購入した馬はトモエが是非にとハイテンションでタツヤとタクマに購入を強請った旧王都キウから少し東の国の産駒である。
荷車で武器の手入れを続けている三人を眺めながらユリは牛車を操る。
「前線に納品で金貨五十枚は太っ腹ね。」
魔道具ギルドにスピーカーを納めに行くと冒険者ギルドにスピーカーを前線に届ける依頼を出すと言う話になり、滞りがちだったクエスト消化も兼ねてそのまま出発という流れになった。
準備に丸一日費やしたが武器の手入れまでは流石に時間が取れず車内でやらざるをえない状況に陥った訳である。
「オイルサスペンションとトーションバー、魔鉱金属による軽量フレーム、スポークタイヤに木製ホイールカバー、流体ゴムを内部で循環させたノーパンクスパイクタイヤ、はっ水加工幌、従来の牛車のように二頭立てで駆ければ夫婦パワーで何キロ出るか想像もつかない…ふふふ、完璧だ。」
良く判らない呪文を唱える技術ジャンキーから日本刀の手入れを黙々と続けるタクマに目を向けると腫れ物に触るような所作で手入れを頑張っていた。
「この二振りぶっちゃけ国宝なんだよな…。」
胃のあたりを摩りながら緊張した面持ちで手入れをしているけれど、もう少しリラックスした方が刀も緊張しないと思うわ…頑張れ。
可笑しな男達とは対照的にトモエは長年連れ添った気心の知れた恋人と語らう様に薙刀の手入れを熟していた。
錆止めの油を塗り広げ綺麗に磨き上げ鞘に納めた辺りで私の視線に気付く。
「ん?何かついてる?。」
「なんだか物凄く使い慣れてるのかなーって。」
「へ?ああ、この子私と同じトモエ型っていう名前でねー、他人のような気がしないのだよ、にひひ。」
ビクッと反応した技術ジャンキーの反応も気になるが、流れるように組付けを終えて薙刀を包み始める手際の良さが素人っぽくないトモエの方が気になる。
「やはりイチローは速いな、タロウを超える逸材かもしれん。」
ウネウネと動いていた根の部分がシュルルと巻きついて色を失い沈黙する。生きている槍と言うのも普通に恐ろしい。
そんな技術ジャンキーさんが眺めているイチローと言うのはタロウとハナコの仔だ。
確かに才気のようなものを感じるけど産まれた頃よりなんだか進化したようなズレを感じる。
「ヒットの神様をイメージして名付けたんだろ、この世界イメージは大切だからな。」
両手を合わせて燭台切光忠を納刀しながら深く息を吐いているタクマ。
「盗塁王とレーザービームもイメージした。」
「自重しろ、そろそろ言われなくても自重しろ。」
静かに回転する車輪と衝撃を優しく吸収するサスペンションとコイルスプリングでビッシリ埋められた座席で快適な乗り心地が追及されている。
「車輪の回転がスムーズな理由を聞いていいか?。」
「ボールベアリングを採用した。」
何時も通り怒号が飛び交う旅でありましたとさ。




