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放り出されたセカイの果てで  作者: 暇なる人
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第百二十三話 「の。」

 ラボにあった材でテーブルを作り、壁に毛皮を張り巡らせて暖かい空間を作る。

 天井に設置してあるクレーン装置で天井を低くするために板を吊るし、隙間を毛皮で埋める加工を突貫で施している。

 吊り天井として用いている板材は、普段毛皮を打ち付けて、伸ばしたまま乾かす板なので、ごく簡易的なモノだ。天井を低くしようとする理由は、暖かい空気が上へ上へと向かう特性がある為通常のラボの天井の高さではどうあがいても部屋が温まりにくい、そこで上に昇る熱を天井に当ててそれ以上上昇させないようにすると言う理由だ。



 暖かいスペースで即座に眠れるようにしておけば、店舗の二階まで帰って寝ると言う無駄な時間を節約できる、この季節は雪道を歩く間の湯冷めも怖い。

 流石に隙間風の多いラボが拠点になる可能性を考慮しておらず、そういった設備は炬燵が一基備えられていた程度でしかなく、不足していると言わざるを得ない。



 風呂はラボにあるのだが二階に女子、一階に男子で分けられている半分露天風呂状態なので困った事にこれまた寒い。



 雑煮の餅を焼くための七輪を並べ、台所への移動ついでに燃えやすそうなものをラボの隅に纏めておく。

 漬け樽からサンマの塩漬けを取り出して水に晒して塩を抜く。減塩処理などされていないガチの塩の塊なので現代的な軽い塩抜きだと、確実に脳の血管が逝く。

 昆布だしと鰹だしにみりんと醤油で作られた万能出汁を片手鍋に適量移して温める。

 しれっと昆布と鰹があるが、これもまた使途不明金によって創られた日本人には欠かせないブツである。

 ラボの裏にある犬小屋が三段重ねになったような建築物が燻蒸機、その横の物干し棒が並んだ物置っぽい縦長の建築物が乾燥箱である。

 そこには高野豆腐や凍み蒟蒻が待機しており、タクマの説教を今か今かと…。


「いや、待ってねーよ。」


「どうしたの?お兄ちゃん。」


 独り言だよ、と答えてから、植物園から採って来た三つ葉を刻み湿らせた布巾に並べて冷蔵庫に待機させる。

 巻き簾で巻かれた長細いギザギザした形状の練りものを斜めに切りそれもまた濡れ布巾に並べて冷蔵庫へとしまう。


「の。」


 大精霊が形のジェスチャーをしているが恐らく、全く伝わっていない、それ平仮名だしな…。

 台所からおいしそうな匂いがラボに漂う。ラボの台所は店舗の半分サイズではあるが他人に見られたら盗難必至の魔道具だらけの台所だ。


「力作だが誰も使わない魔道具というものもある。」


 左右に把手が付いた籠に皿をずらっと並べて魔道具に入れて蓋をする。お湯と洗剤がスプリンクラーから噴出して徹底的に皿を洗浄し、ブザーが鳴ると同時に洗い上がりがお知らせされる魔道具だ。

 不採用理由、魔石の消費と釣り合わない。

 手荒れの原因を断てると思ったのだが費用対効果が悪すぎたようだ、無念。


「お兄ちゃんの魔道具は、お姉ちゃん達の言う通り早すぎるんだよ。」


「そうかー。」


 ここにある厨房器具はこの世界にはまだ登場していないもので溢れているが、タツヤも全く無意識で制作しており、エセルちゃんもそういった業界に詳しいわけではないのでツッコミを入れられない。


「じゃあ、そこのカシナートで挽肉合わせていくか。」


「はーい。」


 電動調理器具の模造品魔道具である。時代としては、そんなもん何処にも登場してねーよ、なブツである。

 迷宮にあるだろって?さぁ?何のことやら。





 タクマ達が休憩室に辿り着いて書き置きを確認したのは昼も一時を過ぎた辺りであった。

 当然と言ってはなんだが疲労困憊、空腹の極みであると云えよう。


「おかえりー、皆装備外しておふろおふろ。」


 エセルちゃんのお出迎えから三人は幽鬼のように風呂場へと姿を消す。返り血などのグロテスクなものは無いが、流石に汗は掻くし疲労はする。

 熱い風呂と力の付く美味い飯というものは、何時の世でも、どの世界でもセットのようなものであるだろう。温泉大名武田信玄公も必ずや同意してくれるものと信じてやまない。



 この一件が片付いたら温泉でも提案しようかと考えながら飯の支度を続ける。御節にプラスアルファするだけだが、心尽くしは大切だ。

 飯の後は迷宮を別の視点から観測するとしよう。

 上手く行けばタロウから受けたダメージが残ったままの相手と戦えるかもしれない。





 全身の骨が砕けていた。何故に想定外に過ぎる魔物が迷宮に居たのかは知らない。ただアレは純粋な殺意でのみ、愚直な突撃でもって、わらわの全力のマナで張り巡らせていた、精霊結界を貫いて来たのだ。

 初めての死は人の姿を持っていた頃であっただろう、その記憶は遠い遠い過去、妖精に至り精霊に至り大精霊寸前までに至りて肉体を与えられた。生物では上から数えた方が早い存在のわらわで合った筈。

 だがそれは良く分からぬ場所で買ってしまった殺意により、一瞬、ほんの一撃で滅びかねない脆弱さであると知らしめられる事となった。


「ただの牛に精霊結界を突き破られる事など、あっては、あってはならぬのぢゃ。」


 力が入らない身体にか細い声、なんとなんと弱々しいものだろうか、下半身が無くなって上半身だけの姿になった大悪魔は平然と一礼し、メリッサの身体を再生している。



 迷宮全体にじわりじわりと染み入る何者かのマナがある。

 最初一点を穿ち草木が根を張るように硬い大地を割り進む様にやって来るマナがある。

 クラり…と眩暈がメリッサを襲う。懐かしさよりもずっとずっと不快な過去の記憶が競り上がってくるような、それは浸食に似た厭らしさで迷宮とメリッサを襲う。

 襲わせたのは此方だった筈、あの封印された者を差し向けたのは牛とは関係の無い者だ。

 行動を起こす前に気付かれるとはどういう事だろうか。



 全てが反撃の方角を向いている、動くなと言う忠告など誰からも与えられなかったと言うのに全てが裏目裏目に出ている。

 襲って来た氷の騎兵も兵士も、何もかもを地下迷宮に押し込んだ、精霊も妖精も命令と再生装置を与えて纏めて蓋を閉めたはずだ、時折マナの補充と戦力の拡充も行っている。

 精霊と妖精の残念の思いも纏めて面倒を見ているというのにどんどん零れ落ちて奪われる。

 何者か生きている者達が紛れ込んでいると知り、様子を見に行けば殺されかける。


「最初の激突の際に取り零した者達の魂は何処へ行ったのぢゃ。」


 上半身だけの執事が恭しくその疑問に答える。


「魔女の釜で既に煮られた後で御座います。恐らくは逆鱗に触れたものかと。」


 唐突に涙が零れ落ちる、あの者たちの間違いを弁明しても最早救えない事に心が乱れる。

 だがどの様な間違いを犯せばそのように惨い仕打ちを受ける事になるのだろうか、怯える心ひとつ隠せずに執事を見ると、嫌に落ち着いた顔で其れにも答えをだす。


「魔女の恋人を攫って助けを求めたのです、瀕死で人を選べなかったとは言え、取り繕い様が無い人選であったと言わざるを得ません。」


 寝室の床が輝き、十二枚の羽根を広げた熾天使(してんし)が魔法陣から顕われて大魔法での通路連結を果たす。

 身動ぎ一つ出来ないメリッサに短剣を携えたコボルトとゴーストがゾロゾロと魔法陣から現れ飛び掛かって来る。

 精霊結界に阻まれて初撃は無事であったものの、熾天使が指を鳴らすと精霊結界が砕け散る。


「不味い!。」


 蝙蝠の執事はメリッサを抱えて全力疾走を開始する。

 血塗れの翼でフラフラと飛翔してバルコニーから中庭へとダイブした、熾天使に回り込まれ頭の上で美しい直立不動の姿勢を取られてしまう。


「落ちろ。」


 そして、二人は噴水に落水した。

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