第百四十七話 海の家おきなわ
遂に見つけたベストプレイス。眠るときは海底に造った新居で眠り、目覚めたら島で太陽と海のバカンス。
食べ物は五人が貢いでくれる…この世界に来て一番最高に幸せな日々かも知れない。
四日掛けて島をぐるっと周り、半魚人や人魚の集落を訪れて冷やかし歩いたが、人間らしき生き物は一人として見かける事は無かった。
最高です。
勇者の一人モヴァーデンは、イチゴシロップのカキ氷を女神の為に造っていた。
サトウキビから採れる黒砂糖から白い砂糖の精製法を記した書物を手に、シロップを作り出したアンキロススとイチゴを島中駆けずり回って集めたドロイヌヌの努力の結晶と言える。
モヴァーデンは普段、島の中腹にある湧き水を毎日徒歩で海の家に据え付けられている貯水タンクに満たす作業の傍ら、女神の産み出した冷凍庫で製氷作業に従事しているのだが、女神さまが目覚めて上陸する頃にはカキ氷機のセットアップも万全に整えて店主のような姿で待機していた。
料理レシピと終日睨み合いを続けるオポフェウセニーとシンダラマッダの二人も島を巡って食材集めを続けているが、その難易度の高さゆえ今のところ何一つ形になっていない。
五人の勇者は五人の従業員としてジョブチェンジを果たし、日夜試食と改良と捜索を続けることで御奉公を遂げようと躍起になっていると言う有様だ。
オポフェウセニーとシンダラマッダは片膝を付き女神に頭を下げて謝罪する。
「いいよいいよ、別に慌てていたりはしないからさぁ、小麦を見つけるか小麦粉を見つければ黒砂糖と合わせてサーターアンダギーはいける筈、まずは目標を一つに絞って頑張ればいいんだよ。」
二人の頭に手を置いてやるべき方向を指し示す。
シレっと人を使う事に長けている彼女の本質が垣間見える。タツヤと噛み合えば恐らく尤も危険な女であろう。
だが二人の勇者には女神からの労いの言葉としか聴こえない。手荷物を纏めて捜索へと赴く二人の背中は使命感に満ち溢れていた。
美味しく焼けた烏賊と魚を食べて良く冷えたマンゴーを二切れ齧ると女神は日課の様に泳ぎを楽しむ。
果物を極めんと欲するドロイヌヌは女神の後ろで常に待機する当番とあって緊張の色を隠せない。
その間モヴァーデンは浜から吹き込んだ砂の掃き掃除と陽射しを避ける葦簀を広げて唐突に戻って来るであろう女神の帰還に備える。
彼等は充実していた、時折バッタリと出会った村人とも別段関係が拗れたりはしていない。
ここに彼等が居座り始めてからは海龍が海辺を荒らす事が無くなったからである。
「あの海龍は女神の守護者だった、女神様に失礼があっては海龍が襲ってくるやも知れぬ、故に村人にはこの浜へ近付かない事を厳命して欲しいのだ。」
「それは誠か?モヴァーデン。」
「嘘だと思うならこの浜寄りの沖で漁をするといい、喰われても責任は取らぬが…。我らはもう一度死にたいとは思わぬし下半身をもう一度喰われたいとも思わない。」
衣服を捲り上げてモヴァーデンはさらに言葉を続ける。
「この腹から下の身体は完全に無くなっていた部分を再生されたのだ、水龍の歯型が日焼けしている部分と再生された部分でハッキリと区切られているから疑いようも無い。」
「それでお主等はあのお方の従者となったのか。」
「そうだ、俺達は全員、あの日に本当の意味で死んだのだ。」
ガリガリと氷を削りシロップを掛けてゆく。
「それは…なんだ。」
「金を払う客としてならば名分も立つ、銅貨二枚だ、食っていけ。」
ここは海の家、客であるならば訪れても構わないただ一つの窓口であった。
実際の所女神である彼女は許しているというより自分以外の事など『どうでもいい』のだ、騒がしい空気が好きなのか嫌いなのかも判然とはしない。
海辺でスイカ割りや水鉄砲で遊ぶ姿は妙齢の女性のそれではなく、子供めいた行動にしか見えない。
それでも五人の勇者達にはどうでも良い事であった。
彼女が起こせない奇跡は生き物を産み出す事や食べ物を産み出す事など幾つかあるが、そんな事は些細な事だ。
救われた命に報いるには全てを捧げる事で返すしかない。
万能に報いる手立てなど考えるだけ無駄であるからだった。
女神の海水浴のサポートを全力で熟す日々を彼等は送り続けている。
常夏の国、常夏のビーチ。流れ着くゴミや海藻を丁寧に片付けて美しい浜を維持するのだ。
メニューも増やさねばならない、女神が与えてくれた料理のレシピ本と果物や野菜などの図鑑を片手に島々を巡り、それらしいものを栽培する手立てを整えたり、食べられそうな果物であるならば毒味を行ってのち女神に確認を願う。
「毒味する前に見せなさい、毒の治療なんてさせるとか、手間が増えて面倒じゃない。」
ブツブツと文句を言いながらも五人を労わる女神を彼等は崇拝していた。
ある日、トロピカルドリンクを飲みながら麦わら帽子を弄んでいた女神が五人を呼び集める。
話の内容は戦闘の可能性も含んだ調査と女神の友達の遺体を回収してからの葬式を行いたいと言うお願いであった。
駄目であるならば諦めるし、戦う事が厳しいものであるならば断念して逃げてもいい。
そういう条件であったが元々この五人は水龍退治に選ばれた勇者達である。
このまま女神の身の回りの世話だけで人生を終えても悔い等あるはずも無かったが、戦士として命を掛けて戦えると言う魂の奥にある灯芯に火が灯る確かな喜びを感じた。
斯くして女神の優しいお言葉を聞き流し、『お願い』を叶える事に彼等は存在意義を見出す事となる。
森で毒蜘蛛から毒を集め、鏃を研ぎ弓の手入れを行うオポフェウセニー。
銛としても使えるトライデントの錆を取り砥石で磨き続けるシンダラマッダ。
双剣を腰に、短槍を投げて手応えを確かめるドロイヌヌ。
魔法の威力を高める瞑想に入り身動き一つしないアンキロスス。
女神から島の詳細と遺体の在処を聞き先行偵察へと赴くモヴァーデン。
ヤル気に満ちた五人の勇者から漂う覇気に若干たじろぐ女神キュリエ。
海の家おきなわは、暫しの間休業するのであった。




