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放り出されたセカイの果てで  作者: 暇なる人
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第百五十二話 召喚者の砂時計

 五人掛かりで突き、斬り結び、削り続けても、悍ましき瘴気を纏った剣士は、意に解さずとばかりに縦横無尽に勇者たちを攻め立てる。

 血みどろになって転がるオポフェウセニーの切断肢をドロイヌヌとモヴァーデンの二人が深手を負いながらも回収を果たす。



 その猛攻を凌ぎ、支え切れず倒れ伏し、また死地から蘇り、武器を手に取り瘴気の剣士に立ち向かう。

 火花散る戦いを魔法が彩るように飛び交うが、纏っている瘴気に阻まれて、果たしてその攻撃が通じているのかどうか、その気配すら窺い知る事が難しい。

 シンダラマッダが宙を舞い、アンキロススの死を乗り越えて、死から帰還を果たしたオポフェウセニーが渾身の一撃でもって瘴気の剣士を打ち据えて退かせる。

 退かせて獲得した空隙にドロイヌヌとモヴァーデンの救援の手が伸びる。

 文字通り死を踏み越えた撤退戦である。



 眼下に広がる粘性を帯びた泥沼が、汚濁を掻き集めたような色になるまでに、一体どれだけの憐れな召喚者達が沼の底に沈んだのだろうか?。

 時折吹き上がる腐敗ガスから漂う悪臭に顔を顰めるのはどうやっても堪えきれるものでは無い。

 死んでしまった者たちのその悲劇の先の末路など考える余裕は無い筈であるのに、そんな時に、こんな非常時に限って気になってしまうのは人の性であるのだろうか?、今このまま考えに耽ったとしても正答を得られるまでに必要な時間は残念ながら与えて貰えそうも無い。

 ほんの少し意識を傾けて考えただけだと云うのに、眼前に広がる折り重なった遺体と、沼で朽ちかけた遺体が転がるその光景を見る度に、気が滅入ってしまう事を、一人の人間としてどうにも押さえが効か無い。

 死者数と言う数だけは女神の力で正確に判るのだが、正直なところ知りたい訳でもないし直視したい現実と言うものでも無い、今は其処に割く思考すら惜しい程に目の前で猛威を揮う瘴気の剣士は強い。

 喩え人間を辞めて女神となっても心は人間のままで脆弱なままなのだと、今更ながらに思う。

 千切れたモヴァーデンの首を抱えて蘇生を行いながら、消耗の激しさをヒシヒシと感じざるを得ない。



 埒の開かないこの戦いが始まってもう何度目であるか判らないが、武器や防具に対して確かな強化を願い、奏上する。五人の半魚人の勇者達に手厚い加護と支援を続けているのだが、この状況、即ち六対一の人数差をして実力伯仲というのは、やはり如何考えても可笑しい。

 血肉を削り、時に死にながら不撓不屈の意思で戦う此方側に対し、瘴気の剣士は傷ついた場所に瘴気が渦巻くように集まり、巻き戻し映像の様に手傷と疲労が癒されてしまう。所謂"自動回復"というものであるかどうかは見ていれば解るのだが、それがスキル由来であるかどうかと問われれば正しくそうではないと否定できる。

 足元の泥沼から吹き上がる瘴気を吸い上げる事で回復しているのだから、スキル由来というよりも後から得た属性である事は一目瞭然だろう、ギフトとして与えられるモノにしては、どうにも死者をエネルギーに変換して力に変えるのは神が行うべき正しき行いとは言い難い。

 その在り様はどうみても負の力であり悪の力に類するものだろう、だが、力は力だ、燃費や効率を度外視して外部に貯蔵されているエネルギーを使い放題とあればその質の良し悪しは考慮するに値しない。

 そして、瘴気の剣士にとって、眼前にウロウロと現れ、殺しても殺しても蘇って戦う者達が相手であっても、”神格が備わっていない者達である”と謂うその一点だけで、今の状況は、この上なく有利な状況であると言えよう。



 "神格"が備わっていると謂うアドバンテージは、果てしなく大きい。

 目の前に立つ瘴気の剣士は、"墜ちた神のようなもの"と言って差し支えない、神格を持ったまま堕した者達など元の世界にも伝承や神話として遺っている。

 その内容は説明するまでも無くボス敵としての風格に満ちた者達ばかりだ。



 創造神から与えられた様々な知識により自分達が何故この世界に誘拐されるに至ったかの真相を知る事になり。このセカイが自身の外に求めたモノが何であるかを精確に知る事が出来た。だからと言って状況は一切好転しないが、それでも知らないままで居るよりは遥かにマシだと言える。



 この世界は神達に見放され、見捨てられ、一柱を囮にして逃げ出し、神達に置き去りにされたセカイだ。

 だから神になれる有資格者を求めて幼子がまるで親を求めるかのように手を伸ばし、異世界人を手探りで掴まえ、界を越えさせる為に無理矢理に神格を与えて攫っているのだ。

 それにしてもこのセカイの探知能力は優秀だ、育児放棄をして逃げ出した(おや)の行き先を探り当て、取っ捕まえる寸前までに至っている。

 異世界人にとっては堪ったものでは無いことだが、向こうの世界の神にとっては脅威と恐怖の足音の一つであろう、しかし神達は未だに気付いてはいなさそうではある。

 神になれる資格も無いものたちが神の器を与えられて無事でいられるのだろうか?と言う疑問には今のところ答えは無い。



 この瘴気に満ちた沼地に落ちた神候補の死体が何かの拍子に蘇生して、墜ちた神候補者となり、その神格を有したまま瘴気を力に変えて、私達を襲っている。

 それに説明を付け加えれると、この瘴気の剣士の正体は剣の技能や、神の祝福と剣を与えられた、私達と同じ日本人だ。

 先程からずっと、瘴気の剣士はカタコトでの日本語しか喋っていない。故に嫌でも出自が判る。

 漆黒に染まった肌と伸びた牙に赤く輝く目、異形の姿に変質していても元となった人種への手掛かりは殆ど隠されてはいない。

 憐れではあるが所詮は他人、喩え同郷出身者であっても敵対するならば遠慮など必要ないだろう。



 信仰と祈りが無ければ、神は神足りえないし存在を維持する事も難しい、だがここにある神は肉体を持つ新たな神と言っても差し支えない。

 肉体が滅びた後に、人々に忘れ去られた神は、この世に何の力も及ぼす事が出来ないまま消えて行くと創造神が教えてくれた。

 信仰と祈りさえあれば、怪しく汚らしく穢れた者でも神としての格が備わるし存在を維持し続ける事が出来るという事だ。

 単一信教の宗教家が聞いたら卒倒しそうなシステムである。

 ここにある神とは私の事であり、信仰と祈りを捧げてくれるのはこの五人と彼等の村に住む村人たちである。



 空から落ちて来る者達の中にも、その下で倒れ伏した者達の中にも、幾らか肌の色や顔形の違う人種の者達の遺体が混ざっている。彼等が等しくこの沼地まで滑り落ちれば瘴気を帯びた神になってしまうのだろうか?。それとも、その変質そのものが目的なのだろうか?。

 人の形を保ち得ず、異形が必ず身体の何処かに現われている事が答えだと言われている様な気がしてならない。



 愚問ね、寂しさと恐怖で半狂乱になってしまったセカイの慟哭に好き勝手に指向性を与えて、平穏無事に行われていたであろう異世界召喚を妨害し、捻じ曲げ、その上で召喚した者達を殺して溶かし、異形の者に造り替える気狂いに、その目的や、そこから得られる成果などを尋ねたとしても、それに意味はあっても正統性は絶対に無いわ。

 自分の心の中で呟いた独り言を、左右に(かぶり)を振って吹き飛ばす。

 こんな醜悪なモノに縋ってでも生きるしかないとか下手な言い訳を述べられたりしたら、私は持てる権能の全てを行使して世界の崩壊やら滅亡やらを思う様に加速させ、綺麗サッパリ全てを終わりにしてしまう事だろう。

 全部一人に罪を被せて救われた世界の末路の中では遥かにマシな結末でしょう、少なくとも未練がましくは無い筈だと私は思う。

 決戦の覚悟を決めたとばかりにドロイヌヌとオポフェウセニーの蘇生を実行する。

 一連の撤退戦で彼等五人の身体的構造は、私自身の肉体と同等レベルで把握した。この先どのような死に方をしたとしても元に戻せる。私の持つ女神の力の中でも治癒の権能は飛び抜けて破格の力であった。



 他の世界がどんなシステムで構築されているのか?などの一寸した知識はある、だがその全てを知る訳ではない、小耳にはさんだ程度の他との差異を理解するための知識だ。

 その知識から導き出された答えとして、少なくとも、この世界の女神と男神は、其々(それぞれ)の同性に対して幾つかの特効が備わっている。

 魅了などのカテゴライズは対異性のものが殆どだが、斬り結ぶ戦闘となると、戦女神サテラ以外の女神は殆ど戦力にならない。

 男神としての神格を持った危険な者には男神が当たる事がベストである。

 搦め手が使える余地がある比較的穏やかな状況であるのならば、女神であってもそれなりの働きが出来、かなり遣り良いものが多いのだが、残念な事に現在の戦況は、野蛮な武器を持っての殺し合いであり、純粋な戦力に対するには、純粋な戦力をこれに当てるべし、と云う原則に反する行いにあたる。

 この世界では、卑怯、卑劣、姑息な勝利で得られるポイントに加点は付かないと言うゲームみたいな縛りがある。

 世界の維持と成長と管理に必要な神の側のポイントに直結する要素と、ざっくばらんに理解していい。



 そんな甘い考えを維持しながら勝利しなくてはならない、とか何処の帝国軍よ…と愚痴りたくなるハードなルールに溜息が出る。

 ん?その帝国軍はどうなったかって?、理想に殉じて負けたわよ、当然じゃない。

 紳士的であり、喩え戦場であっても規律と規則を守って民間人に危害を加えてはならない。

 こういうお題目を創り上げた者達はそれを守らずに戦った。

 お題目を律儀に信じ、理想を守り通した者達は敗北した。

 加点の基準を考えた奴は理想を守れないタイプだろう、出会えたならその場でビンタしてやりたいわ。



 相手が汚泥に塗れている外道であるならば聖剣の保持者(ホルダー)か、神格を持つ男神の何れかで無ければ対抗できない。

 欲を言わせて貰えるなら両方を兼ね備えた者が最高に適任であるだろう。

 そうであるならば女神キュリエには、適任者に一人だけ心当たりがあった。

 その人物の持つ武器は聖槍と呼ばれる類の中では一級品、いや特級品である。世界樹の一部が息づいたまま武器の素材となり、人間を使い手として認めている。ハッキリ言って異常事態である。

 ただし、本人の技量が如何程なモノか?と言う肝心な部分を彼女は全く知ら無いのだが、この際たった二本しかこの世界に存在しない聖なる武器の所有者である片方と顔見知りである事は心強い。

 この知り合いであるというアドバンテージを生かさない等と云う選択肢は無い様に思えた。

 手早く三名の蘇生と強化を終えて召喚術式を構築する。

 試しに…とばかりに、”タツヤ・クラハシ”の召喚を試みる。

 駄目で元々、出来たら儲けものというやつである。


「生憎と仕事中だ、これをやるから諦めろ。」


 本人でもなく、聖なる槍でもなく、焼きたて熱々の鰻串が一本手元に召喚された。

 この絶望的状況に、非常に美味そうな香りを放つ一本の鰻串が届けられた。

 唖然とする、女神と化して日が浅いとは言え神の力を撥ね退けられた上に召喚術式を物品召喚に強引に書き換えられて断られたのだ。

 理由が仕事中であるというあたりで、バイト中に掛かってきた友人からの電話をとっとと切るレベルの扱いである。手土産が貰えるだけマシな対応であるのだがやってのけた内容が常軌を逸している。

 そして渡された手土産は手土産で普通の水準のものでは無かった。

 非常時の戦いの場であっても、強烈に漂う甘美な匂い、甘辛いタレが焦げる匂いに鰻の脂が炭火で焦げて燻された匂いが交じり合うこの暴力的な蒲焼串が放つボディブローに我慢できるほど私の精神は老成していなかった。


「美味しい…。」


 必至に戦い凌ぐ半魚人の勇者たちの後ろで、二年ぶりに真っ当(・・・)な味の付いた食事を摂った私は、大げさなオーバーリアクションで美味さを表現したくなる魂の震えを堪えて手元の竹串を見つめる。

 一口目に懐かしさと思い出とタレが運んで来る様々なタレで造られた食品が想起させられる。

 二口目には鰻で口中が支配される喜びに唾液が止まらない感覚を刻み込まれる。

 三口目には最後の一切れを噛みしめる余韻も虚しく、歯も舌も急いで鰻を食し終え、もっと食わせろと私を苛む。


「全っ然っ!!、足りないわ!。」


 怒りに任せて投擲した竹串が瘴気の剣士の左目に突き刺さる。

 その予想外の威力を目にした私と半魚人の勇者達全員が唖然とする。瘴気の防壁を音高く撃ち散らして易々と貫通し、飛来する竹串から顔を庇うために翳された剣をも貫通(・・)して瘴気の剣士の眼球に突き刺さったのである。



 先程までこの場を支配していた重苦しい空気と拮抗していた状況が霧散する。

 前半分の視界を失い遠近感が狂ってしまった瘴気の剣士は、眼球から飛び出た竹串を摘まもうとして右手の指が弾け飛ぶ様を見て絶叫する。



 想定外の大ダメージに瘴気の剣士の前へと進む足も、その戦闘行動の一切が止まる。

 清浄な気配がうっすらと漂う、この汚泥の沼の只中に春の陽気のような穏やかな空気が広がる気配がする。

 なんとか刺さった竹串を抜き去ろうと努力している姿が窺える。

 私の見立てではあるが、暫くあの竹串は抜ける事はないだろう。

 何故に不確かな物言いになるのかと言うと、あの竹串には、この世界の魔法術式で編まれて居ないタイプの封印術式が発動しているからだ、この戦いが確実に有利になると確信してその再現を試みたが失敗した。

 女神の力をもってしても再現不可能な術式である。

 いや、正しくは封印等と言う術式では無いだろう、あれは所謂”浄化”の魔法だ、不浄なる者を浄化する清らかなる魔法だ。春の風に似たパフュームを振り撒く清浄なる力が瘴気の剣士から優しく瘴気を剥していく。



 瘴気の剣士からの圧力が緩み、隊形を維持して戦える時間が長く続いた。

 絶叫を上げて沼地で漂う死体から溢れる力を吸い上げて再び瘴気を纏い剣士は襲って来る。

 来るのだが、目に刺さった竹串が、瘴気の剣士を浄化しているらしく、二、三合斬り結ぶ度に瘴気の補充を行って治療し、また襲い掛かって来ると云う、かなり間の抜けた戦いに状況は変化していた。



 その様に精彩を欠いた締まりの無い戦い方で半魚人の勇者達五人の防衛陣形が破れる筈も無く、遂に壁際にあった外へと続く壁の崩壊跡にまで撤退を成し遂げた。

 辿り着いた壁面の崩壊跡の先…いや、裂け目の真下は海であった。

 身も竦む高さ、ビルに換算して五階建て程度の高さはあるだろうか?



 海への高飛び込みの経験は一度しかない。

 異形の化け物にドンと蹴り飛ばされて空から海にドボンしたアレよ。

 酷い思い出と言う他ないわ。





 不意に目の端に映ったモノを見て戸惑う。


「No!WoooAAA.」


 急に足場を失って落ちて来る召喚者が亜空間の裂け目から落ちて来る。

 醜悪な異世界召喚による黒い魔術的儀式。

 肉体は沼で貯蔵され、魂は何者かに掻き集められている。

 召喚者は神からか、悪魔からか、判然としない何者かに授けられた”贈り物(ギフト) ”が与えられている……と思われる。詳しい事など判らない、サンプルは私一人だ。



 少なくとも奴隷として売られた私達に目立った能力は発現していなかったと思われる。



 死体と魂を純粋な力として集めて纏めて何かを造ろうとしている、ここはそういう目的を元に作られたモノだ。

 生きたままセカイを渡る事は出来ないし奇跡であると創造神は言っていたがアレは嘘だったのだろうか?。否、それは正しい話だ、後付けで強引に神格を与えられてセカイを渡っている、例外の鍵は神格だ。

 素材が全て神格を帯びた死体なんて黒魔術としてはどれ程の価値があるものなのだろうか?。


「アレを破壊せずに逃げるなんて…。」


 私が歯ぎしりを堪えて見つめる"召喚者の砂時計"は、今もまた新たな異世界召喚者を高所から死体の山に叩きつけている。

 オポちゃんが時間的な限界を感じたらしく私を担ぎ上げて走り、それに合わせて残り四人の勇者達も海へのダイブを敢行する。

 この撤退戦、完全に私達の敗北であった。

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