第百四十九話 女神の加護
遺跡の中を覗き込み生きている者の気配が、殆ど感じ取れない事を訝しく思うモヴァーデンではあったが、遺骨ないし遺品の獲得を最優先と思えば、入らずに捨て置くことは到底出来かねた。
硬骨を削り出した槍を短めに持ち遺跡の入り口を潜ると、其処には荒れ果てた空間が広がるばかりであることに息を飲む。
軍隊に相当する生き物の集団が鮫や鯨や鮪や魔物を食って…人の遺体もあった、軍装を纏った人間だろうから目当ての人物では無さそうだ。
こういった乱雑な生活環境であってもゴミ置き場と食料置き場は別けられているものだ。
モヴァーデンは食事のゴミ置き場、骨の重なる区域へと忍び込む。
魔法を用いて何かを探すとき触媒があるとその効果が増す。
拷問台で朽ち果てた長い髪を数本鞄から取り出して魔力を流すと骨のゴミの底の方に幾つか輝く骨が見つかる。
髪と同じ縁を持った骨であることは疑いない。
モヴァーデンは反応のある限りの骨を袋に仕舞い込み、遺跡の外へと迅速に撤退する。
木陰で周囲を窺い森の中へと静かに進む。
幸運であった、中に本来棲息していたはずの何かが数百匹以上の群体であることは疑いない。女神の加護が本当にあるのならば間違いなく今日、この日以外に遺骨回収のチャンスは無かったかもしれないのだ。
しかし、そんな俯瞰で見る事情は彼等にとって、神のみぞ知るメタな話であった。
女神キュリエとオポフェウセニー、そしてドロイヌヌは山頂へと続く階段を黙々と昇っていた。
毎日泳ぎ、毎日走り回る彼等に疲れの色は見えない。
「瘴気が酷いわね、私の世界じゃ火山性ガスで入島禁止になってたっけ。」
コピー・アンド・ペーストで貼られた世界なのだろうか、此方がオリジナルならあちらは火山活動、此方は…さて何であろうか?。
「女神様、ここから先の瘴気濃度流石に厳しゅう御座います。」
見れば先行するドロイヌヌの鱗が浮き上がって剥がれ落ちそうになっている。痛々しいことこの上ない。
ムッとむくれた顔をしてキュリエがドロイヌヌを睨む。
「だーかーらー、我慢すんなって言ったでしょお!。」
何一つ詠唱せず怪我をひっぱたいただけで完治させ、怒気だけで瘴気を吹き飛ばす。
ただし、ひっぱたかれた痛みは据え置きなのでドロイヌヌは痛みに悶絶する。
「も、申し訳ありません。」
「今度無意味な我慢したら蹴るからね!。」
ローキックの素振りを二、三度するとオポフェウセニーの方に振り向いてキュリエは尚も続ける。
「アンタもよ、オポちゃん。」
「は、はい肝に銘じます。」
即座に白旗降参の意思を示すオポフェウセニーに「よろしい。」とだけ告げると階段昇りを再開する。
先程まで瘴気で仄暗かった山道はハイキング日和となり晴れ渡っていた。
「間違いない、土魔法で掘って子犬諸共引っ張り出せば行けそうだ。」
腐肉漁りの犬の巣から死体の体液を吸った土を用いた探査魔法に反応が出た。
巣の深さはかなりのものだが縦に真っ直ぐ掘ればそれ程の物でもない。
場所さえわかれば三人掛かりで迅速に片付けられる筈だった。
「ちっ…親か。」
腐肉漁りの犬と呼ばれているが、事実は違う。
こいつ等はハンターだ。三人三様に武器を構え犬狩りに臨む。こいつ等の厄介なところは群れで敵を襲うところだ、今は運の良い事に夫婦と思しき二頭だけ。不運なのか幸運なのか判らない。
しかし、この狩人である猛犬の様子がおかしい、普通であるならば唸り声の一つも上げて警戒心も露わに対峙するのであろうが先程から三人の勇者と目を合わせるどころか意識して目を逸らしているフシがあるのだ。
警戒は怠らずジリジリと距離をとる三人の前に巣穴から子犬が四頭飛び出して、一心不乱に親の元に駆けていく。
「え?。」
一声犬が吠えて家族は立ち去って行った。
信じがたい事に、猛犬と勇者三名は戦う事無く、巣穴は明け渡された…。
「い…急ごう、これも女神様の加護だ。」
全力で魔法行使をして骨を回収すると土魔法で広めの巣を造り元通りにして立ち去る。
多分なんらかの交換条件があるのだとすればこういう事なのだろうと気を利かせたが余計な事であっただろうか…。
俺達三人は顔を見合わせて山頂の登山路を目指して走り出した。
「耐えろ耐えろ耐えろ!!!。」
次々と降り注ぐ石と岩の衝撃で船が傾ぎ、耐えられなくなった者達が魔力枯渇で甲板に崩れ落ちる。
僚艦も同じく障壁魔法で凌ぎながら港を目指す腹積もりのようだ。それもそうだ海の藻屑になるよりも陸で反撃しなくては騎士の名折れも甚だしい。
漕ぎ手の力だけではどうにもならず、魔道具のエンジンも無理はさせられない。
出来る事は進路を安定させて投石に耐え抜いての上陸ただ一つ、何の打開策も無く延々と殴られながら前へ前へと出るしかない。
耐えながらオールへの保護魔法を強化する。異形の化け物共の知能は高くはなさそうだが時折船のオールを狙ってくる悪質な輩がチラホラ居る。
意識したくは無いのだが、異形と言っても明らかに顔立ちが人間なんだが…。
こちらの魔法が届かない高さから投石を繰り返す敵と魔力枯渇で危険水域を超える我々では損耗率が違い過ぎる。
「座礁覚悟で砂浜へ突入する!。」
僚艦よりも早く上陸してしまえばあちらが手薄になるだろう、今はそれに賭けるしかない。
就役して三十年頑張ってくれた愛艦ではあるが最後の一仕事だ。
舵輪を回して狭い砂浜を目指すうちに島に掛かっていた暗雲がすっかりと姿を消していた。
「船長!潮が!。」
航海士が笑顔で絶叫する、意気軒高だ、上陸する場所としては裏口、勝手口、鍵の空いた二階の窓であるだろうが贅沢は言っていられない。
パジョー島独特の黒い砂浜を目指して船は進む。座礁の衝撃で竜骨が折れない事を願いながら舵輪を保持する。
「総員、衝撃に備えろ!何でもいいから掴んで離すなぁ!!!。」
近海警備戦闘艦ビワ、最後のお勤めが此処に完了した。
軋む船体が魔力で得た推進力に耐えきれずベキベキと音を立てて隙間が開く。
砂浜の砂は黒く、火山島らしく砂の下には溶岩が冷え固まった大地だ、当然船底にかかる負荷は深刻で、船長が願った竜骨へのダメージは不可避な状況である。
こうなれば長年世話になった愛艦は敵との戦闘での防壁や陣地を構築する資材としての新たな任務が命じられる。船員は操船に必要なそれらの別命に必要のない資材をテキパキと纏めて退避の準備を始める。
「船長、済まなかった、仇は必ず取る。撤退は、この島の港にあるドックを予定している、何としてでも確保するから待っていて欲しい。」
「判った。おっと、魔力枯渇しているあいつらも含めて撤退すればいいんだな?。」
「目覚め次第コキ使ってやってくれ。」
「はは、ありがたい、じゃ武運を祈るぜ。」
互いに敬礼をして別れる。退役間近の船長の最後の撤退戦も開始される。
不沈艦のまま戦いを終えた艦は数えるほど少ない。船魂を祀った神棚を綺麗に纏めて風呂敷に包み小脇に抱える。
「こいつさえありゃ再起は叶う、俺は退役だが相棒は不滅だ。」
船乗り達を率いて撤退を開始する。陸軍である彼等と連携を取る事自体初めてではあるがやれないとかウマがあわない等と泣き言をほざく少年少女はここにはいない。
「総員、障壁魔法展開。見せてやろうぜトリエール軍必須科目タケル式を!。」
「「「「やっててよかったタケル式!。」」」」




