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放り出されたセカイの果てで  作者: 暇なる人
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第百五十三話 中枢の舞台装置

 両手をクロスして足から無事入水を果たした私達は、身体的ダメージを回復しつつ地底の入り江へと這い上がる。

 苦い敗北感があるのだが、目的地への到達を果たせた事だけは素直に嬉しい。

 種明かしと云うほどのものでは無いけれど、ここはこの島の老木が教えてくれた禍々しい場所だ、ここから成果と呼べる程度の何かを挽回したいところではある、ぐるりと先程とは別種の地獄絵図を目の当たりにしながら、私達は息を呑む。



 見回して最初に得た結論は、創造神とは細かい事を完全に把握するほどマメな性格をしていないと言う人間臭い性格を持った神であると云う答えであった。

 塞がっていたはずの世界間の亀裂が開いている、創造神が確認したときは塞がっていたのだろうが、その後に誰かが抉じ開けたところまでは把握していなかったのだろう、先程見た惨状のように異世界召喚が依然として続いている事がその証拠だ。

 そして今、私に与えられている(ささ)やかな情報程度では、地下沼地から更に地下であるこの場所まで貫く(そび)え立つ怪しげな装置をどうにか出来そうな手段が何一つ思い浮かばない、明らかに神からの知識や情報に制限が掛けられている。女神の力をもってしてもコレの名称はアンノウンとしか表示されない、その事実が私を苛立たせる。



 半透明な卵のようなものがズラリと並ぶ。

 ガシャガシャのカプセルみたいなものだと言えば判り易いかな。

 鈍色に輝く液体が砂時計の砂のようにサラサラと巨大な邪神像に降り注ぎ、その足元にある卵が犇めくプールに注がれる。

 見るからに怪しい施設と設備と卵だ。



 奴隷を売買している組織の者達と、この地下の施設を運用している組織は、遺跡の奥深くにあった祭祀場で繋がりを持っていた。

 朧気乍らではあるがあの祭祀場に繋がる筈の階段には見覚えと昇った覚えがある。

 この島への上陸はここから行われていたのだと粉々になった記憶から推測できた。

 ここにローブを目深に被って顔も見せない宗教団体の者達らしき存在が多数棲んでいた記憶がある。

 彼等がこの施設の管理と運用を行っていた事は間違いないだろう。



 異形の者が産まれる度に遺跡の収容所の檻に収容されていた。あの化け物達が鳴らす鎖の音に私は大層怯えていた、そして奴隷管理者に何時しか麻薬を吸わさせられる様になった。

 そこからの記憶は著しく曖昧だ。

 四六時中、麻薬の煙が漂う場で道具として遣われていた様な人間に意思をしっかり持って物事を正確に記憶させる事など到底不可能だ。

 更に奴隷紋で縛られ、抵抗する心を制御する魔術による支配下に置かれた只の奴隷に反骨心や強い意志など残ろう筈も無い。

 それでも残っている記憶は余程大事で危険なものなのだ。



 汚泥の沼の下には異世界召喚された者達から抽出した何らかの力を卵に流し込む施設が存在していた。

 卵の中身は人間だった、この場で宗教的儀式を執り行っていた宗教に身も心も捧げ尽くした者達の変わり果てた姿である。

 ザン・イグリット教教徒の中でも選りすぐりの有資格者達が邪神の孵卵器に仮死状態で浮かんでいる。

 殻の向こうの表情は無邪気この上無い寝顔だった事が、何故か無性に腹が立つ、胃がムカついて堪らない。

 ここで孵化した者達はこの八丈島…じゃなかった、パジョー島を我が物顔で練り歩き、空を舞い、狩猟生活を続けている異形の者達である。

 宗教家と狂信者の皆様の中に、彼等の信じる至高神が降りる事があるのだろうか?。

 稀にあるかもしれない、元々降りているのかもしれない。

 彼等が、もう少し柔軟に考え…いや、怠惰に、いい加減にしていればその悲願は達成されていただろう。

 異世界召喚した人間をこのエネルギーに満たされたプールに浮かべていれば、お望みの神を狙い撃ち等と言う細かな芸当は出来ないまでも、神の大量生産の夢は間違いなく成就できたはずだ。

 そしてその中にお目当ての神が何時か排出される事になるかもしれない。

 言ってしまえば神ガチャみたいな装置になりかねない代物だ。やはり破壊しなくてはならない。



 異世界召喚者達の用途が逆で本当に良かった。

 変質した神を何千柱も相手どって戦い続けるなど御免蒙りたい。

 卵を割り、孵卵器に浮かぶ卵の中の狂信者達を培養槽の外に引き摺り出して殺して回る、目覚める前に処分する。

 卵を培養槽から落として割り、ドロリとした養液と薄い膜に包まれた狂信者の心臓を突き刺して頭に神聖なる十字架を模した聖別された短剣を刺してゆく。

 施設そのものは結界が強くて破壊出来ない。ならば成果物として完成しそうなものを片っ端から処分しなくてはならない。

 その中でも特級に危険なものは"鈍色に輝く液体の様なもの"だ。邪神像を伝い落ちて来るそれが最終的に培養槽の漏斗部分に集まっているので、そこに空間の裂け目を創り、自身の内にある無限の収納に繋いで奪う事にする。

 これの正体は判っているのだが全くと言って良い程、釈然としない形状をしている。

 悪用されないように女神の力で横取りする仕掛けを施したと謂う訳だ、壊してしまえば簡単に片付くものなのだが壊せないのであれば奪うしかない。

 卵が浮かんでいたプールに死体を投げ集め、仕上げに濃硫酸をたっぷりとプールに満たして死体処理を行った。

 やらねばならない事は概ね遣り遂げたが、晴れる事の無い気分で気味の悪い装置を何度か振り返りつつ海へと戻る。



 何処までも続く海。その深い深い水底を半魚人たちと憂さでも晴らすように競いながら泳ぎ続ける。

 胸糞悪い記憶を時折反芻しながらも、それでもなんとか手に入れた友達の遺骸を胸に帰路に就く。


「人間の宗教とは、あそこまで愚劣なものなのでしょうか?。」


 素朴な神への祈りを捧げながら生きて来たであろう半魚人の勇者たち、その中でも早いうちに私との仲立ちを務めてきたモヴァーデンが何時もよりもトーンの低い声で何とは無しに呟いた。

 答えなど求めても仕方の無いものであったのだろう。


「命や魂を掠め取った挙句に、死んだ後の財産や保険金まで搾り尽くす宗教なら知っているわ。自らの教祖の死すら伏せて宗教活動を継続してのけるくらい朝飯前だったわ。」


 より酷い宗教の形が女神の言葉から読み取れる。目線を一切逸らさない真剣な女神の目から彼は悟る。

 貴方たちはそんなものに成っては駄目よ。…と。

 今、目の前にいるこの女神を信望し生きている自分自身を顧みれば、その教祖とやらの扱いも、その周囲の幹部たちの行いも、信者たちの在り様も全て己に還って来る未来図の破片だ。

 女神がそうなってはいけないと言うのであるならば、何としてでも回避したい未来だ。

 素朴な信者のままでありたいと切に願うのであれば、驕り昂る等以ての外、人間を卑下するよりも先に己を律するべきなのだ。


「あの装置は如何すれば破壊できるのでしょう…。」


 オポフェウセニーの言う事は尤もである。

 洒落にならない濃度の濃硫酸ですら、結界を用いた培養槽に傷一つ付けられなかった、あわよくば壊せないものかと期待半分で用いたが不発に終わってしまった。


「竹串…あの竹串があれば破壊出来たのかも。」


 事、ここに至って気付く。

 対処法は授けられていた、知らない内に確かな威力の対処法を。

 何度も半魚人の勇者を殺し続けて愚弄の限りを尽くしてくれた瘴気の剣士に刺さって大層溜飲を下げさせてくれたものだが、タツヤ・クラハシの意図が其処ではなく装置の破壊程度ならこれでいいだろうと送ってくれたとすると話が大きく変わって来る。

 否、あんな規模の結界を破壊できるはずが……、瘴気の剣士は、自らに纏った瘴気を剣にも纏わせて戦っていた。

 竹串はその剣の瘴気も剣も貫通した。

 剣も貫通した。

 竹串が…。


「い、今から引き返して瘴気の剣士から竹串を奪って結界を割りに行けそう?。」


 半魚人の勇者たちの背筋に電流が走る。

 行けるかと問われれば行くしかない。だが、次戦えば又何度も死ぬ、蘇る事が出来ると分かっていても死は恐ろしい。

 疲れ切った表情を見渡して女神キュリエは決断する。


「アナゴさんのところでしっかり休みましょう。」


 パジョー島から程近い女神の別荘で彼等は休む事となった。

 ここもまた死の記憶がある場所ではあるが、そんな余計な事を考えて居られるほど彼等に体力は残されて居なかったのである。





「よっ…と。」


 血生臭さと腐敗臭に思わず顔を顰める。

 作務衣姿に一筋の(やり)を携えた板前と、雪駄を履いた…これまた作務衣姿で大剣を一振り担ぎ腰に二振りの刀を佩いた偉丈夫が、仄暗い洞窟の中に降り立つ。


「お前を振った強者(つわもの)はどうやら逃げきれたようだな、一度顔を拝みたかったのだが。」


 軽く笑いながら左手剣を左手のガントレットに嵌め込み、周囲を見渡しながら茶々を入れて来る、アルディアス食堂の店長。

 そんな店長に微笑を返し、板前は槍を鞘から抜き放つ。


「美人と云うには二、三本、人生の年輪が足りないが、俺好みの変な趣味を持った女だ。」


 目の前の偏狭な幼馴染の曇りのない眼と、一切の虚構を交えない返答に一瞬たじろぐ。

 そんなお前のお眼鏡(・・・)に叶う女とはどういう(・・・・)者なのかと、益々興味が尽きない。

 暗闇の沼の方角から綺麗なのだか汚いのだか判然としない気配が遣って来る。


「ウチの看板娘の魔法の気配がするな。」


「だな、あの高さなら頭に刺さってると見て…間違いないか?。」


 魔法陣が構築されて天井方向に一発大きな照明魔法が打ち上げられる。

 命名で何度かモメた無属性魔法だ。


「パルッ〇!。」


「色々と怒られそうな名前は却下だ!。」


 その後も同業他社の商品名が羅列される事となるが最終的にそれそのものな名前に落ち着いた。


天に輝く白き照明(ケイコウトウ)。」


 全く持ってそのままな名前だが名前の通りにマジで明るくなる。

 黒い瘴気を纏いつつ打ち消され続けている竹串の刺さった剣士が若干フラ付きながらこちらへと歩いてくる。


「えぐいなー竹串が目玉に刺さってるぞ。」


「鰻の毒消しと聴いていたんだが、あんな威力だったのか、軽く引くわー。」


 鰻には血と表皮のヌルヌルに毒がある。その対策にアルディアス食堂の竹串と鉄串には浄化の魔法が施されている。

 食堂の看板娘の力作であり、食中毒を出さずに営業を続けるための秘策中の秘策だ。

 魔獣の肉を常時食している五等国民以下の客が殆どを締めているので、魔素や瘴気とは隣り合わせ、そこで板前発案で作り出した解毒の魔道具の誕生である。


「魔道具だからな、対象の難儀さに応じて効果が発揮される仕様だ。」


「くっ、仕様と言われると納得してしまう、俺も運営には大分と飼いならされたモンだ。」


 元の世界で大層嵌った基本無料のロールプレイングゲームを思い出す。

 えげつない程酷く杜撰な管理がウリのゲームで、不具合は仕様だと豪語した強者な運営であった。

 そんなどうでもいい事を思い出しながらアルディアス食堂の店長は、大剣を担いだまま無造作に瘴気の剣士との間合いを詰めていく。


「俺はあっちのムカつく装置の破壊を試みる。」


「ああ、惚れた女の頼みは断れんだろうからな、行ってこい。」


「もしダメそうなら店長に任せる。」


 刹那、物凄い速度で店長が突進し、襲い掛かってきた瘴気の剣士は、一撃で首から上が吹き飛び瘴気の沼地に水切り遊びの様に七度跳ねて沈んでいく。

 デュラハン状態になった瘴気の剣士と二度打ち合ったが、面倒くさそうに真っ二つに斬り伏せる。


「本番はこれからだろ。」


 沼地からゆっくりと瘴気の剣士が新たに生じて店長にその剣を振り下ろす。


「一騎打ちがお望みか?、そんな殊勝なヤツには見えないんだがな。」


 ふと板前の方を見遣れば瘴気の剣士が三人掛かりで襲い掛かっている真っ最中であった。


「あちゃー仕方ない、俺が結界割りに目的を変更するか。」


 アルディアス食堂が誇る板前とは逆方向に走り結界を狙って疾走する。

 計画通りに物事は厭らしい方向へと転がる。

 この状況で敵の繰り出せる総数を計ることは大切な布石だ。

 何体出せば制圧できるか等と考えているブレーンが存在するのであれば、手駒で遊んでいる隙に殺してしまえば勝負ありというやつだ。



 逆袈裟からの唐竹割で四等分にされた瘴気の剣士に竹串を切断パーツ毎に突き刺して行く。

 竹串の効果範囲と威力について把握する作業だが、パーツ毎にバラバラにしてから串を打てば再生能力が働かず浄化され尽くす事が判った。

 最初の剣士は頭だけになり再生能力を失って浄化されたと思われる。

 強敵ではあるが剣戟が効く相手であるなら恐れる必要などありはしない。

 大剣の特性は重さで対象を押し潰すと云うものだ。店長の大剣は無銘ではあるが看板娘の浄化魔法付きの大剣だ、腐り切った性根の座ってない輩など取るに足らないと言わざるを得ない。

 飛び掛かり、空中で一回前転をしながら振り下ろす大剣を止められる人間などそうはいない。

 タワーシールドすら折るか割るか出来る一撃だ、浄化の効果もあるので瘴気など只の水蒸気に等しい。

 出会い頭に脳天唐竹割りを喰らって真っ二つにされた身体を横薙ぎに切断され、浄化の竹串をプスプスと刺される。最後がシュールだ、竹串は悪霊退治にはシュールすぎる武器だと思う。


「店長だけ白木の杭をガッツリ担いで行くか?。」


「白木の杭は絶対に嵩張るよ、店長。」


 あの馬鹿でも見るような目線には耐えきれん。

 上限が四人くらいしか出せないのか、板前が三人の瘴気の剣士を引き付けている間、俺が相手にする瘴気の剣士の数は一人づつだった。

 これ幸いと結界への道を澱み無く突き進んで行く。

 我等がアルディアス食堂の板前の動きは竹串を山ほど刺して行く鬼畜プレイであった。

 殺さない程度の打撃に竹串を交えて何本も刺して行く。

 どんな強心臓だよと、俺は思う。

 例えば現代の人間同士の喧嘩で、相手に何本も竹串を刺し続ける奴が居たら、そんな奴、超危険人物だ。

 人に刃物を向けるだけでも言い知れない緊張感が産まれ、斬りつけて怪我を負わせでもすれば心から湧き上がる罪悪感は何とも言葉に言い表わせない。

 相手の斬撃の伸びまで読み切って脇の柔らかい部分から竹串を根元まで突き入れる。

 肺に達する一撃だ、呼吸する生き物であればあの状態で運動を続けるのは厳しい、得られる酸素量が半減するのだからその結果齎される影響は想像に難くない。

 今、板前の前に立つ瘴気の剣士は、非人道的な実験を受けるモルモットか何かのようだった。



 瘴気の剣士が出現する上限が四体であると仮定するならば、こちら側に瘴気の剣士が湧ける数は一体。

 絶対イレギュラーがあると心に決めて沼地から出て来る瘴気の剣士を出会い頭に二分割し、すり抜けざまに四等分にカットする。部位ごとに竹串を刺しながら、カットしたリンゴに爪楊枝を刺す気分を味わう。

 剣士としての力量など知った事かと斬り捨てられる姿に憐れさを感じて仕方が無いが、こちらにも都合がある。何も考えずに早いところ成仏して頂きたい。

 時折聴こえる日本語や英語や何処とも知れぬ言語が聞き取れるが、南無阿弥陀仏成仏せいよ、である。

 飛び込み脳天唐竹割りが逸れて肩口に入り、鎖骨を割り砕き肋骨をバリバリと破り、背骨に斜めに当たった辺りで斬撃が妨げられる。

 後ろに飛び退き瘴気の剣士をみれば、腹に拳銃を晒しに巻いたヤクザなオッサン召喚者であった。

 見ればじわじわと再生を開始しており、瘴気を掻き集めて復活を果たそうとしていた。

 腰の燭台切光忠しょくだいきりみつただが大層お怒りなので抜刀、理由はヤクザの持つ得物にあった。

 白木の拵えの日本刀を持ったヤクザと正対する。



 ダラリと半身が剥がれているままの姿勢で日本刀を抜き放って構えて突進してくる。

 短ドスを腰だめに構えて突進してくる姿勢其のままだ。

 下方からぬらりと燭台切光忠が走りヤクザの両腕が空高く舞い上がり泥沼に水音を立てて水没した。

 両腿を撫でるように斬り膝を付かせて背後から首を落とす。

 多少汚れたが憐れな日本刀を保護し燭台切光忠を紙で拭きあげて納刀する。ここで時代劇ならば紙を投げ捨てるのだろうがゴミはキチンと持ち帰る方なのでマジックバッグにしまう。

 瘴気を竹串で払って中和して鞘に納めてマジックバッグへと片付ける。

 次の剣士は割と強そうだった。ヤクザの死体に竹串を刺して雪駄で踏み、深く差し込んでから大剣を構える。拳銃は…マジックバッグ行きだな。



 人型との実戦を積む機会など早々無いだろう。人が斬れなければこの先生き残れない、護りたい者すら護れない。

 同じような大剣を持った瘴気の剣士がやって来る。


「上等!。」


 吹き飛ぶように激突し突進の威力に互いの大剣が軋む。

 対岸からは浄化の光に包まれた瘴気の剣士が三人木偶の様にその場で立ち尽くしながら瘴気を掻き集めては浄化を繰り返している。

 人型瘴気清浄機が完成したらしい、正直正視に耐えないわアレ。

 奥歯を噛みしめての二撃目で瘴気の剣士が浮く。


「米食え!米!。」


 自重が足りてない奴に大剣は荷が勝ちすぎる。鍛えていない筋肉から放たれる斬撃など幾らブーストしたとしても元になる筋量が少なければ同等レベルのブーストに撃ち負ける。

 恐竜の一撃と誰が名付けたか知らない前転斬りを叩き込む。

 助走から前転して大剣を叩き込むだけのお手軽な技だ、実際は結構な隙があるのだがそんなもん障壁魔法で身を護れるならばあとはゴリ押しで構わない。



 互いの大剣から悲鳴が漏れ聞こえ、瘴気の剣士は腕を切断されてもまだこちらに向かおうとしている。

 竹串を口から吹いて飛ばし、切断した腕に軽く突き刺す。

 仕上げとばかりに足で竹串を踏み込み竹串を抜けにくくする。

 浄化の力で沼地の瘴気とブクブクと鬩ぎ合っているのを横目に大剣の切っ先を瘴気の剣士に何度か突き込んで軽いフェンシングの真似事を披露する。

 大剣使いであっても何時でも両手で戦えるとは限らない。ここは一つ練習台になって貰おう。



 両手で槍を前に構えて疾走する板前の背を見送りながらそんな事を考えていた。





 障壁が幾重にも張り巡らされたその構造を一言で喩えるならば万華鏡(カレイドスコープ)だ。

 世界樹の槍で通路に至る場所まで割り砕いて進むしか無さそうな構造であり、事実そうやって暴力的に結界を割り乍ら突き進んでいる。

 踏み締めるべき足元が相当に頼りない。足を踏み外せば奈落の底まで真っ逆さまと言うやつだろう。


「くわばらくわばらだな。」


 上空から人が降って来る。趣味の悪い砂時計の様じゃないか。

 一生を一秒ごとに無駄にする浪費者の象徴のような装置だ。

 人の苦しみや煩悶が数秒で終わってしまう装置など、彼女には全く以って面白くも無いだろう。

 足元の円形の床が鈍色の光を纏って上昇していく。

 これはさながら舞台装置ではないかと思案する、本来は女神に成り果てた彼女に立ちはだかるべき敵が現れるのだろうか、それとも万華鏡の様にサラサラと相手に合わせた敵でも用意してくれるのだろうか、興味が尽きない。


 ドサリと鈍い音がして傷だらけの蝶の羽を持ったオッサンが足元に転がり落ちて来た。

 迷わずに全身十七か所に竹串をお見舞いする。

 舞台装置らしきものに槍を突きつけて根を揺らす。


「チェンジだ馬鹿者。」


 枯れた妖精の亡骸や遥か昔にその身体を失った亡霊たちが周囲に湧き出す。

 瘴気を纏っている者には容赦なく竹串を投げつけ浄化をお見舞いする。

 下らない作業をさせられている気分になりながら、舞台装置のようなこの装置の核になっているモノに何時しかこの島の今昔物語を聞かされる嵌めになった。

 だがそんな下らんものを聞かされたからと言って素直に拝聴などしない。

 休憩時間は一時間、ここにある妙なモンに割ける時間はあと五分もない。

 核にユグドラシルをざっくりと刺し、奪えるものは奪っておけと命じると、余程の不意打ちだったのだろう、装置の疑似人格が絶叫を上げてユグドラシルに抗おうとしている。


「板長!休憩時間は終わりだ帰るぞ!。」


 装置の明滅が緩やかになり所謂セーフモードにでもなったのだろうかと思える静けさに包まれる。

 核からユグドラシルを抜き肩に担いで帰路に就く。


「まだ破壊は完了していないが、取り敢えず黙らせる事には成功したようだ。」


 天井に開いていた異世界召喚の為の裂け目がうっすらとしたものになっている事を確認し転移門を開いてラボにある男子風呂更衣室へと帰還する。


「衛生面の事もあるしな。」


「瘴気を流石にお客様には浴びせられんわな。」


 脱衣所から浴場の境目にある樽型の装置に浄化水を流しながら、脱いだ衣服を投げ込み、その結果を見届ける事無くいそいそと風呂場へ駆けこむ。

 短い休憩時間を返上して一仕事終えた二人は、何故か丁度良い温度で湧いているお湯が湛えられた湯船で寛ぎ乍ら、寒気を感じていた。



 救難の報せを受けた形でのパジョー島への応急処置は無事済んだ訳だが、英気を養う為に眠っている半魚人の勇者と、海の女神様御一行は、そんな事知る由も無かった。



 棲み処の洞穴からアナゴさんがゆるゆると伸びて大型の鮫を美味そうに捕食している頃、パジョー島では異形の者たちとトリエール軍人たちの激しい戦闘が繰り広げられていた。

 職業軍人としての彼等は非常に優秀であったが飛行能力など持ち合わせてはいなかった。



 高所からの石や木を落としてくる攻撃は地味に辛い。余りにも高い場所から落とされる岩などは完全に兵器のそれである。

 投石機ほどには巨大な岩を放てずとも両手両足で一抱えもある岩を落とされ、それに直撃すれば無事では済まないであろう怪我を負う。打ち所が悪ければ死ぬ。



 闇魔法や光魔法で異形の者達の視力を奪ったり、遠距離攻撃魔法で撃ち落としたりのささやかな戦果はある。

 だがそれでは全然足りない、状況は好転せず悪戯に損耗を積み重ねるだけとなる。

 障壁魔法を大魔法陣を書く事で安定させるには安全地帯の確保が最優先だ。そして励起させて発動させるまでの間に絶対に妨害が入らない事が条件だった。

 損じればマナの大暴走で爆発ないし、魔力暴走が起こる。

 タケルのやった大魔石での広域破壊魔法が指向性を持たず勝手気ままに暴れて破壊の限りを尽くすような事態が高確率で起こるからだ。

 船舶ドックを確保出来れば広い敷地に障壁結界と屋根のある生活が保障される。

 タケル式教本に記されている対空兵器の製造も可能となるだろう。



 切迫した状況が続く。

 異形の化物達が飽きる事無く船を狙い続けている。

 タケル式障壁魔法が無ければとっくの昔に海の藻屑と化していただろう。

 座礁しながら上陸し、港湾施設を目指しながら奮闘を続ける仲間達から送られて来る応援のシグナルが有難い。

 果てしなく遠い陸地を目指して、進む事を諦めず異形の者たちとの戦闘を続ける。

 気絶から目覚めた魔法師たちがマナ枯渇で気絶した仲間を担いで運び出している、人を回すように兵士長に指示を出すと、即席のスリングで異形の者を何匹か撃ち落とす。

 タケル式の軍事教本に幾つか記されている兵器の中でも石を投げ飛ばす武器で素材の入手の容易さと製造が簡単な代物である。

 石に魔石でルーンを刻み、投げ付ければ魔法弾丸としても使える。だが異形の化物に学習されてしまえば拠点確保部隊が全滅の憂き目を見る事だろう。

 ならば今暫くは魔法や魔道具を出来るだけ用いずに通常兵器で普通に戦わなくてはならない。

 船が傾ぐ、海面が盛り上がり物凄く大きな何かが天高く伸びあがり異形の者達をツマミでも食べるようにパクリと咥えて嚥下する。

 無造作にパクリパクリと異形の者を食べている。

 大きな身体につぶらな瞳、長い身体にぬるぬるとした光沢

 鋭い牙が異形の者たちを捕食しバリバリと貪るとゆっくりと海底へと下がって行った。


「海竜だ、リヴァイアサンが出たぞ!!。」


 敵からの圧力がリヴァイアサンの出現により大幅に緩む。

 陸地に近付くという目的は果たされそうだが、海竜が動く事によって産み出された潮流に乗っての急加速が原因だ。

 海竜を恐れる事無く船を狙った異形の者たちは、低空飛行をした途端、パクリと食べられてしまう。


「俺達を餌にして異形の者を食っているのか?。」


 恐らくそれは正しい。

 女神の海底別荘の守護を務めているアナゴさんは、女神がどういう経緯でこの海に放り込まれたのかを知っていた。

 あの怨敵とも言える異形の者は見つからないが、その眷属であるなら相手にとって不足は無い、腹も減っているしな、とアナゴさんが言葉を話せるならばそう答えていたかもしれない。

 船を囮にしてパクパクと美味そうに異形の者達を捕食するリヴァイアサン。

 頼もしいながらも、何時その捕食の矛先が自分たちに向かうものか、船員たちは気も漫ろであった。


「倒れた魔導士を船室のベッドに放り込め!。」


 障壁魔法を必死に保持し続ける彼等から、出来得る限り犠牲者を出さないように取り計らい指示を出すとリヴァイアサンの泳ぐ姿を確認し浮上地点を予測して舵を切る。

 岩を抱えた異形の者達の進路を防ぐように魔法の矢を兵士たちが放ち始めるとヌウッとリヴァイアサンが口を大きく開いて伸び上がりガッツリと異形の者たちを食べて海中へと戻って行く。

 波濤を乗り越え船を巧みに操船して高波に舳先を向けてやり過ごす。

 悲鳴を上げる船体に防護魔法を重ね掛けして大波の暴虐に只管耐え続ける。

 傾いだ船体をリヴァイアサンが幾度か救ってくれる。獰猛で知られたリヴァイアサンが殊の外フレンドリーで皆がキツネに抓ままれた様な顔になる。

 いや、アナゴに齧られたような顔…なのかも知れなかった。


気になった部分と変換の修正。

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