第百三十五話 周辺国事情
商都クジングナグより海沿いに東へ向かうと海都ランタオに渡る事が出来る唯一の封鎖国境村ジンジャンがある。
ここはシルナ王国の最南端であり最早勝ち味の薄い戦場の一つとして挙げられる。
海都ランタオに繋がる国境には長城が築かれ、極狭い通り道しか残されて居ない。
ランタオ軍は常勝無敗でシルナ軍を何度も撃退している、それもそのはず、ランタオ軍はシルナの領土に全く興味が無いので長城をこれ幸いとして占拠後、防戦に徹しているのである。
懲りない上に頭の悪いシルナ海軍による海路からの侵攻も度々受けてはいるが、ランタオのような海洋国家相手に川船を改造した程度の海上兵器で挑もうと言う馬鹿はシルナ王国くらいのものであった。
魔人により人口が百分の一に減らされても彼等の覇権主義に陰りは見られないが、学習能力も見られない。
木造の船で魔法兵器を搭載した船舶に突撃をしかけて、無駄に命を散らしていく姿などは、見るに堪えない醜悪な劇の一つである。観客の乗った船からディナーと共に添えられるイベントのように燃やされる漁船のような軍船などは毎晩ご苦労様としか言いようがない。
ランタオ軍の業務はディナー客船の護衛と演劇賊の討伐と揶揄される所以である。
とても真面目な戦場には見えなかった。
コントン北部の山から見下ろす景色の先から見える群島の解説を護衛の男から受けている。
聞いた事の無い国名と見た事の無い景色、ただただ広い平地に何故ビルが乱立していないのかと呆然としながら眺めていた。
「残念ながら海路で行かないと、シルナ王国の連中に捕まってあんたは玩具にされるけどな。」
玩具にされるなど今までの生活とどう違うのだろうか?と、思うが差し出された一冊の本を手に取り、パラパラとページを捲る。
グロい、グロい、グロい。
表紙を見返すと─紫龍納王国ノ正史─と書かれている。
「どうして歴史書がこんな拷問紹介冊子になっているのよ。」
「それ以外に正確に正しくこの国の歴史が記されている書物が無いからな。」
歴代の国王の名前と処刑された様子が克明に記されており、発案した処刑法も図解で解説されている。
一人平均二十通りの処刑法を考案しており、チュー王の時代の妻、ダッ妃に至っては…。
展望台からキラキラと輝く吐瀉物が撒き散らされ、護衛の男が手早く荷物を纏めて私を運び去る。
最悪のコンディションで最悪な本を読む事になったが、こんなに酷い歴史書は見た事が無い。
「悪かった、見るからに知識層の娘さんなら問題ねぇと思ったんだよ。それにしても文章だけで吐くとはねぇ。」
並足で歩く馬に揺られてえづく私は装着型吐瀉物袋が手放せない。
着けずに乗ろうとすると馬が嫌がるのだ。それもかなり激し目に。
防寒具を纏い、馬と一緒に歩く。半日程度で山を越えられるとの事だが、常時強い風が吹き荒れるこの道を半日も歩くとなると厳しいものがある。
雪が降り始めたら御陀仏だと思いながらフードの紐を締めて男の腰紐をしっかりと握りしめて歩く。
険しい山道には、荒々しい岩が転がり、雪景色で真っ白ではあるが先を行く隊商の足跡のお陰で迷わずに進める。
馬体を風除けにしつつ横風を受けて黙々と歩く。
七時間後、山頂に到達したがここから先は足に自重も掛かる下り坂である、消耗度は倍以上になる。
この山頂がコントンとヒンシの国境だと言われても地理に疎い私には判りません。
ヒンシの国の国境を下る事六時間、真っ暗闇の麓に辿り着きゲルス村と言う開拓村へと辿り着く。
宿を取り、馬を預けて、フラつく身体を拭いて何も考えずに眠る。
護衛の男は陽気に商人たちと呑みながら何かを食べているようだ、私にはそんな体力は無い。
これから国境を越えようという隊商の皆さんと情報交換とばかりに呑む事になった。
あの娘さんは…ダメだな、あらゆる面で耐久力が無い。あ、一つだけ得難いものだけは持ってる、根性だね。
本人の能力と実力が着いて行ってないけどその内身体が着いてくるだろうさ。
「海沿いのフケショー国で内乱ですか。」
「おうよ、何でも民主共和制を旗印にした若者と現体制が血みどろの殺し合いを開始してな、セコ国は疫病で人も立ち寄れない人外魔境と化してるから、シルナ王国も援軍が出せずに困っているようだ、ヒンシ国を経由して援軍を出すとなると山越えで半分は死ぬから本末転倒だからなぁ。」
「北からの海路はテワン海軍に押さえられていますし、南からの海路はランタオ海軍に封鎖されていますね。」
「フケショー国は遅かれ早かれ独立する流れになるだろう。」
ツマミと酒を追加注文しながら何を売り込むかの話で盛り上がる。
扱う商品が全く被っていないので無駄な駆け引きは無用であった。
彼等の持つ温熱魔道具のメンテナンスを幾つか請負い修理を済ませると、舌の動きは更に滑らかになる。
魔道具専門でやっている人間に香辛料相場などあまり面白くは無いが情報は情報なので有難く聞いておく。
軍需物資の話や軍隊の動きは食品を扱う商人ならではと言えるだろう。
「北の果てでは蛮族討伐で温泉が湧いたとか、景気のいい話も聞いたぞ。」
「ああ、それは何だか面白そうな話ですね。」
「そうか、そういった設備にはやはり魔道具か?。」
「そうですよ、お湯を攪拌したり温度を保ったりする魔道具を一つ間に挟めば大火傷などを未然に防げます。」
「そういう恩恵を知らないうちに受けてたりするんだなぁ。」
カリカリに焼かれた芋を齧りながらお酒のおかわりと締めとして晩飯を頼む。
そろそろ眠る頃合いであった。
「シルナ王国の第四王女が見せしめとやらで惨たらしく殺された話は聞いたかい?。」
「お゛お゛お゛そりゃ寝る前にする話じゃねぇだろ。」
「飯が不味くなるからやめてくれい。」
酒の席の人間は嫌がられると余計に、嫌がられる事を続けたくなると言う嫌な習性がある。
凄惨を極める凌遅刑の内容を滔々と説明され、妨害され、また巻き戻った内容で説明される無限ループで被害が拡大する。
これは娘さんへの土産話として温存しておこう、夜中にうってつけだ。
美味い肉料理を美味しく頂きながら楽しい会話に花が咲く、そんな夜であった。




