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放り出されたセカイの果てで  作者: 暇なる人
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第百二十四話 秋刀魚と酢橘

 噴水が真っ赤に染まり、メリッサも執事も即座には動け無かった。

 加速を付けられて水面に激突したのだ、無理も無い。噴水の水深が浅いか、氷畳の地面に打ち付けられていたならば既に死んでいた事だろう。


「神が逃げ出したこの世界で、何故お前が顕現できるのだ…。」


 執事の口から零れた言葉に力は無い、時間稼ぎにもなりそうも無いただの疑問だった。

 荒い呼吸しか出来ないこの身体の傍では微弱な呼吸すら儘ならないメリッサが水の中で横たわり、全ての傷口から血が噴出している。


「私は多分、お前の知る私ではない、おっと…時間切れだな。」


 さらさらと粒子状に光をまき散らして十二枚の翼をもつ天使はあっさりと消えた、さわやかな微笑みだけを残して。



 噴水の水をゴクゴクと飲み、身体でも全てを呑み尽くしメリッサを抱え上げる頃には下半身は復活していた。

 メリッサの血の効果で復活を果たしたがメリッサが危ない。


「医務室に敵が居なければ良いのだが…。」


 弱り過ぎたこの身体ではコボルトでもゾンビでも多勢に無勢というものであった。

 ガタつく身体を無理矢理動かし、神薬のある場所を目指して歩き出す。メリッサが死ねば彼女に紐づけられた命が一斉に枯れ落ちる。

 それだけはどうしても避けなくてはならなかった。





 風呂上りに差し出されたエールの封を開けてタクマは一息吐いた。暖かい部屋がいつの間にかラボの台所傍に誕生しており、バスタオルで頭を拭きながら身体が冷えない有難さを噛みしめている。

 御節料理を重箱から幾つか小皿に移してツマミとして頂く。

 田作り、栗きんとん、伊達巻、蝦の煮物、ニシンの昆布巻きと食べていく内に違和感を覚える。


「昆布?…乾瓢??。」


 脱帽を超えるには脱毛しかないのではないだろうか?、再現するためにフラフラと買出しに出掛けていたのは知っているが、海にまで辿り着いていたとはな…と呆れる。

 乾瓢については入手経路を問い質したいが、使途不明金がまた凄い事になっていそうでメモだけはして置く、月末に帳簿を付ける際に腹を括って置く必要があるからだ。



 焼き秋刀魚が酢橘と大根おろしを添えられてテーブルに置かれる。すきっ腹にエールとツマミを落としただけでは何処にも貼り付かなかったのであろう、胃がキュゥゥゥとなって早く食えとばかりに急かす。

 秋刀魚の頭をツマミ背中を頭から尻尾までグニグニと押していく、お客さん凝ってますねーとばかりに秋刀魚の背を揉む。

 遅れてご飯と味噌汁が出て来る。既に胃袋をガッツリ掴まれている感があるが、そんなもんここにいる全員がそうだ、既に今更な話だ。

 背中から箸を入れてスーッと背骨に沿ってスライドさせると秋刀魚が背開きになる。

 首元の背骨をポキッと折って外し尻尾際の皮をプチリと切れば背骨は三つに折って皿の隅に置く。

 腹の薄腹部分を箸で数度摘まめば肋骨がこれでもかとばかりにするりと取れてくれる。塩秋刀魚は生秋刀魚と違って割とこのあたりも食べ易いのだが小骨が苦手な性質の俺は結構神経質に取ってしまう。

 そうこうしているうちにユリとトモエも着席しそれに合わせて秋刀魚が届く。計ったように届く。

 そして二人が背骨を取り除く頃合いに飯と味噌汁が届く、配膳はエセルちゃんが担当だ。

 エセルちゃんが秋刀魚を持って着席し、台所では火が上がる。フランベでもしているのだろう、昔は一々驚いたものだが…ああ、エセルちゃんのその反応懐かしい。目を大きく見開いてタツヤを見ている。



 秋刀魚の身に酢橘をつーっと掛けておろしを乗せて広げて醤油を少しだけ落としていく。

 塩秋刀魚なので醤油は香り付け程度で構わない。塩分過多で先に逝きたいヤツを俺は止めたりはしない、美味い物を美味いと思う食べ方で食って、それで死ぬなら本望だろう。

 ストレス溜めて彼是指図されて不味いもの食って死ぬのは御免蒙りたい。



 白飯と秋刀魚、そして秋刀魚の臭みが一気に口から一掃される味噌汁、リセットされた心でまた秋刀魚を味わえるこの黄金の三角形は正に和の心では無かろうか。

 噛みしめれば噛みしめるほどいい味の出るブレンド米だが、最初の頃より今は格段にうまい。

 コシヒカリと比べれば?と言われると聞かなかった事にしたい、贅沢極まりない話だ。



 エセルちゃんにはご飯と味噌汁が遅い。不手際か?と思ったがユリとトモエに魚の骨の外し方をレクチャーされている。トモエが師匠で姉弟子がユリで孫弟子がエセルちゃんであるようだ。

 皿を見れば判る。



 不意に懐かしさがこみあげて来る、母と妹と末の妹の三人を思い出したのだ。

 我が家は父がトラック運転手、大型長距離ドライバーで頼もしく逞しい親父であり、俺達は何の不自由も無く暮らしていた。俺が行方不明になった後の事は知る由も無いが、父の留守中はさぞ心細い事であろうかと思う。

 許せと願えど言葉は届きようも無い。中高大一貫教育の学園での修学旅行がこんな形になってしまうとは流石に予想できなかった。家から近くにあり、バイトしながら家に金を入れられる良い学校だったのだが、こんなことになるのならば滑り止めに選んだ学校の方が良かったかなと思う。

 卒業旅行も学校が用意したものでなく、友達とだけで出掛ける旅行にすべきだったかとも後悔してみたりもする。そんな金銭的余裕が無いからそもそも選ぶ可能性の無い選択肢を思い返しても仕方が無いのは判っていてもついつい考えてしまうのだ。

 そして、いつも最後に納得できるifがある。

 此処に居なければ俺は、確実にユリと出会えていない。そう思えば正しい選択だったと思える。

 家族には悪いが、男は何時か一人立ちするものだ、好きな人を見つけて子供が出来れば、俺は迷う事無く父の様な男になりたいと思う。

 俺は恵まれていたのだ、今、この世界に来て、どれだけの餓死者や貧困の果てに命や身体を売り、一杯の飯の為に人を殺す、そんな人々を見て猛省しつつも父と母への感謝だけは忘れたくは無い。

 俺の出来る事は、二人に育てられた俺が道を踏み外さない事。



 だから、見守っていて欲しい、俺のついででいいから、此処に居る皆を。

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