第十三話 友の命と引き換えに友を救う
動きの鈍い肉壁隊など殆ど相手をせずとも良いくらいであるが、包囲され退路を断たれるとなれば話が変わる。
肉壁隊は死体となって転がる肉体と、踏むと怪我をする構造の盾が厄介な代物となる。
生きてウロウロとすることも邪魔と言う意味で、正しい意味で厄介者だ。
与えられた食事を口に運ぶが咀嚼出来ない。
食べなきゃ殺せない、ならば、食べなければ殺さずに済むのかと思いながら食事を続ける。
そんな様子のおかしい僕を問い詰めたノットが、イスレム隊長に指示を仰いだのは偏にその肉壁隊の構成人員に問題があったからだ。
一クラス大体四十名の五クラス、男子と女子の比率は半々、つまり約百人の友人知人がそこにいる可能性がある。
半年前の戦いを生き延びていれば…の話だ。
目鼻立ちが平坦な東洋人顔、つまり俺と近しい顔立ちの人間を選り分けろ。等と、こんな戦時に願う訳にもいかない。
同郷人殺し、友殺し。
殺らなければ殺られる世界で、考えないようにしていた現実が立ちはだかる。頭では分かっているつもりだったが…。
「────、いいかタケル、お前の国の言葉で開戦前、戦闘中に呼び掛けて逃げる切っ掛けを彼等に与えろ。」
嬉しい申し出ではあった、だが、我が身可愛さに内通者が出ている可能性も捨てきれない。
縋りたい気持ちを引きずったまま僕はイスレム隊長に意見を具申する。
「敵に良き待遇と引き換えに仲間を売った者が居て、私の語る内容を通訳し、それを逆手に取って我らの後背を扼すやも知れません、有難いお言葉では御座いますが。」
言葉が続かない。
止め処なく涙が溢れてくる。
高々百人以下の命と引き換えに、騎兵四千と歩兵一万数千の命を秤に掛けるなど愚か者のすることだ、その愚かな事をやっても良いと目の前の武人らしい武人に言わせてしまった、この罪は果てしなく重い。
「命じたぞ、友と同郷の者を見捨てるような腑抜けでありたいと言うなら致し方ない、その首此処で刎ねて捨てるが?。」
冷たい刃の感触がする、でも温かい。
「身命を賭して、必ず果たします。」
平伏し、命令を果たす事を誓った。ならばやることは一つ、心が死んだ友達に希望と言う名の劇薬を与える。
喩えそれで半数が死ぬとしても、それは僕の責任だ、誰にもそれだけは譲れない。
友を助けるために友を殺す。
矛盾の極みだが、今は他に方法を思いつかない。
名案は何時だって追い込まれないと出てこないんだよ僕は!。
この腐りきったゲームを俯瞰の位置から見下ろす何者かに向かって吠える。
聞こえてなどいないだろう。
忌々しい事だった。
「肉壁隊は歩兵隊と弓箭兵で半包囲、槍兵は馬防柵を運びながら前進。騎兵は魔法障壁を展開して肉壁隊の後方で督戦する部隊を殲滅、生存者は捕らえて見せしめにしながら順に肉壁隊を処理していく。」
大まかな戦略を答申し、自らが幾人かを率いて行う行動を打診する。
今回の戦いで僕は歩兵と共に肉壁隊の中に居るかもしれない友や同郷の仲間を探し出す役割だ。
前述の戦略は督戦隊の兵士を見せしめにする事で、肉壁隊に所属する奴隷にはなるべく危害を加えたくは無いと明言し、あわよくば奴隷兵を戦利品として獲得しようという狙いもある。
タキトゥス公国ではどうか知らないが奴隷は財産である。生きた貨幣と言っても差し支えはない。
殺戮対象は飽くまでも”卑怯卑劣な督戦隊”と全力で吠えるのだ。
思い通りに行かなくても泣かない。それだけはしっかりと覚悟を決めておかねばならない。
肉壁隊は三部隊。
最期の隊は、多分助けられないだろうなと思い至り、全身から絞りだすように深い溜息を吐いた。
盾同志がガリガリと擦れ合う音がする。
敵の弓箭兵が肉壁隊に当てる事も厭わず雨霰と矢を放つ。
歩兵は天を盾と魔法で守り盾を構えた歩兵は肉壁隊を丸めるように力づくで押し込む。
弓箭兵の射程から身体を張って押し剥しながら、僕の日本語が肉壁隊に投げ掛けられる。
希望と言う名の劇薬は人によっては死を齎すものだ。助かりたくて恐慌状態に陥り発狂して死ぬ事もある。
嬉しすぎて興奮してコンサートで死ぬ人と同じだと考えれば分かりやすい。
川の方角に逃げれば今の生活から解放される、僕が助けてやる。多少傲慢で自信たっぷりの言葉で煽動する。
遅れて一番声のデカい士官と彼が薦めてきた三名の士官が大声で主要言語を用いて退路を示す。
希望の抜け穴、渇望した自由の兆し。半ば本当で半ば嘘であるその言葉を信じ彼等は盾を捨てて遁走する。
とは言え彼等は碌に食ってない、急激な運動は死を招く、倒れて踏まれれば死ぬ、。
退路を僕達が守らなくては逃げられないのだ。
「第二歩兵隊山側に展開して弓箭兵に向かって突進をお願いします!。」
拙い命令を受けて身体の大きい中年男性がハンマーを担いで走って行く。
「第三、第四歩兵隊は二枚目の肉壁へ向かう道に先行してください、速く到着したとしても進撃を緩めず第一歩兵隊がやった通りに敵弓箭兵から彼等を保護していただくと有難いです。」
髭の男性と瓜実顔の男性が敬礼して駆け足で去って行く。
「では第一歩兵隊、紡錘陣形で弓箭兵へ吶喊です!!!。」
きっと、この世界で得た友の命と引き換えに、前の世界の友の命を拾おう等と言う傲慢な男は、還る事など許されない。
黒馬の鞍上に跨り、兜の留め具を引き締める。
「我に続けぇぇぇぇぇぇぇ!!!。」
全力疾走が心地良いのか黒馬が街道を疾駆する。
本当に道を切り取ったかのように敵陣最前の弓箭兵に肉薄する。
単騎で突入し、槍を何度も突き出しては引き戻しを遮二無二繰り返す。
治癒魔法と刺さった矢を引き抜く牽引魔法(自作)傷口を塞ぐ、縫合魔法(自作)切断された肉を繋ぐ、増殖魔法(自作)失われた血を増やす、造血魔法(自作)。
リジェネイションを想像して使用を試みたが失敗し続け、焼け糞気味にできた副産物の数々を同時に展開して発動させ続ける。
「痛ってぇわぁ!、幾ら直ぐ治るっつても痛てぇモンは痛いっ!。」
近接武器を抜いて果敢に襲ってくる兵も、馬と槍の圧力には抗しきれない、その上この黒馬、槍を持ったままの俺を操って敵兵を刺す半自動殺人マシーンだ、なんだよコイツ怖すぎる。
誤字修正