第百六十八話 復活
西方都市イースが魔人の手に落ちた、いや当の昔に落ちていたと言い直すべきであろうか。
シルナ王国人を捕えては改宗させ、拒めば奴隷化して支配下に置きつつ西方都市の貧民街はトリエール王国の支配下に置かれている。
奴隷兵が指示通り命を賭して魔人と戦い、改宗した者たちが奴隷兵を治療して戦線復帰させている。
デスリサイクルと言ってもいいしデスマーチと謗るのも構わない。
強引に戦力として回さなくては西方都市イースは魔人たちの前線基地になりかねない。
ドラゴンスレイヤーの轟音が轟き貧民街と市街地を隔てていた城壁が崩れ去る。
門は無視して堀を瓦礫で埋めて壁を無くすバリアフリー作戦だ。
瓦礫の処分も出来て一石二鳥といった風情だがきっと後の統治に影響が出ること請け合いだろう。
四方から障壁魔法で魔人を閉じ込めて逃げ場を無くし、風魔法でミキシングする戦法が行われる。
日本の多くの家庭の台所にあるミキサーマシンを想像して頂くと良いだろう。
万単位の魔人を倒すと言う段になり隊伍を組み、五人一組で魔人をミキサーに掛けて挽肉を量産する。
瓦礫を組んで焼却炉を造り至る所で魔人を処分していく、気が触れそうな作業だが聖職者たちの不眠不休の尽力により構築された真・聖域結界の効果により悍ましい光景による精神汚染を防ぎ、延々と魔人討伐が続けられている。
重ねて語るが魔人は斬った程度では死なない、即座に腕を生やし足を生やして襲い掛かって来る。
聖なる力で回復を妨害して心臓を挽肉にしなくてはならない。
それでも戦いで心臓を狙っても外してしまうのはどうしようも無い、人間はマシーンの様に正確でもないしトンデモ兵器のように必ず心臓を貫ける訳でもない、相手も機敏に動き死を避けるものであるし、生き物である以上生き残るために最善を尽くすものなのだ。
それならば遮二無二逃げ場を無くし心臓と言わず全身を挽肉にする方が迅速且つ、慈悲のある苦しむ時間の短い"即死"を与えられると採択された戦術である。
「とても聖職者が採択したとは思えない戦い方だな。」
そう考案者はひとりごちる。
挽肉に聖水を振り撒き猫車にスコップで肉塊を乗せて運ぶ作業に従事する聖戦士達にすら最悪の印象を与える戦いであった。
そしてその対象であり、明日は我が身とされている魔人達の恐慌振りは筆舌に尽くしがたい。
占拠した城と市街地の空は既に結界に閉ざされており、どれだけ叩いても斬りつけても壊れる気配すら見出せなかった。
神曲が歌われると魔人達は途端に魔力を失い、戦いを含めたあらゆる行動に精彩を欠くようになる。
動作が緩慢になった処を狙われて障壁に閉じ込められ先に逝った同胞たちの後を追う。
一対一の戦いであるならば絶対に負けない能力差が彼等の間には確かに存在する、人は空を飛べない、人は人を引き千切れる膂力を持たない、人は魔法を丸一日使い続けられる程には潤沢な魔力を保持できない。
負ける要素など本当に何処にもなかった、だが結果は一方的に挽肉にされるのみで逃げる事も抗う事も出来ない有様であった。
タケルに捕縛された魔人は胸像のようにカットされて引見の場に運ばれてきた。
人語を解し、魔人を指揮、統率していたと言う報告を受けて障壁魔法と聖水を満たした水槽で力を奪われた状態で既に死に掛けていた。
聖別された釘により魔人の脳髄は犯され、その知識は概ね一欠けらの石に記録されていた。
魔人に対する尋問は無意味である、最終的に滅ぼす事が確定している相手に命の取引などしても無駄である。
そこで遥か昔に考案された記録石に記憶を複製して好き勝手に閲覧する技術の出番であった。
再現された技術ではあるが、これを突き詰めると魂の複製、永遠の存在になれる研究の成果にたどり着ける。
ゲームカートリッジやDVDというよりもこのコンパクトさはSDカードに近い。
魔法技官の巧みな魔道具操作により魔人の目的とシルナ王国への大量潜伏の目的を知る事になるが、知ったところで後の祭りであり、事ここに至っては魔人達を逃がす不利益の方が勝るという面倒極まり無い現実が横たわった。
魔人の記憶を吸い出して記録するこの狂気の技術にタケルは震える。
会議を終え一人になってもその悍ましさに震えが止まらない。
遥か昔、この技術を形にした者は人間としての道をどれだけ外れた外道であったのだろうか。
永遠を望んだ研究者による、失われた魔法と技術を山盛り乗せて訪れるノアの箱舟のような存在。
対抗するためにはリバースエンジニアリングで技術を紐解き、全てを抹消する方法を確立しなくてはならない。
只の杞憂であって欲しいが、現実にこんな技術が存在する以上成功例が存在する可能性を疑わざるを得ない。
永遠の命をもった危険な存在を未然に打倒する武器を手に入れる努力は無駄に終わったとしても手も足も出せないまま負ける事は許されない。
戦わずに負ける神などと同じ扱いをされる事だけは断じて拒否する。
星に寄り添い、同じ軌道を延々と周回する人造の図書館。
真理に到達したものが三冊だけ貸出を許可されると彼のゴールディ・ナイルが嘯いた幻想の図書館。
全てを観測し全てを記録する、その名はライブラリー、管理者は大精霊、そもそも実体はない。
彼女は見るもの見守るもの、監視者にして観測者、長き時の中でその役目は失われ、その役目は至る道の鍵でしかない。
一度滅び終止符の打たれた世界を尚も観測する大精霊が見たものは、愛と希望と夢と正義の物語であった。
再びアカシックレコードに刻み込まれる新たな物語にライブラリーは色めきだつ。
眠っていた者達が目覚め大精霊の号令に応える。
神が去り魔が潰えた世界に魔が蘇り新たな神候補が立った。
ならば精霊も再び蘇り隆盛を極めても構わないではないか。
干からびた妖精王オベロンは解放された瞬間十七本の封印を受けて動くことも儘ならない。
ならば目覚めし妖精の女王ティターニアは精霊達の新たなる生を言祝ぎ導くものとして汚泥の泉へと降り立つ。
捨てたはずの泉の畔に立つティターニアに召喚者達の成れの果てが付き従う。
あらゆるものが死に絶えた彼の地へ還ろう、あらゆる伝承が死に絶えた彼の地へ還ろう。
パジョー島から旅立つ彼等の行く先は海の果て、彼等の果てへの旅は今始まったばかりだ。
デビルロードが脈動する、デビルロードが拍動する。
命の奔流が駆け巡り、只の路が命を得たように動き出す。
片隅で座る男が居る、使い古した毛布で身を包み、仮死状態を維持して眠る男がいる。
頭には王冠、棘の冠。頭からは常に鮮血が滴り、頭には常に鮮血が注がれる。
それは罪が無く、それは罪でしかない。
感情を押し殺して自らを押し殺して彼は頑なに眠る。
眠るために組んでいた手が痒くなり両手を床に降ろす。
それだけの事で何処かが大騒ぎになった、彼は多くの人々から怨嗟の言葉と苦情と感謝を浴びせられる。
遠くて近い声に全身が粟立つ。
咽喉を抉る痛みに一瞬だけ意識が覚醒し、猛烈な激痛で頭の王冠を振り落とす。
もうどうでもいい、頼むから寝かせておいてくれと彼は呟く。
王城が根元からボキリと折れて山肌を滑り落ちて行く。
ノットはその破滅の光景を目の当たりにして全軍の撤退を命じた。
中央都市チキンは王城が崩落し都市機能は壊滅的打撃を受けた。
神帝ジオルナードは微睡の中復活を遂げた。
訂正少々




