第百六十四話 南方都市カポと天空の(ry
シルナ王国南方都市カポ、南部都市とも呼ばれるが首都より南にあると言うだけの意味でカポよりも南にもまだ都市はある。
デビルロードからは外れており、更地と化した北部都市リンネとも位置関係のズレはかなり大きい。
まだ未発見のアビスロードやシャドウロードなどの所謂魂を材料にした路であるかは不明だ。
風化しかけた長城の残り滓のようなものが南側にある崩落した壁が放置されてみすぼらしいことこの上ない。
大河の氾濫の名残りで湿地帯と化した地域が長城などよりも防衛の役に立っている。
東方都市アンヅが音信不通となり、ふと見上げれば地上に影を刺す何かがカポの上空で静止して時折土砂を撒き散らしてくる。
四方に斥候を飛ばし上空に浮かぶ何かを調査させているが、雲を纏っているようでその正体はようとして掴めない、だが、時折降り注いでくる瓦礫や何らかの構造物の破片や建物の類で予想はついていた。
「やはりあれはアンヅであるか。」
二太子スゥエイが報告を受けたのはカポよりも東の港町ヤンドゥンと言う地域にある保養所と言う名の隔離施設であった。
アンヅらしき市街地が空を飛ぶ何かと化した理由は定かでは無いが、彼はもうこの段に置いて一生分驚いたと思っていた。
トリエール王国からの宣戦布告に始まり北方都市の陥落、中央都市の包囲、西方都市の攻略、東方都市の爆発飛翔、そしてカポ上空での停滞である。そしてデモルグル軍の壊滅並びに吸収併合、カポへの南進の先陣はどうやらデモルグル軍に任せられたとも伝え聞く。
それは即ち早々に自治権を認めたと言う事らしかった。
前線で戦う彼等が家族を人質に取られたのだと考えても良かったがそれにしては再編成が早すぎる。
余程シルナ王国と仲が良くなかった事がトリエール王国側に有利に働いたのだと云う頭を抱えたくなる事実が浮き彫りになった辺りでスゥエイは考える事を放棄した。
軟禁状態の彼に出来る事など殆ど無いが、中央都市チキンの王と王妃、そして皇太子である兄が運悪く斃れてしまうと自身が王位継承権第一位の立場になり、周囲が騒がしくなることが予想された。
何時毒殺されるのか?と言う生活はどうあがいても変わらないだろうが、王位継承権を得てしまえばそれはより直接的なものに変化することは疑いない。
いっそ両親と兄の助命嘆願書でもトリエール王に送り届けようかと思い至るも悪目立ちするだけだと思いなおし空に浮かぶアンヅを見上げる。
「いっそアレに乗って何も考えずに暮らして行ければ満足なのだが。」
スゥエイは報告書を文机の上に乗せて立ち上がる。
軟禁生活で唯一の楽しみは市井から迎える武芸者なり曲芸者なり文芸者達との語らいである。
外に出られる事を夢見て叶いはしない現実を、骨身に沁みるまで理解していても憧れが尽きる事は無かった。
両親と兄の打倒に立ち上がった妹は妹だったものに替えられて反逆者達に食事として振舞われた。
王家の人間である事など王位継承権のある人間であることなど望みはしない、あんな目に遭うのならばいっそ生まれてなど来なければよかったのだとスゥエイは思う。
「ダルネス・ヴォルザーグが奴隷、桂城亜紀、殿下がお召しであると聞き、罷り越しまして御座います。」
面白い話を聞かせる娘として今宵選んだ者と談話室で顔を合わせる。
食客待遇で招いたダルネス・ヴォルサーグは老病により、この保養地の片隅で療養中ではあるが、弟子にして奴隷の娘であるアキ・ケイジョウがその代理を果たしている為、彼の老人は最後まで厚く面倒を見る事が約束されていた。
「フユショウグンの戦いの顛末を聞かせて貰おう、何一つ成果の無かった戦いであったとは聞いて居るが、其方は映像で諸事を再現出来るとも聞き及んでおる、元々成否はどうでも良かったが見れるとあれば気になる。」
「畏まりました、一部始終ご覧に入れましょう。」
彼女にとっては失敗した仕事であり、余人に公開するようなものでは無かったが大枚を支払った依頼人の要望である。
嫌々ながら応じざるを得ない拷問のような時間の始まりであった。
だが、スゥエイには彼女を攻める気など全く無い。
無味乾燥の日々に潤いが与えられるならば、諸事の成否などどうでも良かったのである。
ダルネス・ヴォルサーグ、現在彼の老人は老病に犯され自らが何者であるかの記憶も定かではない。
タケルが探らせたアキ・ケイジョウの身辺調査のついでに調べ上げられた老人の素性は、今もまだ西の果てで勢力を保つ王家の一員であると言う事と類稀な召喚術の才能を持った人物であるという評価であった。
長年彼等の王国を悩ませたベヒーモスを倒した事や巨人兵士を倒したなどの華々しい武勇伝が記されてあったが彼の人生を彩るような物語ではなく、その強さが彼を孤独にし祖国を追われる原因となった。
強すぎる力は凡人には恐怖でしかないと言う悲しい現実が彼を打ちのめす事となる。
彼の人物がどれ程心の優しい人物であったかの報告は、彼の足跡を辿った報告書を眺めるだけでも伝わって来る。
各地を放浪しその地の人々を困らせる魔物や魔獣、果ては魔人ですらも打ち倒し、英雄として崇められながら旅を続けていたようだ。
最後の最後に辿り着いた地で意識も呆となり、身の回りの世話を続けていた奴隷の娘の機転でシルナ王国の二太子スゥエイの庇護の下、その最後の時を迎えようとしているとの事だ。
アキ・ケイジョウ、広域指定暴力団黒口組系直参桂城組組長の娘。
性格は温厚でお嬢様と言われているが本性はヤン〇ーな姉御肌の気の良い女である。
裏表の無い性格で、良く言えば素直、悪く言っても素直、弱っている人間を見て見過ごせるほど冷酷ではない善良な人間だ。
小さい頃は神社の公園で縄張り争いをした相手なので、御淑やかに振舞っている姿を見るにつけ、俺達の背中には嫌な汗が流れる。
成人式を迎えた後は婚約者のどこぞの御曹司と良く出かけていた気もするが、運悪く講堂の隅で呟いていた言葉によると…。
「面倒臭せぇ…なんであんなスケベ野郎と。」
腹の底から吐き出す様な溜息とセットで婚約者を評していた。
残念ながら男は概ね助平で無くてはならない、子孫繁栄させられない男は殆どの家庭で鼻つまみ者になる。
アキについての報告書は割と淡泊な感じではあるが召喚術が使いこなせるという点にもっと深い調査を命じる必要があるように思える。
無闇に仕掛ける必要は無いが一度に数千体召喚出来る辺りかなりのチート持ちである疑いが濃厚だ。
尤も深い調査が不可能なレベルで危険を察知しているのであれば深入りは避けて見守る方が無難ではある。
スゥエイは手を叩きながらフユショウグンの侵攻と地下迷宮踏破を愉しみ、酒とつまみを味わい、アキに夕食を振舞っていた。
ダンジョンを潜る疑似体験は殊の外スゥエイを満足させ、歓喜と興奮が談話室に華開く。」
「氷の宮殿について少しだけでも偉容が知れて良かったぞアキ、これだけでも繰り出した甲斐がある、なにしろ我が国の諜報部員ですら吹雪の向こうには辿り着けなかったのだからな。」
上機嫌でサラサラと紙に氷の宮殿を模写すると文机の上に無造作に絵を放る。
彼の暇はニートの其れを遥かに上回る、ネットなどの暇潰しは無いので書画に親しむか文物を読み漁るくらいしか暇の潰しようがない。
スゥエイには画才があった、それも一方ならぬ。
「人か?、なんと迷宮の最奥に人がおるではないか。」
ブレイブロックとフユショウグンの邂逅、アキにとって見知った顔どころの騒ぎではない男の登場である。
精霊と妖精共が召喚した勇者の人選はアキの心を揺さぶって余りある人物であった。
嫌がらせにも程がある。
異世界に放り出されて尚、縄張り争いが続くとあり、アキの胸中は穏やかならざる気配が渦巻いた瞬間であった。
ほんの四か月前の光景である、結果は負け戦だ。
「次は勝ってみせるわ。」
物騒な決意を秘めて彼女はクライアントに映像を見せ続ける。
屈辱を曝け出すような心地で…。
気楽な文章量ッス




