第百十七話 煩悩を祓うのは夜です
タクマの病状から搬送を断念した俺はユリに一枚のメモを渡しトモエを従えて牛舎へと戻った。
エルフ二人を引き連れてラボへと戻り入浴を済ませて居間の炬燵へと集合する事とした。当然エルフ達も入浴させたが、熱いお湯に動揺し手間がかかる事、この上ない入浴であった。
基本的に命令で全て実行させたので大過無いと言えばそれまでだが。
「目的は達成したが、世界樹の決定により樹上での生活は否定された。」
槍が鳴り、エルフ達の背筋に緊張が走る。
曰く足蹴にされるのはもう懲り懲りであると言うお達しだ。自然との共生と調和に失敗したエルフ族なんて前代未聞じゃなかろうか。湯呑みに白湯を注ぎながら溜息を一つ吐く。
エルフ達は隷属者のままなのでラボの寝具で寝て貰う事として、俺とトモエは店舗まで雪を踏み踏み歩いて帰る。
「今日は疲れたな…。」
「そうだね。でも助かって良かった。」
濃密な一日を超えて店舗二階の布団に潜り込んだ瞬間、加速魔法の後遺症で全身の筋肉が暴動を起こした。
受け入れよう、声にならない絶叫を堪え乍ら、俺はそう思った。
十二月三十一日、目覚めれば大晦日である。
魔石七輪でトロ火を安定させて鍋で黒豆を煮る。やわやわと温めるが如く煮る、皮が破れたら敗北だ。
エルフ族から貰った栗も皮剥きしてアクを取り甘露煮にしている。ここでも魔石七輪の出番だった。
便利過ぎるが量も客席分製造してあるので何時でも鍋料理が出せる、問題は人手が全然足りないって事だが…。
さて今日は店など開けていない。店舗内は正月食材を各テーブルで調理しているという混沌ぶりだが御節料理は手を抜ける手段が存在しないとこれほどまでに場所を食う代物なのだ。
エルフ二人にはさやえんどうや野菜の煮付けなどの里に帰っても有効的に活用できる料理を手解きしている。頭が良すぎて馬鹿をやらかしただけなので物覚えは良い。悪意に染まらなければ…と思うが、だからこそ染まり易かったのだろうと思えなくも無い。
蝦を殻ごと煮たものを火から降ろして冷まし、海に思いを馳せながら川魚で兜煮を甘辛く作る…延々と煮汁を煮魚に掛け続ける作業を一言で流すのは如何なものかと思いながらニンジンを桜型に切り、銀杏の殻を軽く割ってふたを閉めた鍋に重しを乗せて乾煎りする。爆発するからね…エルフ二人がビクッとしている。
凄まじい塩が入った樽から塩漬けの若芽を取り出し塩抜きをする。海魚もこの方法で輸入されたり運搬されたりするが、正直塩辛くてキッツイ。
エセルちゃんがお店に訪ねて来たので事の顛末を話しながら里芋の皮を一緒に剥く。
大精霊クーちゃんから粗方聞いていた様だが今のユリが着ている衣装の正体が知りたくて堪らないらしい。
タクマが好きな性癖であると、ハッキリ言いたいのだが、名誉のために其処は伏してやりたい。アイツが目覚めて一番最初に見るものがアレなら絶対墜ちるだろうと確信をもってお勧めできる。
ユリにできる最良のアドバイスが、あんなものしかないのかとハリセンを喰らったがどんな衣装かを精確には見ていない俺にはあずかり知らぬ事であった。
際どかったり可愛いフリフリであったりなどは一切書いていない、もしそうならそれは本人の意志だ。
竹の子をスライスしている俺の横でエセルちゃんは煤竹を剥いている。
調理技術はトモエよりエセルちゃんが上、そして先輩である。エルダーエルフの長老は野菜の目利きが達人クラスであったので市場に出向いて貰ってエルフ料理を一品教えて貰う事にした。エルフの娘はそれに先だって里に調味料を取りに走って行った。絶対に外せないエルフ料理の根幹を為すものがあるのだという。
「辛いとかそういうものじゃないだろうな?。」
と尋ねると。
「タキトゥス人じゃあるまいし…、まぁ期待して貰っていいですよ、私、この料理だけは自信があるんです。」
辛くないのは良い事だ、カレーの辛さは許せるけどね。ああ、食いたいなカレー。
山で発見したアカマツの根元に生えるアレを一本づつ土瓶にの出汁に浮かべ蓋をして寝かせる。
研いだもち米を水に晒しておく、上新粉で団子を作る手本を見せてエセルちゃんとトモエに任せて小豆を煮ている鍋の面倒をみる。
「それなんですか?板長。」
「これはぜんざいだ、善哉と書いて”よきかな”と読む事も出来る。非常に目出度いと言う気持ちを噛みしめる言葉だな、老人語と言われているが、心を落ち着けてゆっくりと”よきかなよきかな”と言ってみると中々な味わいのある言葉になるぞ。そして甘くて美味い”ぜんざいぜんざい”だ。白玉浮かべて味見してみるといい。」
お椀に二杯ぜんざいをよそい、二人に手渡しすと鍋を火から降ろしてつぎの鍋を乗せる。
七輪たちに休憩は無い。頑張れ!、俺は応援しながら酷使する!。
タクマの件で大わらわになり乍らも辛うじて手配して用意した正月食材をきっちり食して貰う。
良い新年を迎える為に仕上げを急ピッチで行う。下拵えしてなかったら絶対間に合わないものだらけなんだけどね…。
くわいの皮を剥きながら大鍋の蒸篭から立ち昇る湯気を確認する。蒸し料理の大攻勢が始まる狼煙であった。
地下迷宮休憩所ではタクマに掛けられた回復魔法が氷の兵士達のマナを用いて行使されていた。
タクマの隣で祈りの姿勢のまま膝を着いて左手を両手で握るユリの姿がある。
その上にユリとは少し趣が違うが同系列の衣装を着た熾天使が歌う様にタクマの命を言祝いでいる。
「絶対…大丈夫…だから帰って来て。」
タクマの身体が輝きに満たされ始める。愛と情熱に呼応して熾天使が赤く燃え盛る。
今部屋は愛に満たされており、勝手に入室などすれば其の熱さで焼け死ぬ事であろう。
全身包帯塗れの男は病院で術後に着せられる服とT字帯だけと言う出で立ちである。
毛布と布団でガードされてはいるが飛び起きでもすれば危険極まりない恰好である、さて、タクマは寝起きでいきなりどんな対応を見せてくれるであろうか?。
ミニスカナースの熾天使とマジカルナースの魔法使いが目覚めた勇者にしがみ付く。
ブレイブ・ロックのある部分がブレイブになったかどうかは皆様の想像にお任せしよう。




