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放り出されたセカイの果てで  作者: 暇なる人
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第百五十話 神域への階

 山頂。

 階段を昇り切った彼等が見下ろす世界は、羽虫の様な異形が千匹以上飛び回り一艘の船と座礁した船を襲うどうしようもない戦場と、美しい景色が混在した生と死のカクテルの様な世界だった。

 透明度の高い何処までも蒼く果てしなく広がる海と、怒りに任せて吹き飛ばした暗雲が消え失せて、スッキリと澄み切った空があった。

 深い森と港と遺跡、人間が切り拓いて手入れした場所とそうでない場所の違いは、高さと森の形状で幾らか判別が効く。

 昔広場があったのだろうな、と窺える周りよりも低い樹が、道であった場所に生えている。

 少なくとも遥か昔は百人程度の村落があった事が解る。


「あー、ハッキリと昔の町並みが見えちゃった。大樹の記憶かな。」


 自分が寄りかかって休んでいる大きな樹の記憶だろう、山頂であるこの場所にも建物があった記憶がしっかりと転写されている。


「あの異形の生物が溢れかえった原因は…ここじゃなくて下かぁ。」


 この島の底の方に眠る地下洞窟に汚泥の沼があるようだ、そこが破界ルッツェゴードスに繋がって扉が生まれてしまっているようだ。

 地下への入り口の前にあった頑丈な檻と、私達"雌"が閉じ込められていた檻などの位置関係も思い出せた。

 贄にされる男たちの捌け口として使われていたのだとその用途も思い出す。

 つまりあの異形の者達は人間であるという答えが出たというだけの話だ。


「私達が弄られた訳じゃないのかぁ。」


 ぼんやりと空を飛ぶ羽虫を一匹ずつ暇潰しに人間に戻していく。

 重力に逆らえずに海に落ちて死ぬ。あの高さから落ちれば水面の硬度はコンクリート並みの硬さだ、助かるまい。

 十数人ほど戯れに解放したあたりで飽きた。

 人に戻れたとしても彼等の罪に償いの余地など無い。



 彼等が行っていた儀式の正体は原始的な神の召喚であった。

 神が見捨てたこの世界の住人達の、ほんの少しだけ真実に触れてしまった一部の人間たちが、本能の命ずるままに神の降臨を求めた、まるでこのセカイのように。



 私達が何故このセカイに呼び出されたのか、呼び出された理由に苛立ちが募る。

 今ここにある命で成し遂げられない事ではない、責任転嫁の極みとしか言い様が無い。



 無様だ。



 疲れも取れたので焼けた建造物の残骸の更に風化した残骸が散見される草むらの中を歩く、目的のものはそこに聳え立つように浮いている。

 見た目からして嫌なものだ、種も仕掛けも無い構造物然としたものであるのに浮いている(・・・・・)のだ、思いっきり破壊してやりたいが創造神の遺したモノには基本的に誰も干渉が出来ないようになっている。

 扉に届くように階段を造る必要があるので工事現場でお馴染みの足場を組み立てて階段を造る。

 呼び出すのは私、組み立てるのは二人の勇者だ。


「漸く昇り始めたところです、女神様。」


 ヌヌが私に残り三名の"今"を報告してくれる。

 無事に成し遂げるとは関心な…上機嫌になった私を見て安堵する。ヌヌは実直過ぎるきらいがあるものの悪い性格ではない。



 羽虫を人間に戻して落下させながら暇を潰す。

 軍人さん達も大変だね、古代魔人の相手なんて真面な戦い方で勝てる訳ないよ、この世界の女神に反転されて聖剣一本すら残ってないのに…あれ?二本だけ聖剣…槍が二本かな。

 まぁいいや。



 人間に戻せないタイプの、元々人の皮を被っていた魔人は弄れない。

 見るからに意思があり動きが良いので直ぐに解る、地上からの魔法攻撃と弓矢による射撃もアイツには効かない。アレ腹立つなー。


「オポちゃん空飛びたい?。」


「女神様が飛ぶならばお供するために飛べるようにして下さいませ。」


 なんというかオポフェウセニーは忠義もの、皆そうなんだけどね。

 この五人からの信仰で私は女神になってしまっている、格が与えられて器が呼応したみたいな…。

 人間の信仰なんて要らないんだけど微かに信仰している者達もいる。

 漠然とした海の神様へのお願いみたいなものね、生贄は要らないけど貰えるものは貰っておきましょう、アナゴさんが食べてくれるでしょ。



 安定したペースで昇り切った三人に海水のサービスをする。

 半魚人だからね、真水より海水がいいのよ。

 全員の身支度が整ってから扉の前に立つ。


「何が起こるか解らないし、死んでしまうかもしれない、それでもついてくる?。」


 シンダラマッダが深々と一礼する。


「女神さまだけを死なせてしまうくらいならばお供致します。」


 四人が無言で頷く。

 愚問であるらしい。

 私も武器を持とう、無骨な金属の武器を。


「行くわよ。」





 白い世界に飛び込んだ。

 忘れもしない、忘れてたまるか、転移したときに訪れた場所だ。

 白い人影が見える、あれはこの世界を見捨てた神の残滓だ、人々の願いと足元に縋る魂を足蹴にした神の残影だ。

 実体を持たない神に如何程の価値があるのかと問われても、生憎と割銭一つくれてやる気等起きない。



 私たちは見た、実体を持った何かを、即時に上を見上げる、途方も無い大きさのその何かを。

 視界を埋めつくすこれが、足の親指だと気付くも、気付いたところでどうにもならない。



 山よりも大きい人間。



 ゆっくりと遥上空へと部屋ごと持ち上げられる。

 広く大きなテーブルと思しき、島よりも大きいテーブルに私たちは部屋ごと運ばれた。


「普通に喋ってしまえば君達が壊れてしまうから君達のサイズのスピーカー越しでの会話を許して欲しい。」


「はい。」


 気圧(けお)される、どう足掻いてもこのサイズは覆し様が無い。


「ここに辿り着いたと言う事は何か願いがあっての事だろう?、そうでなければ繋がらないのだからね。」


 直訴のシステム、強い願いを叶えるための救済措置。

 頭の中に存在しない知識が流れ込んで私を押し流す。


「私達の仲間を全て生き返らせて欲しい。」


 出来る訳が無い願いを吠える、そんな事ができるのは神を越えた何かだ。常識の果てから何かを逸脱した存在だ。


「管理放棄された世界の人…ではないね、イレギュラーか…では少し記憶を読ませて貰うよ。」


 純粋な驚きが伝わる、箱の中は無風で安全であることは理解できる、アレだけの巨大な人間から見て小指の爪の先のようなサイズの人間の前で、ダイナミックに動き回れば私たちに待つものは死だけである。


「元の世界に戻す事は出来ない、君達が居なくなった歪は、もう既に補填されている。」


「補填?。」


「君たちは行方不明にもなっていないし、誰も死んでいない。少なくとも元の世界の裂け目は綺麗に塞がっているよ、何事も無かったように。」


 酷い話だった、私達を強引に毟り取ったモノを追及するでもなく、このセカイを見捨てた神たちはバックアップを取ったものを並べて、何事も無かったように証拠隠滅を計ったのだ。


「生き返らせても良いのだが、魂が散逸していて無垢な大人が量産される事になる事に対策は出来ているかな?。」


 さらりと生き返らせる事が出来る事にも驚いたが、魂ってガチで存在する概念だったのかと、そちらの方に驚きを禁じ得ない。


「失ったものを取り返すのは難しい、ましてや最後に残った闇の女神が魂の流れをややこしく改変しているとなると、出来る手段は限られて来るね。」


「私にあのどうしようもない神々に見捨てられたセカイが、どうなっているのかを教えてくれませんか?。」


 どうにもならないのかも知れない、だが、戻った所でもう一人の私が私の場所を既に占めている。

 帰れたよ、ただいま!!、での大団円が夢の彼方に消え失せた事のショックから立ち直れそうも無い。


「良いだろう、ではそこの五人も願い事を考えると良い、ここに辿り着いたものにはそれぞれ願いを叶える資格がある。」


 創造神は本当に何でも出来た。

 そして私達は奇跡を目撃した…だからと言って現状は一つとして好転しない。


「創造出来ても結局世界と云うものは、其処に生きる者達が成した結果で揺れ動く。摂理を曲げても理想を押し付けても必ずしも上手く行くわけではないんだ。君が女神として生きるのも、人として生きるのも及ぼせる影響力が通りやすいか否かだけの違いしかない。どちらを選んでも意志力の無い者に道は拓けない。」


 島に戻った私達は、所々燃えている島を見て暫し呆然とする事になる。


「地下にいくわよ、こうなったら全部引っ繰り返してやらなきゃ気が済まないわ。」



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