第百六十話 病魔に蝕まれ顕現せし者
トリエール王国側へ逃げたシルナ王国軍の残党は地形を知らぬがゆえに大きく迂回しながらデモルグル軍の本陣へと逃走を続けている。
ならば、とばかりに最初からデモルグル軍の本陣へと逃走を図ったシルナ王国軍の残党は、草原を旅する者達が水を得られる休憩所で集まり二日目の野営を行っていた。
恐らく彼等はそこから動く事は出来ない。
イノは彼等の様子を斥候と共に精査しその惨状を認識するに至る。
「トリエール軍隠密隠れ家の一つが疫病汚染とは笑えないな。」
どんな顔をしてタケル様にコレを報告すればいいのかと蟀谷に走る痛みを指でグリグリと抑え込む。
イグリット教の教徒達が消毒薬と浄化聖法の支度を始め、宗教紋を刻む魔道具に聖法力を流し込んで励起させている。
全てが効率的、寸刻を無駄にする事無く短時間で準備が整う、製作者の精神性を現したような迅速さで励起する宗教紋を刻む魔道具に恐怖すら芽生える。
どの様な拘束紋であれ術式を構築して一つ一つ誓約を加え乍ら、時間を掛けて編み上げて行くものであった。
子牛の焼き印のような手軽さで刻まれる魂への拘束など震えが来ても当然であると言えよう。
「古き時代、あの構造物の残骸はどの様な形を成して居たのでしょうか。」
イノの傍らで会話の記録や書類をまとめる青年が野営するシルナの残党を見てポツリと呟いた。
「クルガーン、あれは元々はマルニ教と言う古き神に祈りを捧げる祭壇だった場所だよ、王国図書館に多少詳しい本があったはずだ。」
古い時代の歴史的建造物などがイノの知的探求心を刺激する、クルガーンも同好の士であったかと期待しつつも過度な期待は禁物であると自身を戒める。
この手の話題を語り出すと止まらない性分を何度コンラッドに諫められたか知れないイノであった。
一人、また一人と命の灯を消してシルナ兵はその場で力尽きて行く。
劇症と化した疫病が彼等の身体を襲い、雨露をしのぐ壁も屋根も無い場所で風に晒されてその体力を呆気ない位に簡単に失って倒れて行く。
魂が堕ちて器が満ちる。
大地が震える、微弱な揺れが朽ち果てた構造物に伝わり砂埃がふわりと石柱から舞い落ちる。
何かが回り始める、一回転で一度、二回転で二度、それは確かな詠唱となって遺物が励起した証として魔力の源泉が周囲を満たす。
贄は捧げられた、祭壇には命を落とす者が寄り添う。
回る回る何かが回る。界を渡る道が拓かれる、励起した曼荼羅が琥珀色の扉を喚び出して現実に干渉を始める。
電撃が病人を鞭打ち、その命を奪う。肥え太るために命を捥ぎ取り咀嚼する。
捻じ曲げられた理の経文が陣を描き、扉が完全に開かれた。
「キィ。」
小さな悪魔達がゾロゾロと扉から現れてシルナ王国兵の残党だったものに群がる。
一匹、また一匹と何かを引き裂き、何かを引き千切り、何かを貪る。
彼等は歓喜の舞を踊り、まだ命の灯を辛うじて守っている者達をも掴んで千切って与えあう。
独占しようなどと画策する悪魔は居なかった。
出遅れた者達に一部づつ千切って渡す公平さは見ようによっては格差の無い世界の究極であったかもしれない。
焚火の傍で輪になって座り、彼等は昼食を楽しんでいた、傍から見れば微笑ましいそれも、イノ達人間から見れば悍ましいことこの上ない光景であった。
しかし近寄る事が出来ない。
違う界がこちらにはみ出してあちらに支配されているからではあるが、そんな事イノ達に解るものでは無い。
悪魔たちが囲む焚火に食べかすや骨が投げ込まれて火勢が増す。
彼等は言葉とも言えぬ言葉で神を言祝ぎ神に感謝する。
与えられた糧に素直に感謝していた。原始宗教のその形がそこにあり、今目の前にいる悪魔の様な生き物が言語を解する人である可能性に眩暈すら覚える。
数百人が門の中に死体を運び込み、遺跡にあったシルナ王国軍の残党は、残飯程度の姿しか残っていなかった。
悪魔たちが切れ上がった細い目でイノ達が居る方角へ向けて祈りを捧げ、扉の中と戻って行くと静かに扉は閉じてゆく。
割れるような音が鳴り響き扉が掻き消えた瞬間、それは其処に顕現した。
馬の下半身に牛の上半身、黒山羊の頭に蝙蝠の翼、闇色の斧を担いだ力の権化が瘴気を纏ってそこに屹立していた。
揺れる足元にイノは撤退を宣言する。
「逃げろ!、迷宮が産まれる!。」
巻き込まれれば迷宮に飲まれ、迷宮に従う戦力として永劫に生きる嵌めに陥る。
行き成り大地が割れる、退路を奪いに来たのは明白であった、その先には斧を降り下ろしたあの魔物がいる。
遺跡の中央に光り輝く石が生まれ、クルクルと回転しながら周囲のあらゆるものを取り込んでいく。
ダンジョンコアの誕生だ、あれが成長し始めると界の浸食が始まる。
常識と摂理を無視した何かが形作られる前に何としてでも逃げなくてはならない。
本を読める事は幸せだ、ダンジョンの誕生についての詳細を記した人物と同じ景色を見ている事を実感できるのだから。
進める道を指し示し退路を大きな声で叫び撤退を続ける。
イノの手にある槍に魔力が注がれる。
槍の後ろに四枚の尾翼が飛び出し、穂先に雷撃の魔法が迸る。
「天の法術空の目っ…連結せよ、導きに従い我に従い我が意を為せ誘導雷槍。」
槍にリンクさせて更に魔力を込めて魔物へと投擲する。
圧倒的な加速力で投擲された槍は意思のある蛇のような軌道を描きながら魔物の背後に廻り、イノ達が居ない方向から雷撃による攻撃を開始する。
背後をあの斧で襲われては堪らない。
鳴動する大地を愛馬に跨って疾駆する。そうしている間にも揺れが激しくなり、景色が極端に傾ぐ。
陥没して周囲が擂鉢状に落ち込む様はダイナミックにも程があり、イノが率いる騎兵達は必死に坂を上る集団と化した。
幸いにも道はある、ならば一心不乱に駆け上るのみ。
彼等は後に語る、騎兵で良かったと。
「槍よ最後のお勤めだ、貫け!。」
安全地帯へと至り、誘導兵器としての役目を果たした愛槍に魔物への突撃を命じた。
威力や結末を知り得る距離では無いが恐らくは相打ち程度の被害を与えられた事であろう。
無傷で切り抜けられてしまったならば業腹であるが、その場合自身の修練が不足していたのだと槍に詫びざるを得ない。
ほろ苦い気持ちのままイノは振返る事無く草原を駆ける。
気を取り直して砂煙がもうもうと立ち込める彼の地を後にし、デモルグル軍の本陣へと再進撃を開始する。
迷宮の誕生に幾らかの加筆を行える嬉しさが湧き起こるが、詳細は胸糞悪いものでもあり素直に喜ぶにはどうにも宜しくない。
出来る限り感情を殺して正確に端的に事実のみを加筆するならば小冊子一つで済むであろう。
あの規模の大陥没であれば出来上がる迷宮は過去最大規模ではあるまいかとイノは振り返る。
「皆が無事であったから言える事ですが、迷宮が出来たら潜ってみたいですね。」
何気ない気持ちで呟いたであろうクルガーンを見遣り、イノは意を決して彼に問う。
「君は…遺跡や迷宮が好きかい?。」
探り探りの会話で得難い同好の士であるかを見定める。
道中の暇を持て余す事は無くなりそうだが、シルナ王国軍の残党の片割れを迎え撃つ為に進軍速度は緩められない。
それでも馬も竜も人も休みは必要だ。
野営の指示を出す頃には夕焼けが大地を赤く染め上げていた、時折グラグラと揺れる大地に叩き起こされるが、この辺りは迷宮の揺り籠となってしまった、少なくとも十年は揺れが納まるまい。
食事を終え、迅速に身体を拭き終えて寝袋に潜り込みその上から毛布に包まって目を閉じる。
地震に対する対策らしきものなど最初から無く、無理矢理に眠る為に目を閉じる。
何が何でも目を閉じる。
眠れないからと云って起きていては余計に疲労するからである。
輜重隊到着までイスレム率いる軍団は手弁当プラス長城破砕軍が保有する糧食と資材でなんとかしなくてはならない。
最初から織り込み済みとは言え、色々と計算違いやイレギュラーは発生する。状況はデモルグル軍を追いかけてやって来る歩兵と共にゆっくりと進んでくる輜重隊到着まで余りカロリーを消費するなと言う厳命が下る程度である。
この場を陣地にした理由は遊牧民であり根拠地を持たないデモルグルの民が聖地に次ぐ重要地として守っている霊地クトゥが近いからである。
シルナ王国に奪われ蹂躙された地ではあるが、イノの言によると父祖の眠る墓地やら霊廟やらが纏まった場所で喩え更地となっても彼等には万憶の金と命を積んでも奪還したい場所であるという。
タケルにそんな事を教えてしまったイノに今更何を言っても始まらないが、新築した砦を戦いの中心にせず川沿いを西に進軍した果てを中心にした理由がただこれだけの些細な理由である。
それを定めた後にシルナ王国の西の都を狙うに絶好の立地であるなど後付けの理由は産まれたが、この霊地クトゥは都を興しても割と上手く回りそうな場所であった。
「大河を大氾濫させてあのあたりの魔人を全部押し流し、デモルグルは逃げずに囮になったまま海へと…。」
「イノ、そんな借りをどうやれば返せるか考えて見るとしようか。」
魔人による人類大攪拌の際に戦い抜いた国は今でこそ清貧国としてシルナ王国の膝下に捻じ伏せられているが、正直どうしてそんな地位に甘んじているのかタケルは理解出来なかった。
「デモルグル国は遥か昔"汗"と言う偉大な称号を持った英雄を戴いたのですが、その遺体も副葬品もシルナ王国に奪われておりまして、無傷で取り返したいと願う彼等は今に至ってもシルナ王国の言いなりになっているのです。」
イノの説明にタケルは頭を抱える。
作戦の一つ焼夷弾絨毯爆撃が使えなくなった事を理解する。次に爆撃、洪水、火計は限定的と取れる手段を次々と脳裏から消し去って行く。
疫病の始末を楽に済ませるなら焼夷弾や爆撃が手っ取り早かったのだがその手は使えない。消毒の手間をもっと人の手が入った緻密なものに変えなくてはならなくなった。
そこでタケルは宗教と奴隷紋と医療の利用を思いついた。戦略がより酷い方へ悪化したと言っても良いだろう。
忍びの強化増強、工兵の増員と訓練内容の刷新、新規軍団を纏めて四つ編成、宗教家の篭絡と聖歌隊の設立。
これらすべてにネア・イクス・トリエールは軽やかにサインしてのけたあと優雅に国璽を押しタケルに一切合切の権利を与えた。
「のびのびとやるといいよ、足りない物資や必要な人員があれば、お手付きの無い人間なら私の権限で転属も出来る。」
「国王陛下、タケルには自重が御座いませぬので、そこはご自身の自重をもってお命じなされませ。」
「ダンは用心深いな、タケルの目的とその理由を聞いても財布の紐を縛るのかい?。」
ヤレヤレといった風情でネア王はタケルに合図して顔を上げさせる。
「その史上最大の嫌がらせが何処までも腹正しい神に届くのか楽しみにしているよ。」
「はい、国王陛下の名の下に不肖このタケル・ミドウ有らん限りの嫌がらせを尽くして見せましょう。」
「外敵が近距離に居なくなった今、打って出るのは当然ですが、そのですな。」
何やら言いたげなダンを見遣りネア王は言い淀んだ言葉を吐けとばかりに笑う。
「ん?お主が意見を直截に述べぬのは気味が悪いぞ。」
「御意を得まして…私の出陣は許可して頂けますかな、国王陛下。」
「ふっ…ははははっははははは。」
国王陛下が笑いだし、タケルはその面をダンに見咎められないように咄嗟に地面に顔を向ける。
宰相職を放り出して戦場に行かせろと願う者は少ない。
ダン・シヴァほどの腹心に替わる有能な人材を用意せねばその席を空白にすることは難しい。
「畏れ乍ら国王陛下、出来得る限りお早めに宰相職の任に耐えうるものをご用意頂ければ幸いで御座います。」
「ほぅ、いや、皆まで言うな、この地を任せるに相応しき者と今から毟り取る地を任せるに相応しき者の選出に相違なかろう。」
聡明な国王陛下であらせられるとタケルもダンも静かに額突く。
「なれば何れ遷都も必要になるであろうが、それ以上は嫌がらせの効果のほどを見てからだな、では下知は与えた、遺漏無くやりたいように励めよ。ダン、人を見に行く、供をせよ。」
『はっ』
タケルは書簡を手に抱え、ダンはネア王に従い奥の間へと向かう。
「コンラッド、イノ、呆けている暇は無いぞ世界を取りに行けとのご命令だ。」
このセカイに誘拐され、人生を弄ばれたタケルによるセカイの蹂躙が始まる。
「僕の名前はタケル、ミドウタケルだ。」
自然にそして堂々と疫病患者達が犇めく村落へと宗教家の集団と共にタケルが訪れたのは夕闇迫る午後の事であった。
「私がここを守っているリィン・ウ・ゲントだ。」
まずは互いに右手の拳を左手の掌で包み礼を交わす。
交渉事の様なものが二人の間で交わされるのであろうかとゲント側に控える者達は固唾を飲む。
「まずはこの辺りに立てさせた立札を読んで呉れていれば有難いのだが。」
彼等の窮状など聞かずとも分かっているので彼等にもお茶を振舞いながら自身も一口お茶を口にする。
棒焙じ茶である、焚火で缶に使うだけの茶葉を入れて炙り、急須で淹れさせた。許可を得られれば薬湯を作る下準備が済んだ証でもある。
「疫病の治療をするとあったな。」
肝心な文言を省いて言ってくるあたり中々強かな人物のようだ。
「改宗とその証を身体に入れれば末期でない限り完治させる事が可能だ。魔法ではなく聖法を用いた強力な治癒術なので宗派が違うと効果が無い。」
効果が出ないように作ったとは言わない。嘘を言わずに語る事は大切だ見破るような神器や魔道具がないとも限らない、スキルだって要警戒である。
「魔法治療と云うものがあると聞く、それを施しては貰えないであろうか?。」
「申し訳無いがここに居る聖職者達に"魔"に属する力を使わせるのは、君達の指導者に有能になれという言う事に等しい。」
静かに怒りを込めて答える、彼等には聖法と魔法の区別は付かないが聖職者に魔法は禁忌であることくらいは伝わったようだ。
不可能であるという喩えも互いに判り易くほろ苦い理解をもって伝わったようだった。
「改宗の際に名を記して貰い誓約して貰う書だ、一読して貰おう。」
認め難く受け容れ難い条文が続く、だがこれが今のシルナ王国とトリエール王国の間に出来た立場の違いそのものでもあった。
「疫病罹患者の遺体と、発症して既に無くなった家族と親族を焼く承諾を求める一文が我々としては一番辛い。」
「それは十二分に分かっていて記させて頂いている、尤もここは既にその意味を理解しているようで助かる。」
周囲に充満している遺体を焼く臭いは説明など一切無用の臭いだ、目の前の彼等の決断は、唯独りここに居るというザン・イグリット教のシスターの知恵から齎された予防と撲滅法に相違無い。
「改宗が受け入れられないと言うのであれば無理強いはしない、我々は何もせず大人しく引き下がる。」
「待ちなさい!。」
空気はゆっくりと張り詰めて行く。
この場に自らやって来た、その理由、ザン・イグリット教シスター、名前などどうでもいい存在だ。
「この疫病、引き起こしたのは貴方たちでしょう。」
見える位置で左目がシスターの内側を捉える。この距離で誤るはずも無い。
「ここまで疫病が生き残り、延々と成長し続けた原因はより深刻でね、僕の予想と予測が外れると言うのはそれだけで異常事態が存在すると教えられている様なものなんだよ。謳え!高らかに、貴き歌を神曲。 」
引き連れていた少年少女達が歌い始める、神の歌を、その悪しき者の正体を引き摺り出す全きの純白の歌を。
「うぐっ、おごぁっ。」
大地に倒れ込み蹲り血反吐を吐いて暗灰色の衣の上から身体を掻きむしるシスター。
シルナ王国人達がその光景から距離をとり、様子見に入ったまま動けない。
「これは…どういうことだタケルとやら!。」
「いいから黙って見ていろ、これから顕れる者が俺達の生きる町や村や世界の至る所に隠れ潜んでいる者達だ。」
シスターの服の内側から何かが盛り上がり暗灰色の衣を突き破って天を突くように伸びる。
血に塗れた一対の骨で出来た翼がバキバキと形を造って行く、それは不快な、とても不愉快な音であった。
折りたたまれた翼を背に仰け反り、着衣を切り裂きながら鳥のような足と熊と蝙蝠のような手をダラリと生やして額から一本の長い赤い角を生やす。
青い肌と緑の血を滴らせて長い舌を伸ばし、人間だった頃の皮をぺりぺりと剥して食べ始める。
神曲の効果は化けの皮を剥す事である。見た目では判別不能な人類の敵を判り易く元通りの姿に戻してしまうと云うものであった。
「うぇぇ、なにこれ?。」
本人に自覚が無い場合もあり、魔人の系譜である事を知らずにその生涯を終える事もある。
聖歌隊の者達を退却させながらタケルも後方へと下がって行く。
抜刀できるスペースは殆ど無く村落の外まで逃げる必要がある…だがタケルとしては足手纏いが居なくなるまで村落の外に出る必要は無い。
非戦闘員の聖歌隊を出迎えるためにやって来る兵たちとの距離は然程遠くは無い、錯乱状態のシスターが記憶を取り戻したり、恐慌状態に陥るまでの間時間を稼げればそれだけで大体は達成したようなものだ。
「ゲント、動ける者を連れて逃げるも良し、改宗して僕についてくるも良しだ。」
シスターが蹲る周囲に円を二つと文様を描く。円形の水槽を構築するだけのシンプルな魔法と液体窒素を空気中から産み出して注ぐ簡単な魔法である。
悲鳴を上げるだけで凍る気配もなく、元気よく中から水槽を叩き続けているだけであった、耐久力だけでもやはり常識を越えている。
魔法を解除して次は雷撃を落としてみる、多少効果が見込める、少なくとも生物らしく身体は電気信号で動かしているようだ。
火を見せると異常に恐れる、後は効果がどれだけ上がるのかの確認だが、いきなり翼を広げて垂直に飛びあがり村の外れの森に墜落した。
「アレが魔人か。」
「ああ、アレが魔人だ、覚悟が決まったら僕と共に戦うか大人しくアレに殺されるか考えておくと良い。そう遠くない未来アレは世界を覆い尽くす。」
「人類大攪拌がまた起こるというのか?。」
「世界の終わりさ。」
そう言い残してタケルの姿が掻き消える。
突然の出来事にゲントは軽くよろめいた、仲間たちに支えられて辺りを見渡すと、森の木々がバキバキと押し倒される音だけが聴こえる。
それから一時間もの間タケルとシスターの戦いが続く。
村から西へ西へとタケルはシスターの気を引きながら弄び、西の都へと翼を引き千切ったシスターを投げ入れることに成功した。
「疲れたよ。」
その場に座り腰の水筒の水を飲む、厳戒態勢の西の都に突如現れた手負いの魔人と言う楽しげな見世物が始まったばかりだ、強化魔法を浴びる程に使った状態でほぼ互角というのも予想外であったが、思ったよりも脆い精神であったせいでアレは最早ただの獣でしかなかった。
魔人の身体が突然覚醒したせいで自転車にしか乗れない技量で特殊車両に乗り込むようなものだったのだろう、あっさりと壊れてしまったのだ。
都の中では逃げ惑いながら人を殺し人を喰らう化物が暴れる。
西の都と呼ばれるこの都の先にある国に色々と悟られる前にシルナ王国を奪い取らねばならない。
タケルには確信があった、今はあのシスターこそが疫病そのものであると。
「計算を狂わせた犯人であることは間違いなさそうだな。」
シスターと戦っている者達が膝から崩れ落ちて行く姿を度々見かける。
「クオータービューくらいで見る事が出来れば楽なんだが…。」
観戦するために魔法を改良しているあたり、互角と言うのは手抜きのしすぎではないだろうか?。
病魔とでも呼ぶべきなのだろうか、元ザン・イグリット教シスターは魔人と化し元の人であった頃の、人の皮を被っていた頃の名を取って名付けて置くべきなのだろうか。
病魔シィホゥ、何れにせよ実験が終わり次第始末される程度の魔人でしかないが、せめてもの手向けとしてそう墓碑銘に刻んでやろうとタケルは思うのであった。
「せめてエールの一本でも持ってきておけばなぁ。」
そんなどうでもいい嘆きが真っ暗闇の街道に静かに消えていった。




