第百三十二話 赤い風車、奥の間
左手に調理場を見てそのまま素通りして真っ直ぐ突き当たった所に扉がある。
腰に剣を佩いた姿の中年男性が一人、扉の横から鋭い眼光で此方を睨む。
首からペンダントを引き出して男に確認させると、扉の施錠が外れる。
鍵自体は何らかのギミックで掛けられているので、この男に開錠は出来ない。
扉を潜り抜けると、石造りの階段があり、階上から冷えた空気が柔らかく吹き下ろしてくる。
扉を締めて二度ノックすると施錠され静かに階段を昇り始める。内部構造は階段が壁沿いに出来ている筒状の構造体であり、中央部も筒状の構造体である。幾つか開けられた採光窓から差し込む月明かりで足元は確かであり、明かりを点ける必要性を感じる事は無かった。
高さにして四階相当の階段の到達点に扉があり、呼吸を整えてからノックする。
「入り給え。」
促されるまま扉を開けて室内に入るとおもちゃ箱を引っ繰り返したような雑然とした室内に少しだけ足が止まる。
壁際にはカラフルな十八禁のポスターとメカもののアニメポスターが雑然と張り巡らされ、陳列棚には機動するファイターのプラスティックモデルがかなりの数並び、また、精巧に出来た可愛らしい少女達の人形が作品ごとに整列している。ベッドには抱き枕、床には…。
「ああ、すまない、幻術を掛けたままだったようだな…。」
途端に何もないサッパリとした無味乾燥な部屋になり、一気にものさみしい空虚な場所に様変わりする。
古ぼけたテーブルと数冊の本と二脚の椅子、そしてベッドとソファー、部屋の隅に木箱が一つ。
これで全て説明し終える事が出来る、殺風景な部屋だった。
促されるまま椅子に座り密談が行われる。彼等の密談は喩え誰かに知られてもそれ程影響は無いが、金銭が相場を越えて動いてしまう懸念があったため最上級の機密として取り扱われる事となった。
主の…その隣にいた男の発案であったが、ここの二人はその意味を痛切に体感していた。
大っぴらに購入する意思を知られてしまうと、凄まじい勢いで奴隷商にその思惑がバレて当座の資金がみるみる内に枯渇し、何度も購入機会を失した経験があるのだ。
行方を掴めなくなった者達は、初期に取り零した七名。それ以外は廃人であろうとどの様な状態であろうと多角的にオークションを操作して拠点へと複雑なルートを通して送り届けている。
引くに引けない状況が続き精神に深い傷を負い、全てを諦めてしまった娘はこの店で働いている。本人の意思ではあるのだが、主が苦しそうな顔で、なんとか説得を試みてはくれないかと懇願される姿はあまり見たくは無いものであった。
出来る事ならば誘拐同然であっても移送したいところではあるのだが、ここの治安部隊はそういった妙な気配には敏感なのでどうにもなりそうも無い。
「飼い主に殺されたと言うよりも、絶食が続いて餓死したと見た方が良さそうだ。」
クラスメイト、学友等と主が言うその、我々が総力を挙げて調べ上げた奴隷たちは、日を追うごとに目減りしていた。
事故死については徹底的に調べ上げて報告書を上げて、遺骨ないし遺髪と生徒手帳や遺品を拠点に持ち帰り埋葬する。
主の故郷の習わしでは本人の一部でも良いから墓に入る事によって、その魂は安らげると云うのだ。
遺体を粗末に扱えば只では置かないとも厳命されているので必ず生きて持ち帰らなくてはならない。
我々が死ぬ事も許さないと厳命されているからではあるが、流石にそれは果たせるかどうか判らないので有難い申し出であると感謝しつつ胸に納めている。
報告案件を整理し、紙に認めて遺品を一つづ鞄の底に名前を記して並べて仕舞っていく。
木箱から一つづつ丁寧に両手で取り出される遺品を受け取り、状況を聞き紙に書きつけて名前を書いて仕舞う。それを延々と報告が終わるまで続ける。
主への報告案件を纏め上げて荷物を部屋の床板の下に隠された穴に入れて、内部機構で運び出される事を確認すると室内を元通りに直して一礼し、部屋を辞する。
石造りの階段を静かに降りながら話し合った案件を頭の中で吟味する。
今月までに亡くなった女子生徒は三十七名。行方不明者は七名、店舗で働いている者は十名、そして希少な王都への同行希望者は一名である。
全部把握している訳ではないが、他店で働いていたり商家で飼われているものについては少し説明を控えたい。大っぴらに動けば値上がりする程度には経済的価値のある珍しい人種だからだ。
半年に一度の情報のすり合わせが本拠で行われるのでなるべく早く帰りたいところ…焦っても意味は無いがこの場所から王都は遠い。
店内に客が一人も居ないなんて事は無く、カウンターから外に出るとやはり目聡い者に目を付けられて声を掛けられる。
「魔道具の修理ですよ、貴方もお持ちでしたら保守点検承ります。」
もみ手と締まりの無い笑顔で売り込みを始めると鼻白んだ顔で男が仰け反る。だが、直ぐそこのテーブルで一人、麦酒を飲んでいた男が懐から出所不明な魔道具を一つ置いて俺を差し招く。
「丁度良い、デルエペックのガラクタ屋で見つけたモノなんだが、見て貰おうか。」
やけに古びた年代物の魔道具を見て走査の魔法を掛ける。
「触れても宜しいでしょうか?。」
「ああ、出来れば幾ら掛かりそうか見積もってから着手して貰えると有難い。」
手に取って幾つかの留め具を工具で外して中身を確認し、術式の展開を試みる。
内容物が溢れるように小さな魔道具の見た目からは逸脱した十五の魔法式の多層構造が現れた。
店内で当然耳目を集めてしまうが、悪びれる事無く一つづつ構文を読みマナを通してチェックを開始する。
「本当に魔道具職人ってすげぇなぁ。」
話半分で疑っていた男は、ドッカと椅子に座って魔法陣を肴に呑み始める。
「腕のいい人間は各地を回って流しで仕事した方が儲かるって言うが、あんたもそのクチかい?。」
煙管で一服している一番人気の姉さんに聞かれてふざける事無く作業に集中しながら答える。
「旅費と食い物と名物と酒に消えますが、そこそこ楽しくやってますよ。」
第六構文がショートして吹き飛んでいる部分があり、見積りをこの部分だけで立てる。
ロストした部分の修復は動作が安定するまでのトライ&エラーの繰り返しとなるのでこれ一つだけでもお高いものになる。
「残念だな、ま、夢を買ったと一つ納得しようか、調査代金は麦酒とその魔道具って事で、いいか?。」
「元々調査代金は頂かないつもりだったのでいいですよ、麦酒は貰いますけどね。」
ウエイトレスに大声で呼び掛けて麦酒を頼んだ男と旅の話と飯を喰いながら、この店の味が存外に不味くない事を知る。アリバイ作りに保守点検してやるのも悪くないと思いながらツマミと麦酒を頼む。
気が向けば女を買おうかと心の隅で思いながら。
間違いだらけの修正しまくり状態でした。




