第百四十話 展示からの販売
敵中突破を漬物石を追い駆けて行う。
追い着けるような速度では無いのは当然だが、開いた空隙を即座に埋める判断が出来る人間が居た場合待っているのは死である。
其れが嫌であるならば脇目もふらず走るしかない。
舞い散る血飛沫が地面に降り注いで赤いまだらの絨毯が敷かれたようになる。
混戦の中に飛んで行った漬物石は音速で纏っている障壁魔法の螺旋のドリルで高速回転して衝撃波を纏って進んでいく。
そんなものに人間程度の水風船が障害としての役割を果たせるわけも無く、重装騎兵もいないとあっては道が拓かれてしまうしかない。
いい仕事を果たした仲間達に感謝しつつ戦場を突撃で突っ切る。隠蔽魔法よりも数段高い隠遁を用いているので馬ですらも朧気にしか見えない。
劣勢であった方の少数部隊は即座に逃走を決意したらしく俺とは逆方向に走ってゆく。
ソナーの範囲はそこまでだ、彼らの行方はもう追えない。俺は油断せずにそのまま林道を只管駆ける。
登山道を封鎖されてしまえば疫病で犯された国を通過するか、捕吏に捕まって娘共々惨殺されるかのどちらかしかない。
一人で相手出来る人数など精々三名が限度だ、その三名も練度が高まれば確実に此方が負ける。
その上足手纏いの重りが一つブラ下がった状態では、たった一人と戦うことすら危うい、後ろの娘を殺られれば負けが確定するのだから敵から見れば容易い事この上ない。
無事に突き抜けた後も追捕の手が無いか後方が気になって仕方が無いのは致し方ないと笑って見逃して欲しい。
次に配属されている仲間が居る場所は中央登山路である。
伝令保管術を持つ、忍者は数えるほどしか居ない。
報告書を届けて貰いたい仲間たちが、俺の動向を融通しあって何処で郵便を放り込むかと待ち構えている。
互いに居場所を教え合ってルートを決めて行動しているのだ。
護衛任務のお陰で今回は頗る足が遅い。不憫に思った仲間たちが交代で俺の護衛までしてくれるくらいだ。
この娘の所業、恐らく既に主様まで伝わっているのではなかろうか…。
安全圏にまで到達し、中央登山路に入って並足で山荘へと向かう。
中央登山路は利用者が少ないが雑魚寝が中心の大部屋のみの山荘だ、女連れで泊まるような場所では無いが最早どうでもいい。
目覚めた娘にとっては間を飛ばしてまた宿泊地に到着と言うブツ切りの記憶しかなく、全く疲れていない可能性もあるが、俺は魔法行使と忍術行使で疲れているので中央山荘ソードマウンテン名物の露天風呂へと迷わず向かう。
大パノラマの景色を見ながらの温泉は格別だ。ここの宿泊客は九分九厘男しかいないため混浴(別ける程女風呂に価値が無い)となっており、おばさんかおばあさんくらいしか遭遇する事は無い。
三助の兄さんに酒を頼み夕焼けを見つめていると左前方に娘さんがいる。
…?
ん?
気のせいか。
手ぬぐいで顔を洗い、熱いお湯で浸した手ぬぐいで目を温めながら脱力して湯船で身体を伸ばす。
後ろから三助の兄さんに酒を届けられて有難く受け取り、良く冷えた果実酒を木のコップに注いで景色を堪能する。
「どうして女湯にアンタが居るのよ。」
詰問されるが、俺ではなく三助の兄さんが鼻の下を伸ばして答える。
「女湯の維持費が勿体ないンでここは混浴ですよ。」
果実のフルーティな香りを鼻腔で楽しみながら目を閉じて深く溜息を漏らす。
女湯があるのは王都の温泉街くらいだよと心の中で呟きながら湯の感触を楽しむ、目を温めるために冷めた手ぬぐいを湯船に浸してまた顔に当てた辺りで、押し黙って顔を真っ赤にしていた娘がザブザブと湯船を横断して遠くへ去って行った。
「兄さん、背中頼むわ。」
「あいよ。」
本当に、どうしたら良いんでしょうかね、主様。
入浴後雑魚寝の宿泊客が思い思いの時を過ごす大部屋の窓際で、さっさと寝る用意を整えていると部屋の隅の逃げ場のない場所であの娘は寝支度を整えていた。
個室が無いのかと喚き、従業員の部屋を貸せとゴネていたのでそのまま放置していたら、仲居さんにビンタを喰らい説教されていた。これも社会勉強だろう。
お金を払っているのだからお客様は神様よ!、とか追加料金を払うから何とかしなさいよ!等々。
報告書に書き記されていた通りの人物像に近付いているので大分リラックスしているのだろう。最早細かい事に係わる気も失せているので窓際で沈みゆく夕陽の残照で一杯呑っていると、わらわらと旅の男たちが荷物片手に思い思いの寝場所を確保して荷物番を残して風呂へ向かっていく。
微睡の中月が昇る前に眠る。どうせ夜中に起きなくてはならないのだから。
娘さんは包囲されていた。
風呂上りの男たちの熱気と荷物による退路の封鎖で受付側からは室内の様子を簡単には見渡せないように布陣が完了している。
親分がやりやすい様に順番までキッチリ定められているのだろう、この統制の取れ方は手慣れているとしか言い様が無い。
困った事に唯一の味方であった同じ女性の仲居さんまで敵に回している自爆ぶりを晒しているので寝場所の危険性にアドバイスすら貰えなかったようだ。
俺は窓際で涼しい風を受けて爽やかな心地で眠っている。
娘さんは部屋の奥の方片隅の壁際で退路無しである。普段其処は娼婦のお姉さんが受付への配慮として隠れて致す場所であり、こういうところでの暗黙の了解というやつである。
もちろん娼婦が殺されても何の罪にも問われないくらい疲弊しているヒンシ国であるから、このところ流しの娼婦も国外に逃げ出す有様であったのだが、そんな事を娘さんは知らない。
女であるなら身の危険に直結する情報を仕入れる事を怠るのは愚の骨頂である。
こういう場での暗黙の了解も知らないでは済まされない。
混浴に若い女が夫も子供も居ないのに入ると言うのもいけない、俺の傍で寝るのであれば周囲も勝手に諒解するだろうが、わざわざ離れて娼婦席で眠ってしまえば、風呂で商品展示した後に、部屋で客待ちと言う楽しい情報として共有される。
店側も詰まらない言い掛かりを付けてきた世間知らずにお灸を据えてやろう、と言う事で積極的に娼婦は居ないですよ、と客に触れ回ることもしなくなる訳だ。
彼女は赤い風車に匿われる前は列記とした娼婦の一人であり発見され保護されるまでの一年程仕事をしていた筈である。
手荒な事にならない間は”旅の護衛”から外れるのでお仕事の邪魔はしないつもりである。
漢字間違い




