第百二十五話 事情は理解るよ、でも意は汲まない
ラボの裏手の広場に積もった雪を炎の魔法でざっくり溶かしてからマジックサークルを描き、カードを一枚出してマジカルステッキで封じられたモノを召喚する。
「犯人の居場所までの路を繋ぎなさい。」
「仰せのままに我が神よ。」
魔法陣に溶け込む様に十二枚の翼を持つ熾天使は降りて行った。
「この世界に犯人が居たのか。」
世界樹の槍を物干し竿に掛けられた洗濯物の様な状態で持ちながら魔法陣の構成を読み解いている。
その足元で薙刀を肩に立て掛けてしゃがみ込み魔法陣を眺めているトモエが溜息を吐く。
「駄目、これ意味わかんない。」
この世の摂理の更に向こう側にあるような公式を読み解ける方が変態だから…ね。
「魂の残滓も使えるようにサポートしてやろう。」
ユリの魔法陣の外側に幾何学模様の魔法陣の輪が新しく縁取られていく。
地面に突き立てられた世界樹の槍が世界と世界の隙間に集められた魂を強制的に導いてどんどん魔法陣に送り込んでいく。
残念や怨嗟や怨念の言葉、或いは呪詛の叫びが時折漏れ聞こえるがタツヤもユリも何処吹く風だ。
ユリの手元に四枚のカードが現れ、更に四柱の熾天使が送り込まれる。
「頭数は、まだ出せるのか?出せるのならば、使用頻度の低そうな路を破壊して再利用する術式も組み込むぞ。」
「お言葉に甘えて、あと七柱全部召喚するわ。」
「タクマはユリを支えてやってくれ、じゃ書き換えるぞ。」
熾天使が召喚されるとほぼ同時に新しい魔法陣に描かれた外輪が励起する。
魔法に魔法を繋げて重ね掛けして、後付けのパッチのように元の効果を塗り替える。
魔法使いの常識にパッチなどはない。こんなもの既に稼働しているものに上書きする方が非常識だ。
炎の魔法に回転を途中で追加して、風魔法を後乗せ。上昇気流が生まれた所に、水魔法を混ぜて積乱雲を作り出し、雷魔法を追加して感電雷雨魔法を創るような強引な技法だ。
「なんでユリを支えさせたの?。」
「外付けバッテリーのようなもんだ、あとユリのヤル気が五割増しになる。」
目を凝らしてみるとタクマのマナがユリに吸い上げられていく様がうっすらと見える。今、私!改造されたか?ジロリとタツヤを見る。
「見えた方が都合がいいだろう、敵の魔法の初動もわかるし便利だぞ。」
「一言断りを入れろっつてんでしょ!!。」
縦に突き抜ける拳骨がタツヤの脳天に炸裂する。偉い偉い躱さなかったね、少しは反省しろい。
熾天使達が向こうで露払いを済ませたと聞き、いよいよ敵本陣へと乗り込む。
しかし、そこにある景色に四人全てが固まる。
破れた門扉、壊れ崩れた氷の庭園、所々ぬかるんだ地面と精霊と妖精の死骸、壊れた氷の兵士と氷の騎士達。
荒れ果てたテーマパークの中央に迷宮の入口があり、そこから少し遠くに氷の宮殿が見える。
「これがタクマを拉致した理由か?、斟酌してやる気にもならないな。」
「身勝手すぎるからねー、一度だけなら事故だったかもって思うけど、二度目は流石に許さないよ。」
タクマが迷宮の入口に入ろうとして弾かれる。
だが休憩所を一階に設定し、地上に書き換えなければならない手前、この防壁は、しめやかに破壊しなくてはならない。
迷宮モノのセオリーに乗っかってやっても時間の無駄だ、助けろと言う趣旨くらいは組んでやってもいいけど全部が全部言いなりになってやる必要は無い。
「世界樹の根を刺してやれば障壁は基本、無意味だから楽だ。」
世界樹に仇為すものは滅びる、と云うそれだけの効果だが、単純なだけに効果は絶大だ。
但し、仇為さないものは透過する。精霊も妖精も殺せない、だが魔法は養分として吸収出来る上に好きなように書き換えられる(書き換えには個人差があります)。
迷宮の一階に入り地上に出る。ただそれだけの行為で警報が高らかに鳴り響く。
蠢く何かが迷宮から押し寄せる、出口を得たりとばかりに精霊の圧力が高まって来る。
「ここの主がコイツらに攻められて、迷宮を創ったまでは、防衛としていい選択だったな。」
「タクマを巻き込んだりするから。全部台無しだけどねぇ。」
「これから出て来る兵隊さんを、本当に相手にするの?面倒だと思うよー。」
変身完了、ステッキ装備片手にグリモワールの正装でユリはニコニコ笑っている。
「フユショウグン討伐は金貨二十枚のクエストでな、住民等級が上がる褒賞が魅力的なんだ。」
住民等級が上がれば税率が下がる。国家貢献度も上がり、勲章など頂ければそれを売ってお金にも替えられる。
討伐難易度不明級は伊達ではない。いや、伊達なんだけど…そっちの意味では無くて…まぁいい。
冒険者ギルドと商業ギルドの掛け持ちをしている理由はちょっぴり税金が少し安くなるからだ、住民等級の上がるクエストは数は少ないが幾つか出て来る、そしてそれは早い者勝ちなのだ。
俺達は五等級国民、そしてエセルちゃんは囚人上がりなので六等級国民、つまりこの戦いは俺達の等級を上げると同時にエセルちゃんの等級もパーティメンバーとして参加しているので上がるのだ。
「粋なお年玉じゃないかと俺は思うんだ。」
愛用の大剣をマジックバッグから引き摺り出しながらタクマは笑う。
「そのお年玉の為に伊達と酔狂で倒されるフユショウグン様が気の毒だねぇ、」
トモエが長弓を構えて迷宮の入口を見据えている。
「た、戦うのは初めてだけど頑張ります。」
緊張しまくってるエセルちゃんを後ろからユリが抱きしめている。
「大丈夫だよ、私が付いてる。色々教えちゃうから、ねっ頑張ろ~。」
では、露払いは俺が担当という事で良いんだろう。
コソコソと周囲を歩き回り魔道具を設置してゴリゴリと魔法陣を書いていく。
高まる圧力の中セットした魔道具が魔法陣の効果で姿が掻き消される。
「よし、準備完了だ。」
タブレットのような魔道具を手に仕掛けた魔道具の確認を行う。万全だ。
「不安すぎるわ…。」
ユリの手元に蛇の生えた亀のカードが現れ、周辺一帯に結界を張る。逃走防止と言うヤツであろう何気にキミらエゲツないですわ。
「結界は身を護るだけじゃないのよー。」
「はい!。」
いい返事を返す弟子に、全力で頬擦りする師匠。微笑ましいけど絶対危険な未来しか見えて来ないのよね。
競り上がってくる圧力に足音が加わった。
迷宮から整列して何かが進軍してくる。




