第百五十一話 魔性の地底沼
地下に下りるための道へは、もう一つの山へ歩いて向かう必要がある。
所々燃えている森を俯瞰して見ると山から吹き下ろす風のお陰で炎や煙が障害になることは無さそうであった。
楽観的な目算でも”急がない”などと言う選択肢はない。森林火災の規模が大きくなれば上昇気流が生まれて何が起こるかなど知れたものでは無い。
オポフェウセニーを先頭に、ドロイヌヌ、女神キュリエと続き、アンキロススが左、シンダラマッダが右、殿をモヴァーデンが務める。
長い階段を一定のペースを保って降り、ゆっくりと確かなペースで安定感をもって駆け足を続ける。
緩い坂道に到達したあたりで枯れ井戸を見つけ、樹木の少ない場所を進めば小川に沿った獣道を草をかき分けながら進む。
嘗てラゼル少年が生きる為に選び、駆けた道を彼等は走る。山肌に隠された遺跡の中の秘密の入口へと山に分け入り登り出す。
絶海の孤島トゥレラロウと呼ばれていたこの地を今は、誰も覚えていない。
遺跡らしき横穴は魔法で吹き飛ばされ、そして塞がれたのであろう、地滑りを発生させて埋めた様で巧妙に隠されていた。そして長い年月をかけて草木が生え、全く遺跡の姿は見えない。
創造神から与えられた知識が無ければこんなところに埋もれた遺跡の事など永遠に知る事など在り得ない。
土魔法と剣先スコップ三本、オポフェウセニーとドロイヌヌと女神キュリエがスコップで残り三人の勇者が土魔法での作業を行う。
女神以外の五人は焦る、率先して穴を掘る女神に呆然としつつも、出来る事ならば我等に任せて見るだけに止めてはくれないかと切に思う。しかし、それを言ってしまえばお怒りを買うのは必定である事は全員知り過ぎるほどに知っていた。
ならば、一頻り疲れるまでは働いて頂き、ここぞと云う時が到来した暁には土魔法が使える我等が死力を尽くすまで、と心に決めて作業しやすい様に地面を平滑に均していく。
女神一行による土木工事は、軽く三時間程掛かったが順調そのものであった、そして今、女神は昼食を召し上がっている時刻である。
女神の従者となり魔力量の底上げが為され、純粋な労働力としては重機のそれに匹敵する勇者三名。
ドロイヌヌとオポフェウセニーが女神様の食事や身の回りの世話に入ったこの瞬間が安全性度外視での作業が叶う貴重な時間である。
周辺の安全性を考慮しない大規模土砂崩しにより、ほぼ二撃で遺跡を発掘し、あとは女神様が出入りし易い様に徹底的に手を加える作業に移行する。
狭い、汚い、暗い。
予想通りの内部構造を土魔法で削り、火魔法で通路を照らせるように岩壁に穴をあけて魔石を投げ込んでおく。
女神が知る知識の通りの遺跡であるが、瘴気濃度が尋常ではないので怪我をする前に引き返す。
創造神により瘴気に強くして貰った身体でも限度と云うものがある。
工事現場然とした広場に集合し、半魚人たちは海水でシャワーを帯びる栄誉を賜り、汗を流して武装を整える。
女神キュリエはクズ魔石を塊に替え、青白く輝く石を作り出し全員に首飾りとして手ずから掛けて下さった。
「浄化の石よ、この先の瘴気の濃度がヤバいって聞いたからね、製法は創造神様から教わったものだから確かなものよ、だから安心して使ってね。」
否やは無い、喩え路傍の石コロであろうと其れを女神の手ずからに渡されたものであるならば、彼らには寵愛と同等の価値がある。
事実彼ら五人には海の女神の寵愛が与えられていた、鑑定スキルを持つ者がメンバーに居ないので彼等全員そのことを知らない。
遺跡の瘴気を地下への通路に向かって女神が軽く押し込むと、山の向こう側から強い風が噴出すような音がする。
つまり反対側にも出入口となるような穴があると推察される。
「おいで、暴虐爆嵐。」
瘴気を暴力で押し込んで吹き払う。
手加減抜きなのか手加減してこれなのかは判別が付かないが自信満々で歩き出す女神からオポフェウセニーが先頭を奪って遺跡に入り込む、後を追ってドロイヌヌ、そして女神キュリエ、モヴァーデン、シンダラマッダ、そして後方を警戒するアンキロススが最後に土魔法で穴を塞ぐ。これは何者かがやってきた時に警報としての役割も果たすので今後も何枚か設置する必要がある。
過保護とは言わないまでも彼等の統率の取れた動きは日ごとに洗練され磨かれているように感じる。
特に隊列や隊形には拘りが見られ、幾らかの考察をしてその答えに彼女は行き当たった。
それは『魚群』である。小魚の多くが自分達を大魚に見せる工夫を凝らしたり、生きるための努力を怠らない。これは彼等の本能に根ざした行動なのだとダイビングをした記憶を紐解けば理解は得心へと変わる。
彼等が仲間と認めてくれている事は素直に嬉しい、大人しく従いながら薄暗い下り坂を進む。
真っ暗闇を必至に下る少年の残影が時折視える。
なんだろう、少年はどうして流れる涙を拭いもせずにこんなところを歩いているのだろう。
真っ暗闇。
微かに水の流れる音が聞こえる。地下水脈が細い水路を作り流れる音だろうか?
時折、質量のある何かが高いところから落ちて来る音がする。
至る所から呻き声が聴こえ、高いところから落ちた何かが転がる音が聴こえる。
ドチャッ。
「あぐぁっ、おごっ。」
ボトリ…ボトリと何かが墜落する音が聴こえる。
嫌な予感しかしない、嫌なものしか見えない予感しか其処にはない。出来る事なら何も確認せずに全て吹き飛ばして無かった事にした方がいい。
「地上の太陽。」
問答無用で昼間の明るさを打ち上げる。
洞窟の高すぎる天井には空間の裂け目があり、学生服を着た少女が一人落ちて来た。
絶命した死体の上に頭から落ちて死体の坂を転げ落ちて痙攣している。
また一人学生服を着た少年が錐揉み状態で死体の山に落ちて捩じれた姿勢のままダラリと力無く滑り落ちて来る。
魔法による力で助けようと試みた。試みている、何度もこの結界を叩き割ろうと死力を尽くしている。
それでも目の前の惨劇を止められない。
こんなに雑な異世界召喚があるか!、高いところから落ちれば人は死ぬんだ!。
「ばかぁ!。」
結界も遺跡も壊れる気配すらない。座った姿勢で寝たまま落ちてくる子達が多い。
怒りに染まりそうな心を無理矢理押さえながら状況把握に意識を割く。
学校から召喚されたとしてあんなに寝たままの子ばかりのクラスなんてあるのだろうか。
転送前に寝かされたのだろうか…都合が良すぎる、では、何故?。
また一人、リクライニングシートで眠っていたような少女が降って来る、起きた、目が合った───。
死体に当たってバウンドし、死体の坂道を転げ落ちて、彼女は絶命した。
空だ、旅客機だ。
修学旅行に行く前か?行った後か?…行った後ならいいな、思い出があるから。
良くない!。
良くない良くない良くないっっっ!!!。
結界に穴を開けてやる、行って裂け目の下に墜落者を受け止められるマットでもなんでも構築してやる!。
だから開いてよ!!ばかぁぁぁぁ!!。
高い場所で移動している者の速度を殺さずに召喚しているから、あんな無様な召喚になるんだ高度何メートルを飛行中なんだろう、相殺するために必要な力はどれだけ要るんだろう。
私達の帰りは鈍行列車だった…だから運良く横向きに出来た裂け目から飛ばされて、皆、骨折や全身打撲程度で済んだのだ。
そんな事のタネ明かしなんていらないわよ!。
何か打開策が欲しい、とびっきりの打開策を私は欲している。
このままじゃ駄目だ、でも駄目だとわかっていても見過ごせない、見捨てられない。
「女神様!!危ない!!!。」
ドロイヌヌが私の前に立ちはだかり、目の前で剣を揮う瘴気の塊に肉迫する。
私の身体を羽交い絞めにして強引に退避させようとモヴァーデンが引き摺って行く、その空いた空隙にシンダラマッダが割り込み、アンキロススがドロイヌヌへの加勢の為に前に出る。
「ジャマダ。」
剛腕一閃、片腕で揮われた等と到底思えない斬撃でドロイヌヌが吹き飛ばされ、逆袈裟斬りに胴体と下半身が泣き別れの憂き目にあう。
「オポちゃん!ヌヌの下半身を持ってここまで来なさい!。」
固まってなんて居られない、怯えてなんて居られない。
シンダラマッダは三叉戟を突き出して瘴気の剣士を音高く撃ち退ける。
時折切り結ばんと踏み込んでくるその太腿を突いて捩じって突いて押し戻す。
「ムグゥ…オノレ。」
瘴気を纏っているが生身である事を確認出来たのは僥倖であった。
聖なる闘気を練り上げてアンキロススもシンダラマッダに加勢する。
「女神様!。」
「ヌヌ!私は貴方が死ぬ事を許可しない!!。」
膨大なマナがドロイヌヌを包み、その怪我を癒し、死の淵からの生還を強引に確約させる。
完全な死からの帰還にドロイヌヌは呆然としつつも女神に怪我が無い事を確認してホッと一息つく。
バチーン。
一発物凄いフォロスルーからの気合の入ったビンタがドロイヌヌに炸裂する。
「勝手に死ぬなばかぁぁぁ。」
女神を泣かせてしまった。ドロイヌヌ人生最大の失態である。
彼の日記は箇条書きが多かったのだが、この日の日記は彼にしては恐ろしく長い大書であった。
内容を一言で言い表せば反省文である、五ページに渡って己の一挙手一投足に反省を書き記した何ともほろ苦いものであった。
すっくと立ち上がり女神は指示を出す。
「退路を確保!アイツ神格が降りてるから男神じゃないと絶対勝てない、一人も死なずに帰るのは義務よ!、覚悟が出来たら返事!!。」
命懸けの撤退戦が始まった。
句読点、苦手です。




