第百四十四話 諜報任務
それからは身体強化魔法や魔法剣、ソナー魔法とかの秘伝・秘匿魔法と忍法・忍術。
見た事や聞いたことはあるがかなり洗練された武術をタケル様は披露して下さった。
全然力を入れていない脱力したした姿勢と歩き方で、襲い掛かって来る百人の兵士を投げ捨てていく武術だ。
「一応は合気なんだが、この世界では見え難かったり掴み辛かったマナや気が丸見えだからね、奥義中の奥義も簡単に出来てしまうんだ、喰らって覚えるものだから、まぁ、掛かって来ると良いよ。」
喰らって理解できたことは一つ。
人を飛ばすのに力もマナも魔法も要らないんだと言う事。
原理?判らないよ。
華奢な見た目と裏腹に討ち取った敵の数が尋常ではない我らが隊長に命じられた事は他国への諜報活動であった。
そう、俺達新世代軍は前線中の前線に投入されたという訳だ。
神話の本と言うものがある。どんな世界にでも神様達がどんな偉大なる奇跡を起こしたか、どんな生き方や足跡を残したかが記された人類最古のラノベ…ではなく神話である。
アレスと言う平等を司る神が遥か昔、世界が六界層しかなかった時代に、人類が怯える事無く暮らせる世界を神に創造して貰うための旅に出た。
旅に出た時に既に神であったのかどうかは良く判らない、彼は身分差別や不平等で悩み苦しむ者たちの理想を塗り固められた願望が実体化された者であったのかもしれない。
神格を何時得たのかは兎も角として、彼は界を渡り、界を巡って神の御許に辿り着いた。一人の少女を伴って…。
心情神ミクリアと記されているが神格を得たのはこの神の御許に辿り着いた際に与えられた褒美であったようだ、その後アレスはミクリアと夫婦となり、神の代行者の下僕として長く人の世界を守り続ける事となる。
「なんでアンタの名前がアレスなのよ。」
忍びとしての鍛錬で延々と鍛えられる事、二か月目。俺の名前がこの娘に知られたが神話まで持ち出して難癖を付けられるとは思っても見なかった。
大体俺と同じ名前の人間なんぞ王都に行けばゾロゾロ出て来るさ、有名な神様なんだからさ。
娘さんがお怒りな理由は彼女の苗字だ、御厨、こう書いて”ミクリヤ”と読むそうだ。
下らない言い掛かりなぞ無視して仲間達とフケショー国の内乱というか革命を記録する任務へと向かう。
「私も連れてってよ、此処に居ても暇なのよ。」
「ミクリアが人を殺すのにもっと慣れてからでないと駄目だろう。」
背の低い男…の獣人が犬歯を剥き出しにして笑う。
「尋問で捕虜の目玉刳り抜いただけで悲鳴とか上げないで欲しいよ、敵に見つかったらどうするんだい?。」
優しそうな女の子で長髪が似合う毛並みが綺麗な獣人の娘が腰に手を当てて深く溜息を吐く。
「ポチ、ミーヤ。娘さんの相手も大事だが諜報活動に気を入れないと術がボケるぞ。」
弛緩した空気が引き締まる。
「ちょっと、シカトは流石に傷つくよ。」
アレスの肩を掴んでミクリヤは怒ったように訴える。
それに対してアレスはヤレヤレとばかりに、降参したように答える事となる。
「今から俺達がやる任務をやれるならついてくると良い。」
「な…なにを…するの?。」
一息入れるように少しの沈黙が流れ、ポチとミーヤが諦めたように洞窟から外へと歩いていく。
「シルナ王国の傀儡政権の陣で眠っている敵兵士を朝まで殺せるだけ殺して回る。」
ピタリと動きの固まったミクリヤを置いて三人は去って行った。
眠っている兵士に抵抗する術は無い。つまりそれだけ効率的に死体を量産できると言う事に他ならない。
何時までも目覚めない同僚の死体と添い寝していた者達はその動揺を何日も引き摺る。
緊張して眠れない日々が続いてずっと起きていられたとしても三日も完全徹夜すれば必ずオチるように眠る。
そこを心臓に向けて一突き、頸動脈か大腿動脈を斬ってもいい。
怨恨が無いとは言えない、アレスに取っては両親の仇だ、仇だらけだ。
歴史を紐解くまでも無くタキトゥスの背後には何時もシルナ王国ありとまで言われている暗黙の了解というやつだった。
ならばアレスには何一つ同情する事なくシルナ人を殺せる動機が存在する事になる。
任務というよりも、私怨を思う存分晴らしていいと言われたようなものだ。感謝してもし足りない。
フケショー国の王都カヴユールには高級将官と近衛以外の兵は入れず、市街地の壁の外に兵士たちテントと陣幕を張り野営している。
ここ十日は誰も殺されていない、怪しいとされた下級兵士数名が、黒い熱狂の中、軍法会議も無く冤罪で焼き殺された。
忍術の隠遁をフルに活用した三人は全体的に満遍なく殺して回る。
疑心暗鬼の種をまき散らし、相互不和の芽を芽吹かせて、同士討ちの花を咲かせるために、生存者を必ず傍に残して殺し回る。
日没から朝にかけて篝火が焚かれ、その中にお香を投げ込んで逃げる。
安眠香。これから起きて寝ずの番をしようとしている兵士たちには酷なお香であった。
血塗れになった死の香りに包まれた三人が洞窟に辿り着き河原で服と身体を洗い流していると、ミクリヤがフラフラと洞窟から出て来る姿が見える。
監視役の二名に動向を見張って貰い、血染めの服を洗う作業にもどる。
嗅覚が敏感なポチとミーヤから合格点を貰えるまで洗った後は入浴タイムだ、川に飛び込んで心行くまで返り血を洗い流す。
粉石鹸でポチの背中をワシワシと洗ってやっているとミクリヤがむくれた表情のままミーヤの背中を洗うのを手伝い始める。
獣人と言えど女性だ、そこに気付いて手伝いに来る辺り口ほどに悪い性格ではないらしい。
「人が殺せないなんて言える身分の人は幸せだよ。」
「どうして?。」
わしゃわしゃと石鹸を泡立てるようにミーヤの背中を洗うミクリヤにミーヤは泣きそうな顔で笑う。
「ミクリアは今幸せでしょう?誰も殺さなくても生きていられるんだから。」
少なくとも任務中の目の前の三人は明日の糧を得るために人を殺す。
そして彼女は彼等が人を殺して得た成果で今を生きている。
それが幸せな身分以外の何だというのであろうか?。
ここでの生活の末に彼女は人を殺せる自分を獲得しなくてはならなかった。
少なくともここで彼女を、ミクリヤを守っている者達はそれを達成しない限り彼女を解放する事は無いだろう。
「私を失望させないでねミクリア。」




