第百二十九話 フユショウグンとブレイブロック
周囲の空気が冴え冴えと冷え始め、斜陽の最後の輝きが黄金の磔台を鮮やかに彩る。
景色は雪化粧を済ませており、我々が立つ場所のみに雪が無い。寒さは凍えるほどではないが、戦いに支障が出そうなギリギリのラインであった。
びょうと一陣の風が吹き降ろして来た。
大剣と日本刀が掟破りの刃鳴り散らして開戦となる。均衡が破れた訳ではない、概念としての武器を投げ捨てて再度抜刀すれば、まっさらな刀が空気を裂いてタクマへと疾走る。
鈴を打ち鳴らすような衝突音がタクマの左手の小手から鳴り響くと右手の大剣が殿様の胴を強かに打ち付ける。
小手で受け流したのだろう、牛首を返して再び擦れ違いで斬撃の応酬を繰り返す。
正面衝突で粉砕された氷の馬は崩れた勢いと同じく再生されていく。替え馬とは納得が行かないがそんな細かい事を気にするのは外野の俺達だけであろう。
破壊はできても再生する武器と馬を砕いて、撫で斬りにしつつ、殿様に肉迫する。
膂力は桁外れだが相手に出来かねるほどでは無い。一合、一合と確かめるように斬撃を交わし合うこと七度目、疲れや恐れなど微塵も無い殿様のマナが揺らぐ。
概念で編み上げられた武装をマナで再生し、愛馬をイメージ通りマナで再生する事、どちらも消費である事は疑いない。
燃料が尽きるまで強さは据え置きであろうが、ならばこのまま最後まで押し切るのみだ、尤も家臣団二十余名のマナも供給されるだろうからソイツも折り込んで戦わせていただこう。
切っ先に殺意が乗った一撃が稀に混ざる、表層を覆う氷の中、其処に在る精霊の中の更に更に奥の方に、内包された奥羽の龍が目覚める兆しであろうか?、深読みだと思いたい上に物騒この上ない悪い想像ではあるが、こういう時の悪い想像は絶対当たる。
タツヤが何かをやらかす時に必ず感じる予感めいた何かだ、これは外れた事が無い。
抜刀から納刀までに隙が無いが無理矢理斬撃を滑り込ませて無い隙を無理矢理に作り出そうと試みる。
殿様のマナが刃に宿り、冷気が切れ味を鋭く高めて微妙な範囲を切り裂いていく。纏った冷気で切れる部分も想定に入れないと見切りを失敗するだろう。
タロウが敏感に脅威を察知してタクマの軸をずらして誤差を修正する。
浮かされた大剣の切っ先を力づくで目線まで落として殿様を正中線に捉え続ける、逃がさない、離れない。
踏み込み殺す一撃を見舞い、切っ先を一気に引き戻し殿様に突き出す。ほぼ力技である。
刀を砕き馬を砕き、斬撃を身体で受け、鎧を使って円の軌道で逸らす。刺突はガントレットで強引に弾いて流す。即死だけは避けられるように致命打もなんとかスレスレで力技で捻じ伏せる。
剛力と業を駆使して死だけには、丁重にお帰り頂く。
號とばかりに、同時に二連撃繰り出され、追いかけるように二連撃、挟みこむ様に二連撃、都合六連撃がタクマを襲う。
剣質と剣筋が変わった、無機質な振り回すだけの幼稚な剣筋と若さゆえの稚気が混ざった剣質が何処かへと消え失せた。
表層を包んでいた精霊が支配権を奪われたのであろう、片目の偉丈夫は不敵な笑顔で刀の構えを変えた。
戦場で荒れた刀ばかりを振るっていた血の気の多い剣が消えて、研ぎ澄まされた老境の剣が染み出るようにタクマを一刀、また一刀と襲い掛かる。数えるほどに八十八刀、タクマの首から血が迸るも致命傷はなんとか避けた。
だがそれはタクマが見切られたと云っても良い一撃。
悔しいが引き出しの乏しい身の上で持て成せる剣技はこれ一つ。
「済まん!倉橋、世話になる!!。」
それは捨身の一刀の決意、決して捨て身ではない。身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ、とは云えど決して死を望むものではない。謂わば此処からは致命打を厭わない獣性の解放、タロウが唯一恐れた主の真の姿。
歓喜に身震いする、今、最強たる主をこの背に乗せて戦える、その主の命を一歩間違えば奪えるほどに強い精霊と戦えるその喜びに。
黄金色に輝く角と赤黒い闘気が漲り、雷撃が迸る。
ミスリル銀が沈みゆく太陽の残滓を集めて発光し、残影を纏って殿様に殺到する。
一つ前の斬撃に一つ前の斬撃が二枚刃のように襲い掛かる。タロウの踏み込みが甘いわけではない、速度が単純にまだ足りないのだ、二刀を持って構える殿様にはまだまだ不足な剣の量であると云えるだろう。
ならば、限界を踏み越えて、境界を踏み越えて、次元を、時間を踏破する。
斬撃が斬撃を追い斬撃が斬撃を追い越し、何処からともなく斬撃が空間を割って割り込み、殿様の頭上から襲い掛かる、二刀を完全に噛み砕いて殿様の馬を叩き割り、殿様の左腿を割り砕いて飛散させる。
突き出された一刀は脇腹を抉りもう一頭はタロウに刺さって折れた。
負傷覚悟、人牛一体で何一つ構わず再びの突進。
斬撃が足りないならば、別の時間軸から持ってくればいい。マナを体内でブン回して己の中の限界と常識を糊塗する、やればできると彼女も云ってくれた、即ちそれはやらない限り何も出来ない事と表裏一体、ならばやらねば男が廃る。
「ぐぅ、おお雄々々々々々!!!!。」
雄叫びと共に振り下ろされる斬撃が、遅延した追撃となって多段攻撃と化して襲い掛かる。
怒涛の連撃が時空を越えて畳み掛けるように殿様を襲い砕氷機のように割り砕いていく。
無言の断末魔の叫びは果たしてあったのだろうか?、それとも見事か天晴とでも云ってくれたのであろうか?。
戦い終えて二振りの日本刀を遺して彼等はゾロゾロと魔女の釜へと殿様の魔核を大事そうに抱えて自ら飛び込んでいった。潔い事この上ないが、そうも言って居られない。
勝利を喜ぶ前に俺達には人用と牛用に無菌室と手術の準備を必要としていた。
何度も言うがただの大魔法だけでは深手を負った身体の部品は元通りには繋がらない。
ユリが正しい医学知識を持っていればそれも可能だが、彼女は当然ながら人の内臓など縫った事は無い。
「何事も最初の経験は必要だ、エセルちゃんもトモエも、そしてユリも手伝って貰うぞ。」
タクマの身体でターヘルアナトミアと言う正月の夜の始まりであった。
読み返すと何言ってるのか解らない部分が良くあります。平にご容赦を。




