第百二十六話 最高のタイミング
地下迷宮入口は、氷の騎兵と兵士達の出口となっていた。
乱れ飛ぶ炎の矢、燃焼燃料による長時間延焼、そしてファイアーボールを只管打ち出す魔道具、あらゆる魔道具が見敵必殺とばかりに装填された射出武器を発射し続けて、弾切れになると自爆して敵を巻き込んで消滅する。
「自爆は男のロマン。」
「異論はない。」
「ないんかい!、大惨事だよコレ。」
氷の騎兵と兵士達に自我は無い、故にゾロゾロと外に出て来る、澱み無く、足並みを乱す事なくゾロゾロと決められた位置に整列する為に出で来たる。
クレイモア地雷のような動作をする魔道具がファイアーアローを氷の騎兵と歩兵に撒き散らす。しかも、射出する方角を微妙に動いて調整する胸糞仕様であった。
「大地のマナの続く限り動作する地獄仕様。」
「自爆は?。」
「もちろん搭載している。」
固い握手と共に戦場を見下ろす。男のロマンは鉄のドラムを打ち鳴らして進むに似たり。
迷宮の入り口にはナフサで作ったナパームが広がる。魔法付加によりヘルフレイムクラスの凶悪改良済みだ。
散布式焼夷魔道具は燃料を撒くだけ撒いてから着火の為に自爆する。つまり既にこの世にはない。
貴い魔道具たちの犠牲に合掌し、魔石臨界爆発式の手榴弾を身体強化で投げ込む。
安全ピンを抜いてキッカリ三秒後に爆発する、モア・スタンダードな代物だ。生きて虜囚の辱めを受けずと仰る天晴な志の貴方に一つ差し上げたい、確実に逝ける威力の一品であると自信をもってお勧めできる。
多勢に無勢ではあるが少なくとも確実に破壊できている。魔核を外しても足元は地獄の業火が広がっているので、地べたに這い蹲らせれば止めが刺せる。
業火の中、溶けながら待機する氷の騎兵のシュールな死に様など何度見た事か知れないが、彼等はその程度の事を意に解する事無くどんどんと迷宮から姿を現す。
やり過ぎなどと言う言葉が、この場では効力を発揮しない事を実感する。
「俺からの最後の贈り物はこの地の本来の姿を一時的に呼び覚ます程度の魔法だ、受け取れ兵隊ごっこで遊ぶ厄介な精霊共!!!。」
大地の記憶回顧の章"想起"、本来は荒れ果てた大地を元に戻したりと再生を担う世界術ではあるが、この場では沼沢地の記憶を軽く呼び覚ます部分的な泥沼化が関の山であった。
タブレットで自爆命令を出して爆破を確認したのち、タブレットをマジックバッグに片付け、一筋の槍を引き摺り出す。
泥沼を凍結させながら隊伍を整えて氷の騎兵と兵士が前進を開始する。
「ここからは私とエセルちゃんの出番ね。」
「俺達は大将を暗殺してくるよ。」
「言葉が通じるなら尋常に一騎打ちなんだろうねぇ。」
「通じないから仕方が無い。」
口元を"への字"に結んで不服そうに腕を組むタクマを見遣り、ユリが支援魔法をかけ始める。
「大体騎兵三百、歩兵二百を減らす事に成功したようだ、単純計算であと二千四百前後って事か。」
「釜の用意は出来ているわ、もう稼働しているから解ると思うけど。」
横合いに隠れていた蝙蝠の翼を持つ執事服を着た悪魔が隠蔽魔法を破壊されて姿を顕す。
「うおっ、なんだこれは。」
狼狽える執事の頭上には一柱の熾天使が奇妙だが美しい武器を手に浮かんでいる。
「浄化された場で君達大悪魔が姿を隠匿できると考える方が可笑しな事だと思うがね、我が神如何致しますか?。」
「誘拐犯には死あるのみよ。」
判決は下された。
ザナドゥは全身に掛かる重圧と聖なる波動でほぼ身動きが取れずにいる。
見誤った事は言い訳しようも無い、タケルに似た彼等に交渉の余地があると考えてしまった事が敗因と言えるだろう。彼等の怒りが奈辺に存在するのかを確認して妥協点を探す事が目的であったがもう十分であろう。
「召喚主貴方と共に攫われた者達もまた、恐ろしい存在だ。」
ザナドゥは人型の姿を放棄し、本来の姿へとその身を変貌させる。その魔力の爆発で聖気満ち満ちたこの場の力場を砕かんと足掻く。
砕けない、破れない。魔の力場に塗り替えようと炸裂させた魔力が猛烈な勢いで浄化されていく。
「出鱈目だ!、この様な浄化っ聖魔戦争ですら見た事が無い!!、在り得ん!!!。」
それは、ほぼ絶叫に等しい。断末魔という言葉を魔物に発声させるなら丁度いいお膳立てであると言えるだろう。ましてやそれが大悪魔であるならば、キャストとしては正しい配役であると言わざるを得ない。
ザナドゥは熾天使を使役するユリを見た…それは後ろ姿であった。氷の騎兵と兵士に向けて大魔法を行使すべくそちらに集中している。
大悪魔である自分を片手間で滅ぼす、無関心なまま何の関心も無く滅ぼされる。
ザナドゥの悪魔である根幹の部分が震える、人に畏怖され、忌み嫌われて、それでも座視できない存在であることが悪魔の誉れだ、障害であらねば存在意義が無い、全てを喪った者が縋る最後の契約の糸で在らねばならない、でなくばこの身はなんと無意味で稀薄なものであろうか?。
急速に抜け落ちる魔力の行先は魔女の釜だった、本来は薄汚い魔力を煮込む場所が聖気に満たされ妖精も精霊もグツグツと煮られている。
浄化の釜。見た事など無い、聞いたことなど無い。禍々しい瘴気を纏い汚染に汚染を重ねたものが魔女の釜であった筈。ではアレはなんだ?あんな場所に落ちればこの大悪魔の身はどんな目に遭うのだろう。
足元が釜に向かい擂鉢状態に傾斜する。実際には大地は平坦なままであるが事象が糊塗された滑る足元に大悪魔は必至に耐える。
「新年早々目出度い事だ、あの太々しい大悪魔であるザナドゥの引き攣った顔が見られるとはな。」
ただ一振りの剣閃が結界を切り裂き、その男の歩みを確固たるものとする。
熾天使は破られた結界を確認して彼等の目線と剣閃からユリを隠す位置に着地する。
「デカい貸しだが返せるアテはあるか?。」
「ねぇよ、それでも返すさ。」
大悪魔の転移魔法で剣士諸共脱出が果たされる。
その場で一部始終を眺めていた三人はその正体に心当たりがあった。
「タケル君、元気そうでなによりね。」
「使い魔を助けに来るとは、案外情の深いヤツだったんだな。市井の噂もあてにはならんものだ。」
虐殺騎士とか言うあの物騒な噂か、事実だろうけど、味方に向かなきゃそれで良いとは思う。
「情の深いヤツってところには同意する、失恋して呆けてた俺にただ一人励ましの言葉をくれたやつだからな。」
驚きで目を丸くする二人を無視して一人思案に耽る。
そうなると誘拐騒ぎを起こした精霊と妖精はタケルサイドか…と。
「ユリ、タケルに敵対すると皆殺しにされるから、あの兵隊とフユショウグン以外には手は出せなくなったぞ。」
一歩間違えたら虐殺騎士の名に恥じない、お・も・て・な・しをされたに違いない。
危うく落とし魂になるところだった五人は気を取り直して戦闘へと頭を切り替えることにした。
何れにせよ敵に回したくない同郷の人間の筆頭と事を構えずに済んだのは僥倖であったと言えよう。
「大悪魔が完全に追い込まれるまで鑑賞していたのは如何にもアイツらしい。」




