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放り出されたセカイの果てで  作者: 暇なる人
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第十二話 真面目で丁寧で手先が器用

 魔法伝令を介した伝令も、汚い言葉や華美な修飾語を取り除いた上で、簡潔に且つ精確に纏めなおした後、国王陛下に届けられるか口頭で伝えられる。

 武人の気風を強く持つ国王の命令で今代から施行された制度ではあるが、上々な滑り出しのようだ。


「敵左翼は既に瓦解、目下我が右翼軍、中央軍への合流を果たせる位置にあり、ご下命在らば何なりと。」


 随分とのんびりした行軍…どころか前進を止めている事を示す戦況報告に、些か眉根をひそめつつ、鈍重な右翼軍に現状と為すべき事を簡潔に伝える事を選んだ。


「ご苦労、だが休まず敵本陣へと進軍せよ、寧ろ行軍の遅れを取り戻すべく突撃せよ。と伝えよ。」


 訝し気に見上げて来る伝令兵に、国王は面白くなさそうな目で答える。

 何の故あって目線を合わせて来るのか不快であった。

 何か命じようと、思ったところで目の端を黒い影が横切る。


「お前が遅れれば遅れるほど右翼軍のターナヴィ伯爵旗下の者達は功を得る機会を失うのだぞ、一字一句(たが)える事無く、ご下命を確かに伝えよ。」


 国王陛下の傍からそっと歩み寄ったダン・シヴァが伝令兵に噛み砕いて説明する。

 ハッとした表情と面白くなさそうな表情が混ざった奇妙な顔をした伝令兵が微かに鼻で嗤うのを見逃さなかった。

 ダン・シヴァは、一撃キツめの拳を無拍子で伝令兵の鼻梁に打ち込む。


「そこな衛士、この男をとっとと御前より下がらせ投獄せよ。その隣の貴君は、今のご下命をしかと伯爵に申し伝えよ。魔法伝令の許可も与える。」


 二人の衛士が進み出て鼻を押さえて悶絶する伝令兵の頭に袋を被せて手足を拘束し担いで運び出す。

 三人目の衛士が小声でダン・シヴァの傍により意向を窺う。


「不敬罪でしょうか…。」


「馬鹿者、国王陛下を睨み、尚且つあざけったとあっては反逆罪だ、伯爵まで累が及ぶ前に手を打て、伯爵には内々で部下の為した罪を教えて差し上げよ、今なら大きなことにはならぬし、そう計らえるともな。」


 衛士は静かに一礼し、立ち去って行った。

 恐らくは伝令兵に潔い自裁を薦める手筈を整え、伝令兵の名誉を守ってくれる事であろう。


「気苦労が堪えぬことよの、ダン・シヴァ。」


「誰が真の主であるかを弁えておらぬ犬を国王陛下の傍に配した伯爵が、もう少し苦労すべきなのです。」


 憮然としてこめかみを揉むダン・シヴァを面白そうに眺めながら、尚も問う。


「ターナヴィは間に合うと思うか?。」


「御戯れを……、間に合わぬと思ってのご下命でしょうに。」


 頭痛が増したかのようなダン・シヴァの仕草に、愉快そうに語り始める。


「我ら本陣が相当前進しておる事に気付かず、彼方後方から命令待ちをするなど、連携の基本も分かっておらぬ。いっそ、この本陣を背後から強襲したいので合流許可を、とでも言えば良かろうに…手痛い地獄をお見舞い出来る好機であると云うものだ。」


 手元の巨大魔法陣が描かれた巻物で肩をトントンと叩く。

 軽々しく扱っているが、対象を生きたまま魔界に落とす危険な魔法。


 広域大殲滅呪文書 邪界(ネメ)投棄(シス)である。


 切り札を文字通り手に持ったまま、戦況に係わる多くの報告を纏めたものを手にして、幾つかダン・シヴァの意見を聞く。

 粗方状況をまとめ終わり、幾ばくかの間を置いて更なる前進を将軍たちに命じる。


「奴隷上がりで、捕虜上がりのあの小僧、戦況の早回しが得意なのか?。」


 そんなことは知る由もない。ただ物凄く真面目で勉強家であり、丁寧な仕事ぶりには家人からのお墨付きがある。

 紙を折って造ったという鳥や馬や花などを使用人経由で妻も手に入れていた。

 そういった器用さが戦場でどのような意味を持つのかは知らないが、馬にも乗れない成人したての男という印象しかない。

 そういえば愛馬を貸していたなと思い出す。


「それはなんとも…ただ、ここ最近戦場に連れて行ってやれなかった、我が愛馬を与えておりますので迂闊な事でもしでかさない限り死ぬ事は無い、とは思います。」


 問うた事に答えを得られぬと知り残念に思いながら、何やら重大な事を口走っていると感じた。


「違う違う、見た目でも軍備でもない、頭の中身の話よ…と…あの戦場好きの黒馬を与えたのか?。」


「この通り私は、何の因果か戦場から離され、このような処に居りますので。」


 それは言外に「こんなつまらん場所よりも前線に行きたい」と言っているようなものだ。

 気を取り直してダン・シヴァの仏頂面を見据えて言いたかった言葉を解き放つ。


「お主にもあの馬にも重ねて言い置きたい事があったわ、───戦場は散歩する公園ではないぞ!。」


 何やら軽いトラウマがありそうな言葉を浴びせかけられたが、心の篭ってない一礼で受け流し、憮然とした態度で地図を見つめる。

 新しく書き込まれた氷の(アイス )宮殿(パレス )が様々な氷の建造物で一大テーマパークのような何かに姿を変えていたのだ。


「あ奴の依頼で冷気魔法を行使しようと試みた処、氷精が呼び出され精霊共の遊び場となったようだ。」


 逐一報告されては描き加えられる地図の中の建造物に好奇心が大層刺激されている国王陛下を見て。

 間違い無く直に見に行く旅程が加えられる事に今から頭痛がするダン・シヴァであった。





 大きな力を持つ何かが顕現した場所は人間の支配下を離れ、独立した何かになる。

 多くの場合は人間が立ち寄れるような場所ではなく、精霊や神格の高い者達の支配域として接収される。

 そんな場所に人間が通っていい道が割譲されているのは前代未聞だった。



 そして今左翼軍は宮殿前の街道を越え、ダン・シヴァの右腕が指揮する部隊との合流を果たさんとして懸命に進軍を続けていた。

 無人の野を進み、水場の情報も得て地形の情報も精確となれば軍隊は速い。

 それでも先行軍が恐ろしい速度で進み過ぎた分、合流が遅れている。

 これでは左翼軍指揮官が焦るのも無理はない。

 大規模な戦闘の痕跡と驚く程多い敵兵の遺体、王都に運ばれる戦利品の山を確認してしまうとここから先に果たして得るべき戦功が残されているのかと、気もそぞろであった。



 たかが四千の精鋭騎馬隊が数万の騎馬隊を殲滅している、現実とは思えない戦果を訝しがっていても、運ばれていく軍馬と乗ってきた軍馬を交換し補充をし、尚余っている事実がそれを裏付けていた。

 これでは立身出世を願って戦場に赴いている兵士達の士気にも大きく係わる。



 足の速い部隊だけでも速く合流させねばならない、氷の宮殿の前を通過して安全を確認してから、彼は騎馬隊の全てを兎に角合流させるべく先行させた。

 そしてこれが彼にとって最大の戦功となり叙勲をうける事となる。

 氷精の動向を恐れていなければ、もう少し早く合流できたであろうが、普通の人間にそこまで太い胆力を期待する方がおかしいと言うべきだろう。

ルビの位置ミスってました。

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