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放り出されたセカイの果てで  作者: 暇なる人
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第百六十五話 プロティンと牛乳とアロエ

 狙った場所に鍬が刺さらない、振り上げた拍子に後ろに転倒する。

 新しく手に入れた身体は立って歩いている事で限界を迎えるレベルで虚弱な身体であった。

 長い憑依生活で忘れかけていたが元々の自分の身体も彼と大差無かったと思い直し先ずは五体に大地のマナを直結し、太陽の力や闇の力を循環させ、生命力と魔力による補助と練磨を行う方針を選んだ。

 外付け動力と常時マナによる点滴を続けているようなもので、ある意味ドーピングの嵐と言って差し支えない状況であった。

 村人は日に日にマシになって行く彼の働きぶりに驚きながら次第に彼と打ち解けていく。

『朝と晩のトレーニングと農耕は必ず君の血肉になるだろう』


「ああ、昔読んだことがある、筋肉は決して裏切らない。」


 何やらおかしな独り言を呟きながら筋トレに励む彼の姿にもすっかり村人は慣れてしまったようだ。

 それが良いのか悪いのかは別として。





 金物を叩く音がラボに響き渡る。

 丸く切断された厚紙に、板状の磁石、銅線が巻かれた怪しげな筒状のものが、四角い衣装ケースのような箱の傍に並べられている。


「タツヤ、これはなんだ?。」


 金床で真鍮を丸く加工する音でタクマの声はどうやら届く前に打ち消されているようだ。

 どうせ完成した時にわかる事だと諦めて冷蔵庫の牛乳を取り出しコップに注ぐ。

 子牛が居る今のうちにだけ味わえる牛乳に感謝して小皿に取り分けられたチーズを片手に食卓へと向かう。


「ちょっとー服くらい着てきなさいよー。」


 パンツ一丁に肩からバスタオルと言う出で立ちを責められるがタクマには何処吹く風である。

 コタツの中に着替えを入れたままにしてあるので聞く耳なぞ元々持っては居ないのだ。

 硝子ボウルの中でプルプルと揺れながら文句を言い続けるコモン先輩にタンポポを乗せて牛乳を一垂らしする。

 食用菊を散らしてもモリモリ食べる先輩には丁度いいオヤツだろう。


「なにこの濃厚な牛乳、よこせ、おかわりを要求するー。」


 現代に換算して〇.〇牛乳なんだろうなと思いながら先輩におかわりの牛乳をかける。

 確かにハナコの牛乳は美味いのだ、グラスを掲げて何時も通り感謝の一口を頂く……うまいっ。

 麻のような小さな生地に搾った形のままの丸いチーズが小皿に乗っている。

 フレッシュチーズであることは間違いない。

 嗜好品の少ない世界でタツヤが思い出したように造る食品の数々は五感を強かに殴りつけて来る悪魔の攻撃に等しい。

 俺達の胃袋のライフは既に0だ。

 牛乳ゼリーのような色合いになった先輩が無心でタンポポを食っている。

 風呂上りの牛乳を堪能し、ハジャマを炬燵から引っ張り出して身に着ける。

 褞袍を羽織って火鉢の前に座り人数分の凍み餅を並べて焼き始める。

 指で突いて満遍なく火を通さなければただの堅い餅を焼いたものにしかならないそれは、片時も目を離せない育てる餅である。



 何時しか金物を叩く音が止み、フライパンが五徳の上に並べられる音がする。

 洗い終えた鶏卵が台所の隅に置かれ、作業着を着た女子二人が、ただいまの挨拶もそこそこに風呂場へと姿を消した。

 気が付くと飲み終えたコップと先輩がタツヤに運ばれて洗い場からあられもない声が聴こえた。


「いやぁ~生き返るねぇ、いい湯加減だよぉ。」


 先輩も入浴時間のようである。

 野菜を刻む音、味噌汁の具である薄揚げを揚げる音、冷蔵庫から取り出された漬け汁の中に浸っていたあれが取り出されて心が躍る。

 クレイジービッグチキン、全長一メートルの大物である。

 久しぶりに歯ごたえのある化物で首を切断した後の戦闘こそ本番であった。

 ゴブリンを食った個体でなければ内臓も頂けたのだがゴブリンが不衛生すぎて内臓は殆ど廃棄となった事が残念過ぎる。

 体内で刃物持って暴れたゴブリンが悪いのだが、丸呑みにした鳥の方も悪かったのだと言えよう。

 そして決定した献立が半日下味付けて寝かせた鶏肉による唐揚げである。

 風呂に入る前に石臼で小麦粉を挽き、タツヤの分も牛舎を掃除した成果だ、美味いものをつくれるタツヤの時間をあまり無駄にしてはいけない。


「それか?、魔道具ギルドから依頼されたスピーカーだ。国からの要請で金額では無くギルドの地位向上に必要だそうでランクアップが交換条件になっている。」


 制作物の正体を聞きながらタツヤに焼きたてのかきもちを食べさせている。

 晩飯制作中のタツヤは一番飯をお預けにされている立場だという事を忘れてはいけない。



 ギルドの仕事をあまり疎かにすると除名されたり免許が失効してしまう。

 商業ギルドや冒険者ギルド、そして狩猟ギルドの活動は日々の生活で普通にこなせるが、タツヤの様な専門職は毛色や次元が異なる。

 この世界に存在しないものを造れてしまうタツヤの手綱を握っているのはトモエだ、俺やユリでは無理、ましてやエセルちゃんには不可能だろう。

 最近何気なく置かれている物に気付く、透明なコップとガラス窓と硝子ボウル、顕微鏡にフラスコに蒸留装置。

 試験管にアルコールランプ、魔道溶接機に各種ボンベが壁際にしれっと並んでいる。

 ラボの内部には一基炉が造られており天上から一枚札が下がっていて日本語で高温注意と書かれている。

 一応遮蔽物としてパーテーションが申し訳程度に置いてあるが、あれはガラス工芸に使う炉じゃないかなと思う。

 板の裏側には実験炉と書かれており夏までに撤去すると添えられている。

 トモエからの監督は入っているようなので多少は安心できる…のか?。


「どうしても必要だから造った、インフルエンザが蔓延する前にワクチンを培養しないとまずいからな。」


 聞かなきゃ良かった。

 火鉢の前に戻る際に先輩をザルに落として湯切りをしてボウルを綺麗に洗って先輩を微温湯で洗い、ボウルにもどしてテーブルへと連れて行く。


「うむ、良きに計らえ。」


 先輩は二十四時間起きている。

 生物として寝る必要は全くない。

 魔法生物なのでマナさえあれば死なない、但し身体がアロエで出来ているために水が大切なのだ。


「今は多分牛乳アロエ味だよー。」


 飲んだことのある人へのアピールは止めて下さい先輩。



気楽な文章量その2

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