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放り出されたセカイの果てで  作者: 暇なる人
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第百三十九話 愚痴って振っ切りたい夜

 コントン国からヒンシ国への山を越え、荒れた川からの被害を受けた縁を只管進む。

 休息を予定していた村落も集落も無く、そのまま森の獣や魔獣、野草を糧食として確保しながらフケショー国に向かう山道の関所に到達する。

 関所前には宿泊できる村があるのだが、住処を失った避難民が居座り、旅人である自分たちが宿を取る事も憚られた。



 日も高いので村を迂回して関所に幾らかの手数料と見舞い金を渡して山道を進むと小さな山荘が目に入る。

 出国規制されている最中であるので素泊まり出来るかすら怪しいものであったが、老夫婦に取っては、ここが帰る家そのものであるため、何があっても営業するのだと笑って出迎えられる。

 行きは独り、帰りは二人となったため顔を覚えられていた俺は冷やかされたがギルドの依頼だと答えると娘に詮索の手が伸びる。


「私は帰りたいのよ、どんなに遠くても帰りたいの。」


 暖かいミルクティーの湯気を見ながら凍てついた解答をする娘にお婆さんが慌てる。

 見た目は大人、頭脳は子供。

 二十六歳にもなろう女性を娘さんと呼ぶ俺の気持ちを察してくれる人間はいない。

 態度も言動も子供、猪ひとつバラせない、気を利かせて一番美味い猪の脳を喰わせてやっても、吐くわ投げ捨てるわ泣き出すわで何一つ報われる気がしない。

 そんな娘を護衛している。主様の命令でなければ死亡報告書と遺髪だけ整えて依頼完了にしたくなる。

 追っ手が掛かっている以上、あまり時間は無いが鍛えながら旅を続けるしかない。

 ここの山は険しく深く、山越えに三日は必要になる。鍛えた者以外の基準で四日、そこの娘さん基準で五日かかる。

 山向こうから暗殺者が来るとしても山荘か山道で野宿をする場所が選ばれるであろう。


「俺達にとって希少価値があるもてなしの食材は、彼女には投げ捨てる部位であるらしいから出すなら俺に寄越してくれ。」


「独り占めする気かい?器が小さいと嫌われるよ。」


「ちっ…それなら、脳と目玉と生肝と心臓の刺身を娘さんに出してやれよ。」


 暖炉の前のソファーに寝転び仮眠の姿勢で手をヒラヒラと振る。


「あんなグロいもの嫌がらせでしょ!。」


 テーブルを勢い良く叩いて俺を睨みつけて叫ぶ娘さんを見てお爺さんとお婆さんが驚く。

 山荘での最高のもてなし料理は野趣あふるる獣の脳をフライにしたものか煮たもの、骨髄の出汁が出たスープに目玉を浮かべた滋味溢れるたった一人だけが味わえる特別料理、男なら男根、女なら子宮を使った子宝に恵まれる大変有難い森料理の数々を彼女は本気で嫌がらせと感じて罵詈雑言を並べ立てて来る。

 肝と心臓は食べた事があるらしいので反応は希薄だったが、脳を出した時の嫌がり方は尋常ではなかった。

 俺の事を異常者の様に扱う娘さんではあるが、老夫婦はこの遣り取りで俺の云った信じ難い事が事実であると知ったことであろう。



 当たり障りのない部位だけの食事を終えて娘さんはそそくさと部屋に引きこもる。

 日々の糧を与えて下さった森の神にも作ってくれた老夫婦にも感謝の言葉は無い。俺も感謝された事は無い。


「お前さん、幾ら貰ってあの娘の護衛なんてしてるんだい?。」


 娘に出すつもりであったであろう珍味の数々と酒を携えてお爺さんが向かいのソファーに座る。


「トリエールの貨幣での報酬が決まってる、達成報酬だから逃げ出せないのさ。」


 トロみのあるジンを頂きながらスライスされた脳を一口齧る。とろける舌触りがこの部位の特徴だ。

 山ブドウのソースが程よくマッチしている。


「田舎の味じゃねぇな、こりゃ城下町の味だ。」


 立て続けにパクつく。この美味さを判らないのは残念極まりない。


「相当な街の娘さんか何かかい?。」


「ああ、そんなもんだ。奉仕されることも当たり前くらいの身分だったんだろうな、良く知らねぇけどな。」


 ジンのおかわりを貰いながらレバーソテーを頂く。これは酒が欲しくなる濃い目の味付けだ。

 追いかけるようにジンを軽く啜る、これは…たまらない。


「それでも食べない事は無いと思うんだけどねぇ。」


「肉は喰うんだよ、それ以外は食い物だと思ってないのさ。」


 ソテーされたレバーにかけられたクルミを砕いたものを混ぜた酸味が仄かに心地良いソースを味わいながらお爺さんを上目遣いで見る。


「嫌な話はこの辺にしときましょう、結婚適齢期も過ぎてるし矯正できなきゃ出来ないで、ずっと一人なら誰にも迷惑かけたりしないだろうさ。」


「金持ちの後家に入るならまだ間に合いそうぢゃな。」


「そうそう、まぁ、依頼人の未来なんぞより明日の天気の方が俺には心配さ。」


 目玉を口に入れてプシャっと弾けさせてスープを頂く。滋味豊かな骨を割ってコトコト煮込んだスープは、格別に美味であった、骨のスープ独特の臭みを幾つかの香辛料で綺麗に消してある腕前に溜息が出る。

 骨身に染みるスープとは正にこの事だ。

 山の周辺情報や崩落の有無を聞き安全そうなルートを探る。多分の人の手が入っていて人為的に崩されたと思しき道にも目星をつけておく。



 翌朝、しかも早朝、寝ぼけたままの娘を腰縄で縛り付けて馬に乗り下山する。

 残念ながら南側登山路は軍隊規模の何かに封鎖されているようだった。

 老夫婦の未来が心配にはなるが仕方があるまい。関所自体は既に通過してあるのでこのまま中央登山路まで森を突っ切れば済むだけのことであった。

 獣道に近い林道を枯れ葉を踏み締めて駆ける。目印の魔光石を辿って隠遁と気配遮断を発動し、娘さんを魔法で眠らせて強引に気配を断つ。

 追っ手では無く、行先から血の匂いが漂う。迂回路そのものが存在しないので覚悟を決めて周辺走査を開始する。

 地形把握、人数二百人規模、戦力分けすると百七十人対三十四人。

 武装と練度まで詳細を割り出すには俺一人では駄目だ、幸い運の良い事にあと二名力を借りれる仲間がいる。

 忍び隊秘匿忍術、三界探査(3Dソナー)空と大地と地下を三人掛りで精密探査する合体技だ。

 詳細を把握し終えた俺はハンドサインで一撃離脱を指示して馬を駆る事に傾注する。

 二人には、林道の中央部への砲撃をお願いして死地へと突入する。

 シルナ王国軍に被害が出ても問題ないと謂う、身も蓋も無い下知などとっくに頂いているので何か火急の事態があればシルナ王国軍に対してのみ横暴が許される。

 俺が進む道を作る為だけに今、漬物石が羽搏(はばた)く。

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