第百二十二話 彷徨える黒い弾丸
新年早々鏡割りならぬ魔核割りを、戦い初めとして氷の兵士と騎士を破壊して回る。
現在自分たちの居る階層の最後の部屋でタロウを発見し、新設というより手作りされた階段を見つけた。
「急造というか石垣作りというか。」
周辺の壁は石を抜かれてボロボロになっているあたり氷の兵士の仕業に間違いなさそうだった。
つまり侍大将はもうこの階に居ないと言う事になるだろう。
一頻り暴れて気が晴れたのかと思えば上階に昇ると早速タロウが蹄を鳴らして氷の兵士を蹴散らして行く。但し鞍上には三人騎乗している。
「怖いよっ、なにこれ、すっごい怖いよ。」
トモエが喧しいが仕方あるまい、タロウの全力疾走を知っているのは俺とユリくらいのものだ。
障壁魔法を張って氷の兵士の残骸や破片を、壁際に飛ばして進む様はさながら除雪ローダー車のようであった。
「魔核魔核~。」
要領の良いユリは安心して放って置けるので、今は前だけを見据えて構えるのみだ、先程鞍上などと言ったが鞍など付けていない。裸牛のロデオだ、但し何時もの戯れのように暴れはしない。
春になったら草原で存分に遊んでやろう、眼前に居並ぶ騎兵に槍を振り回しながら膝でタロウの背を締めて体制を安定させる。
「いいぞ、タロウ蹴散らせ!。」
「召喚陣見つけるの忘れないでね、増援送らなきゃ。」
「わかった…、タロウあっちの臭い魔力の方角だ、虱潰しに行くぞ。」
人牛一体。魂消るわね、そりゃあ牛の強さは知ってますよ、でもこの仔は凄まじい。
先ず武器を一切恐れていない、こればかりは馬もそうだけど天性のもの、音や光に敏感過ぎる仔は大成しない。魔物だからと言ってもこの仔のような闘争本能の塊でありながら、尚且つ頭のいい仔は滅多にいないだろう。
こんなのばかりなら人の町は更地になって草原に還っている筈、だってグレイトフルバッファローの生活環境で最も適している場所は草原なのだから。
猛々しさばかり謳われるけれども実はこの仔達の本質は真逆、他種族が住むことにかなり寛容な性格をしている。
武器をもって寄って集って鏖殺するような卑怯者を彼等は許さない。文句があるなら一対一でぶつかる、そして勝った方に従う。彼等の世界の処世術は酷くシンプルだ。
ユリが餅搗きの際に練習し実践していた、あの魔法の手で魔核を集めている。そんなユリの手伝いをすべく魔法の手を出して操ってみる。
「むぐあっ。」
淑女らしからぬ声が出てしまう、魔法の手を出した途端、マナを一気に持って行かれたのだ。
片手に形を与えるだけでこんなに、おっそろしい消耗度とか非効率だわ。
取り敢えず四本の指を消して魔核を掬ってくるだけに特化する、製氷機で使われるアイススコップ形状で十分だと思う。邪魔な氷はアームを灼熱させて魔核だけを選り分ければいい、マジックバッグから出すときに溶かしても構わないはず…水浸しになるけれど。
「ポロみたいだな、やった事はないが馬でやるゴルフみたいなものだ。」
ゴルフか、確かにそれっぽい。
「わーたーしーはー鍛錬込みだから手の形状維持しーなーいーとー。」
ベルトコンベアーの前で怒涛の速度でキズものを選別する熟練工のようなユリに脱帽しながら魔核集めに精を出す。軽く牛酔いしながらも目的地に到着、私とユリでモンスター召喚をしている間にタロウとタクマは召喚部屋の前で敵を迎え撃っている。
当然の事乍ら、私達二人が降りて身軽になったタロウの速度は五割増しになる。
ユリの障壁がなくなるがタクマの足だけは保護する障壁魔法のお陰で下からの攻撃にはかなり強い。
馬と違って足が短いが関節が太く頑丈な牛、馬と違って体高が低いはずの牛なのだが鞍上の騎馬とタクマの高さはそう変わらない。
それは端的に、タロウの大きさが馬よりもかなり大きい事を意味する。
タロウの踏み込みとタクマの振り下ろしがシンクロする。騎兵と馬が丸ごと両断される絵面など漫画でしか見た事は無い。目の当たりにすると圧巻過ぎて怖いわ。
「今度は通路を先に開いたわ、さぁ召喚するから魔核ジャンジャン入れちゃって~。」
観戦は一先ず終わり、さてスライム系を流し込む作戦を提案しましょうか、何でも溶かすスライムは本来ファンタジーでは強い部類なんだから。
目を覚ますとエセルちゃんと大精霊のクーちゃんが挫折のポーズで地面相手に黄昏ていた。
二人の肩に手を置いてポンポンと叩いて慰める。何があったか知らないが女の子は元気でいて欲しいものだ。
気を取り直した二人と共に壁に掛けてあったハンマーを担いで外に出ると以前見た時と通路の形状が変わっている事に気付く。
無精者の機械任せ地図を起動させると現在地と後ろの部屋しかデーターに残っていない。
「部屋ごと階層移動してる。」
エセルちゃんと大精霊に気付かれずにやったとすれば大したものだが多分違う。
タクマが階層移動するとここの扉が休憩室に繋がるようにフラグが立つのだろう。
取り敢えず室内に戻りエセルちゃんと大精霊を伴ってラボまで戻ることに方針転換した。
「飯作って待とう、皆腹空かして帰って来るだろうからな、エセルちゃんとクーちゃんも手伝ってくれ。」
持ち出したハンマーを使う事無く壁に立て掛けて、デスクに書き置きを遺して、魔法陣に立つ。
古い話を持ち出すまでも無く、腹が減っては戦は出来ず、である。
「階段が無いわね。」
「嫌なところにある構造だからな、一番早い移動手段は四階にあるアイテムが無いと使えない。」
平たく言うと五階から九階丸ごと探索するだけ無駄な罠の階層なのだ。ただし、それは上から下に向かう場合であって、下から上に向かう分には十二分に効果のある罠であった。
クルッと地面が回転するターンテーブルの罠や大量の槍が底に据えられている落とし穴だとか、わりとえげつない罠が氷の兵士達に発動されてバレバレな状態で確認できる。
只のダンジョンに数千人の兵士が走り回ればさもありなんというヤツだ。
「魔法使いの爺さんが復讐とアミュレットの奪還に向かった冒険を今やらされているわけだが、俺達の世代でプレイしたことのある猛者はそうおるまい…。」
「うん、何言ってるのかサッパリだよ。」
凄くいい笑顔でトモエにバッサリ斬られた。




