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放り出されたセカイの果てで  作者: 暇なる人
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第百三十八話 駄目ね。

 捕らえた盗賊達を横一列に縛って並べてある。

 無論逃げられ無い様に万難を排してあるのだが娘さんが躊躇い捲って一人として殺せずにいる。

 一度くらい死ぬような思いでもしないと駄目なもんかねぇ全く。



 殺さなければ殺されると言って居るのに聞き分けが無い。護身の術を持たずにどうやって生きていくつもりなのかと何度聞いても明確な答えを寄越さない。

 俺達の主様からの依頼は独立独歩で生きる術を教えてやって欲しいとの事なので勿論誠心誠意教えるさ。

 ただなぁ、自分の命を狙って来た相手に跨って刃物振り翳したまま吐瀉物吐き掛けて泣きながら降り下ろしもせずに延々と逡巡しているってのはどうにも頂けない。

 刺せないなら無抵抗なまま殺されれば良いんだよ、戦う力が無いなら犯されて殺されれば良いんだ。

 戦わなければ相手が戦わずに居てくれる?馬鹿じゃないのかと本気で思った。

 主様の居た国はそんな可笑しな者達しかいなかったのかと、それは主様が嘆く意味が理解できる。

 腑抜けとか腰抜けとかそういうものじゃぁない。

 騙されたまま気付かない内に殺される準備が整った国、それが主様が居た国だ。



 彼是一時間経過した。誰も殺せてない、延々と吐瀉物を掛けられた男には憐れさが勝ってしまって何も言えない。

 替わりに殺してくれた人でも国でも居たんだろうな。

 盾になり続けてくれた国があったんだろうな。

 憶測だが、そうやって牙を抜かれ、骨抜きにされて行ったんだろう。

 彼女が跨っていない男たちを一人づつ刺し殺していく。

 ああ、そうだ。楽園の住人は、ずっと血と泥に塗れた人間達の後ろで骨抜きになるまで飼い殺されていたんだ。


「何時までその男の誇りと矜持を弄んでいる?その男はお前の玩具じゃないぞ、小娘。」


 何時までも刺せない娘の手を取り心臓の位置までナイフを持って行く。

 ここに刺すまで、お前はずっとこの男に小便と吐瀉物を吐き掛け続ける気か?、流石にそんな趣味は許容できない。

 何時までも人を愚弄し続けているのだろうか?。それともそれが快感であるのだろうか?。

 明確に命を狙われても何も出来ないのだ、時折俺を見る目が替わりにやって欲しいと明確に物語る、手を添えて罪を替わりに被って欲しいと言って居る。

 なんだそりゃ?飯になる生き物も殺さずにどうやって大人になった?。


「あ~わりぃ、やっぱ無理だよな。」


「無理、むりだよぅ。」


「そーだよなぁ、命掛かってても無理なんだから最初から無理だよなぁ。」


 彼女の左太ももに一本ナイフが生える。


「え?。」


 俺の顔と左足を交互に見て、体中を駆け巡る痛みで現実に引き戻されてゆく。

 悲劇のヒロインとして可哀想な自分を楽しんでいちゃ、そりゃ人は殺せねぇわ。


「遊んでないでさっさと自分の意志でそいつを殺す覚悟を決めて殺せ、躊躇う分だけ身体にナイフが生えるから早めにな。」


 嗚咽が止む、胃液だけであった吐瀉物も止まる。泣いていたその涙も止まる。

 そして縋るような目も消えて無くなった。


「無意識で刺すなよ、手応えをちゃんと感じながら刺し殺せ、そいつの残りの人生をキッチリ奪え。」


 呆然としたままま無意識で刺そうとする卑怯者を罵る、逃がすか大馬鹿者が。

 その日の糧を得る為に命を奪う、暗殺者もそれは同じ、対価が現物か現金かの違いだけだ。

 焚火を熾してその日の飯の用意を始める。死体が転がる中で食器を用意し干し飯を飯盒で沸かした湯の中でふやかして味を調えて塩漬けの野菜を軽く塩抜きしてザクザクと刻んで良く混ぜ合わせて火に掛ける。



 握り締め過ぎて固まった指を外してナイフから解放してやる。左足からナイフを抜き、縫合魔法を掛けて治癒魔法で傷口を塞ぐ。

 意識を取り戻すまで背中を強めに叩いてやり飯を喰う事を薦める。

 目の前の襲撃者達の遺体を眺めながら、飯を食う。


「殺されていたならば、今頃は逆の立場だ、それだけは覚えておけ。」


 解熱剤と化膿止めに睡眠薬を説明せずに飲ませて眠るように指示する。

 死体からナイフを抜き貴重な縄を回収してから剥ぎ取りを開始する。大した稼ぎにはならないだろうがと思った矢先に金貨を頂戴した。

 夜はまだ始まったばかりだ。



 死体は遠くの木に彼等のズボンで吊ってある。

 夜中から明け方にかけて狼たちの晩餐が時折聴こえていたが、正直どうでもいい。

 目覚めた娘が木にぶらさがった死体に気付いてずっと見つめている。


「よく眠れたか?、もっともあっちはまだ寝ているようだが。」


「ええ、よく眠れたわ…。」


「狩る側と狩られる側の違い位は理解できたか?。」


 朝食の薄切りにした堅いパンを炙ったものに軽く塩をかけて手渡す。冷ましたお茶は一歩遅れて手渡す。


「負ければ、ああなるのね。」


 黙って目を見て首肯する。


「戦いは死ぬまで続く。それさえ忘れなければ主様の心配の種が減る。」


「御堂君は何人殺したの?。」


「同郷の者は百人以上、此方の世界の人間ならば既に十万人は殺している。」


 少なく見積もって置く、大魔法を行使すればこのくらいは割と殺せてしまう。魔法を使える人間がそう多くないことで被害は少ないが過去の文献では百万都市を消し飛ばした描写が多い点を鑑みれば微々たるものであろう。


「駄目ね。」


 一言だけそう言ってパンを齧りながら狼たちが跳ね回る食事風景を眺めていた。

 少しだけ成長した娘の横顔を見ながら身体を温める役割でしかないスープを掻きまわす。

 事実として主様が願うものが何なのかを考えれば途方も無いものとしか思えない。

 その成果がこの娘の様な弱すぎる者でも健やかに生きられる世界であると言うならばどれ程の規模の法秩序と平和が続く必要があるのだろうか?。

 想像しても答えに辿り着けそうも無い。いっそ御本人に尋ねてみるべきであろうか…。



 吐かずに馬に乗れている娘さんと言う絵を初めて見る事になる。

 ごく当たり前の事なのだが、馬に乗って吐く方が普通はそう滅多に見られない光景なのだ。

 並足でずっと進める事は正直旅程の短縮にも繋がる。



 しかし、彼女にとっての大問題はやはり”船”であろう、船の揺れに休憩の二文字など無いからである。




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