第十五話 援軍
最後の肉壁隊は弓箭兵と一体化しており、引き剝がすのは難しい状況となっていた。
おまけと言っては失礼ではあるだろうが督戦隊を囲んで密集体形である。
「指揮官代理、如何致しますか?。」
遠眼鏡を兵士に返却して後方に向けて伝令弾を発射する。
「援軍待ちを決め込んでるんだ、退路を断ってやろうじゃないか。」
ノットのような良い笑顔で兵士に笑いかけると敬礼を返される。
走り足りないとばかりに鼻息の荒い黒馬に辟易としながら、宜しく頼むと一礼する。
「乗れ」とばかりに馬体を寄せて来たので一気に飛び乗る。五回に一度しか成功しない格好いい乗り方である。
「ほぅ、良く出来たな」とばかりに笑われる。嫌な馬だ。
黒馬に残った矢傷や刀創を癒していると替えの槍と剣を背負った兵士が話しかけてきた。
「何やら面妖な治癒魔法ですな。」
壊死した肉を削ぎ落とし、肉を増やす魔法を施し、傷口を縫合して治癒魔法で塞ぎ、整形魔法で完全に傷跡を消す。
何の事は無い、自然治癒力の強化と現代医学を魔法化しただけである。
「大魔法染みたものを作ろうとして失敗したなれの果てだよ、恥ずかしい魔法さ。」
馬が傷だらけだと弁償しなくてはならなくなる。他人やレンタルの車や自転車を自身の不注意でガツンとやらかして無料で済むだろうか?済まないよな?。
当然、使用人の身分であるこの僕には、そんな資金などない。そう、これは隠蔽工作魔法であろう大それた魔法等ではない。
精々ディルの妹に飴を買ってやれる程度の金しか持ち合わせが無い。
肉壁部隊を囮に使わない場合、彼等は悪臭に悩まされることになる。経験済みだ、皆まで言わすな。
待ち構えていた彼等を素通りして前進する。当然警戒はするが行軍は割と早めである。
一番遅い兵科を基準に、一番弱い兵士を基準に、諸葛孔明が言うのだから大丈夫だろう。
ジリジリと釣り出されて来る敵兵と軍集団でワルツを踊る。歩兵を敵本陣との直線上に布陣し部隊を四分割する。
弓箭兵による盾を持った肉壁を避けての攻撃が開始された。
当たって死んでも仕方が無い、運が良ければ少しは生き残る。だから済まない僕が殺した事は否定しない。
敵側の動きがいつも通りの肉壁を捨て駒にして戦う姿勢になることを願ってはいるが、叶うことなどあるまい。
絶望的な心境で優勢極まりない戦闘を続ける。
ほんの少しの距離から伝令弾が上がる。示された色を読むと”騎兵接近”となる、これで此処で盲動する督戦隊の命脈は尽きた。
敵の退路となる重要地点を展開した歩兵と弓箭兵の混成部隊で塞ぎ、丘と崖で区切られた隘路を背に、陽が傾きかけた空を矢が疾る。
肉壁隊は弓箭兵とまだ分離しない。万事窮すである。
曰く、この世界には救いなど無く。
曰く、この僕は救われる事など無い。
曰く、超常の力は人の意のままにはならず。
曰く、無為無力のまま滅ぶ冪である。
それに抗う事を、僕は決めたんだ、だからどんな結果でも受け止める。
それは、敵本陣があると思しき場所から巻き起こった。
それは、暗雲を呼び、落雷を呼び起こした。
それは、広範囲を猛烈な勢いで包み、敵も味方も無く舐め尽くした。
電撃召嵐。
ラーマと言う名を捨てたウィリアムが用いた戦斧が蓄えた魔法師団の放った魔法であった。
轟音と落雷と嵐が戦場に吹き荒れ、督戦隊と弓箭兵が我先へと逃げ始める。
「盾を構えて凌げ!我の名はミドウ・タケル、肉の壁として連れられた許斐学園の者達よ!!助けに来た、我々は敵に非ず!、あの旗のある丘へ向かえ!我が名の下に君達日本人の自由を保障する!!。」
ハッキリ言おう、そんなものは保障できない。僕は唯の使用人だ。
今よりましな自由のある奴隷としての身分くらいしか保障できない。
見事に分離が果たされた事を確認した歩兵達に号令をする。
「今だ!あいつ等を崖下に叩き落せ!!。」
戦況は膠着から一変した。
最早ここからはただの詰将棋であった。
騎兵が到着し督戦隊と激突、半数を退路を塞ぐ部隊とし歩兵兵科の精鋭を集めて敵弓箭兵に肉薄する。
逃げ惑う敵兵は弓の餌食と化し、大地へとその身を横たえる。
彼等の背後には崖、前方には駆けつけてきた歩兵の分隊や戦果回収部隊、そして輜重隊。
尚も続けるならば、騎馬精鋭一万七千騎が合流したのであった。
一方的な虐殺とはこの事だろう。歩兵部隊と弓箭兵を引き揚げさせてこの時を待ち焦がれた精鋭一万七千騎にお任せした。
僕たちは集合するや否や極度の疲労で地面に倒れ込む。
輜重隊が地図と地形を見比べて水源のありそうな場所を探ると、さしたる苦労もなく清流を発見し陣を構築し始める。
プロの仕事を暫し眺めていたが、草を食みながら舟を漕いでいる黒馬の背を枕にして脱力する。
何時もの癖で温風魔法を設置して眠りに就く。
このまま朝が来るまで多分目覚める事は無いだろう、否応も無く僕はそう思った。
必死の遺体処理を繰り返し続ける戦利品回収部隊は、戦利品をピストン輸送し、王都に戻ってはまた戦地へと進発する日々を繰り返していた。
近付くなら命懸けで行かないと死ぬぞと脅された場所では戦利品と死体が堆く積まれていた。
「俺を喚び出したヤツぁ何処だ?。」
遺体を美味そうに食べながら、物凄い風格を持った悪魔が戦利品回収隊の隊員に語りかける。
ジッと目を凝視した後、血の滴る魔法陣がズブズブと遺体を飲み込んでいく。
「いやぁ、明確な目標無しで、御馳走だけ頂くってのは、悪りぃなってよ。」
サクサクと歩み去って行く悪魔を見送り、助かった事を喜ぶ。
「近くにデカい魔力がいるし、こりゃ挨拶に行かなきゃ不義理ってモンでしょ。」
蝙蝠の様な黒い翼を広げてゴキゴキと全身の関節を鳴らす。
「あ゛~、えっと、───。」
極短い古代魔法を詠唱すると悪魔は強い魔力が寄り集まった場所へと飛翔した。
新メンバーであろうか?。
ルビと誤字です。
人名ミス




