第百四十二話 ムカシバナシ
内乱が激化した。
もうアレから一月は経つだろう。異なる政治思想が殺し合う単純なペンキの塗り合いで周囲は惨憺たる状況であった。
最初極小さな萌芽であったと伝え聞いた、シルナ王国からの金銭的援助が途絶えがちになり、傀儡政権が牛耳っていた首都で暴動が起きた。
暴動と呼んでも良いのかと当事者に聴けば照れてしまう程度の些細なものであった。
一人、また一人と立ち上がり、暴動はやがて現体制の政治的主張から圧制を取り除いた民主的なものに変えるべきであるという政治運動と化した。
そしてそれは穏やかなものであったと言う。
ただ、そんな彼等に対して軍事力を用いたのはフケショー国の落ち度であった。
彼等の代表者であり精神的支柱であったクスティ・エルパサが演説中に魔法で焼き殺された事から暴動は戦争へと姿を変える。
彼等がまず頼ったのは海を渡った島にあるテワン国である。
シルナ海軍を潰して回る事が趣味のような国家であり、ランタオ国とも友好的な領土欲が殆ど無い変な国であった。
フケショー国内に干渉する気も領土の割譲も求めないが、これからも友好的な交易を望むとの条件で軍事的支援を約束したという変な国のささやかな要求と呼ばれるただ一つの盟約である。
フケショー国内は内乱に継ぐ内乱で軍隊が王都に引き篭もって防戦するまでに追い込まれている。
政治体制が安定するまで国土を横断して海へ向かう事は難しく、さりとて引き返す事などできないとあっては手段は一つ。
無理な事はしないと決めて付近の山を仲間の手を借りて大捜索、ついに発見した洞穴を住居にして修練の日々を送る事にした。
己の感情の抑制が未熟であると痛感し、共に旅するこの娘の体力不足も最早我慢ならないレベルであると満場一致で可決…と言った次第である。
我々は忍者である。だから修練の内容は暗殺から隠密まで幅広く学び、鍛える事になる。
彼女に関してはボチボチやっていけば人並みには鍛えられるだろうと考え、最初は調整に調整を重ねて修練内容を削って行く作業に没頭することとなった。今では一度も出来なかった腕立て伏せを二十回は続けられる程度には人間になりつつあった。
サボっているのと変わらない程度の進歩だが褒めざるを得ない。
赤子に手を捻られる程度に容易く殺られる存在であったこの娘が赤子の手をひねることができるように成長したのである、これは誠に喜ばしい事であった。
「ねぇ、今頭の中で考えている事、声に出して言ってみてくれない?。」
な?成長してるだろ?。
「大分と卑猥な事を考えていたのだが…少し長くなるぞ。」
直ぐに顔を真っ赤にして逃げてゆく。初心な所は相変わらずなのでまだ鍛える余地はしっかりと残っている。
基礎体力を鍛えながら刃物の手入れや戦い方、立ち回り方、そして獲物の捌き方と調理方法を指導していく。
蔦の繊維を解して灰を混ぜたお湯で煮込んで縄をなうなどの寝る前や荒天時の作業なども教え込んでいく、実際隠密は自然に隠れ潜んで諜報活動を行ったり、人夫、人足などの日雇い労働、技能があれば職工、職人などに扮して任務を熟していく。
彼女にどのような才能があるのか、適正があるのか等、見極めて伸ばしていく。
俺には自分の学んだ事以外を誰かに教える事など出来はしない。
物心ついた俺が見たものは優しい両親の手と串刺し刑に処せられ、目と鼻と耳を削がれた両親の変わり果てた姿であった。
今でもタキトゥス人を殺したい。
一人残らずタキトゥス人を殺したい。彼等の血を引くあらゆる者達を殺したい、果ての果ての末裔すら殺したい。
ただの市民であった、ただの五等国民であった。
俺の両親は、俺に獲物の皮なめしや美味しい部位くらいを教えた程度でこの世から去って行ってしまった。
トリエール王家は孤児となった俺達を八氏族の長であるダン・シヴァ様の領地で安全に生きられるように養育を命じられた。
普通の人生を保障されたのだと感じた。読み書きを教わり、狩猟を教わり、学びたいと感じたものを好きに学ばせてくれた。学塾の先生もそこらへん小父さんや小母さん達で、皆優しくまるで両親の様に俺達を叱り、褒めてくれた。
生きる事を放棄仕掛けた子供達も続々と王都から集められ、悪事に染まった悪餓鬼の多くも数年後には割とマシなガキ程度には成長出来た、これはこの戦乱の世界、国家から見れば奇跡以外の何者でも無い。
八氏族の各地で好きに生きても良いとされていた俺達は、王都に向かうには軍籍を有してからと定められていた。
当然だ、俺達の養育費は王様の私費とダン・シヴァ様の私費の双方で賄われている。
王都行きを決めて軍籍をえて、魔法の才能があれば魔法学校へ、武芸の才能があれば軍学校へと進路が選べる。
当然村人として生きても構わない。
私費で賄われている理由はこの選択肢を残す為だ、俺達孤児はこの恩に報いるために努力するだけで良かった。
成人を迎える日も近付いたある日、武官としてアルテン村の領事館に詰める衛士のカント様にコンラッドとイノの二人が呼び出された。
その日孤児院の集会場で孤児代表のコンラッドと村人代表のイノの二人が興奮気味に円卓で滾っていた。
混乱してお話にならない二人の話を纏めて吟味して何を言わんとするかを理解して仲間達に呼び掛ける。
意味を理解した時の俺も、そりゃ興奮したものだ、あの何でもソツなく熟すコンラッドをしてあの浮かれようだ、覚悟して聴いたがそんな覚悟では足りなかったのは言うまでもない。
アルテン村始まっての新世代軍の編成だ、いや、アルテン村にも兵力はある、だが、俺達の様な孤児や軍属と全然関係の無い村民からの抜擢と云う、初めての試みが興奮材料であった。
紅茶農家の三男坊であるイノには後を継げる畑が無い、自力で開墾してマシな茶畑を造成するにはこれからの人生全てを投入してなんとかなるようなギリギリのラインだ、正にターニングポイントであると言える。
翻ってコンラッドは俺達孤児の中でも優しいお兄さん役として慕われており、もし時期院長が派遣されないならばコンラッドがその役目に相応しいとさえ思われていた。
当然コンラッドも男だ、幾ら優しいとは謂えど野心もある。




