第百十六話 魂の窃盗犯
「魂と言うものが存在していると言う事そのものが本来はファンタジーやオカルトなんだが…。」
トモエに睨まれる、そこ否定したら怒るかなとは思ってました。
気を取り直して説明を続ける。
「事実としてこの世界には魂は存在していて、誰かが暴食しているかのように集めているみたいだ。」
ユリは目を瞑り世界中の何かを感じるようにマナを揺り動かす。魔法使いと世界樹とでは感じ方は違うだろうしそうなるだろう。
戦争のあった地には幾らなんでも彷徨える魂の一つや二つあっても可笑しくは無い。ところが虫食い穴のように世界中のあらゆる紛争地帯に魂の無い真空地帯が存在しているのだ。
つい最近大規模な殺戮があったとされるアバネス砦の辺りなど、怨嗟と怨念の渦巻く危険地帯と化していても不思議ではないのに、調べてみれば清浄な聖地か何かの様な穢れの無い美しい場所と化していた。
このわざとらしい美しき場所は、タキトゥス湖やリーサンパ温泉街もその対象に当て嵌まる。
「ユリならば感じ取れる筈だ、ミミズやモグラが大地を掘りまわるように世界中に路の痕跡が網のように張り巡らされているのを。」
何者かが神出鬼没に世界を巡り、魂を集めて好き勝手に振舞っている。路を舗装する為に膨大な魂を使ってこのネットワークを作り出しているのだ。
「そうね、これなら何も新しい魂を集めなくても、一寸手を伸ばせば…。」
「ああ、手あたり次第強奪して路を舗装できる。そう考えているが…出来そうか?。」
ユリの前に丸い鏡の様なものが顕われて彼女の身体を通過する。マナで編まれた衣装に身を包み空間の隙間から杖と魔導書が顕われ、カードが一枚宙に浮かぶ。
「遍く時、人を渡る暗闇の力、貧窮に喘ぐ者を救いし義賊の魂、ユリ・ニシダの名の下、今ここに封印より目覚めて我が命に服せ!。」
一人の義賊が胡坐をかいて顕現する。実体などは無いがその魂は高潔無比なる義の伝承に彩られている。
千両箱に不敵に腰掛けながらユリと目を合わせてニヒルに笑う。
「希う、不埒で邪なるこの路を、我が支配の及ぶものと成さんが為に、悪所を結ぶ道を紡ぐ魂を有らん限り、成らん限り奪って盗め!命令執行。」
大義賊は音も無く立ち上がり姿を消す。彼の高潔なる魂に惹かれて眷属となった者たちを従えてご下命を実行するために。
妖精の小路を包むようにユリの魔法陣が描き加えられ、乗っ取りが開始される。
魔法の埒外に存在する魔法の真骨頂。理解さえ及べば彼女は彼女の都合が良いように事象をリライトできる。
世界を丸ごとリライト出来て仕舞えばもっと楽になるが、この世界が求めて止まない者が、一体なんなのかと言う理解が解答まで及べば虫唾が走るし、そんなモノに堕したくは無い。
エルフ族の捏造の全てを書き換える一仕事を終えて戻って来た、大精霊がユリの大魔法を目撃している。
あの大精霊は観測者、その果てに何を望むかは解らないが、魔法使いの何たるかをユリに教育されている無垢な少女の眼線で、煌びやかでポップ&キュートな大魔法の虜になっている。
見た目はマジでエレクトリカルパレードか何かだ、キラキラ輝く七色の”魂”が暗闇の裂け目からぞろぞろと”盗まれ”て”連れ去られ”ている。
リズムに合わせて不要な五線譜に彩りを添えるように魔法陣へと行進している。
ハハッ!皆ドリーミィなセカイへようこそ!。
白い手袋と赤い半ズボンでも履いてお客様をお出迎えでもした方が良いのだろうかと考えた辺りで牛舎の壁に掛けてあったハリセンをトモエが手にして素振りする。
解ってる、僕達が用意できる、限界の〇ッキーはお出ししないから安心して欲しい。そしてそのハリセンをどうか壁に戻して欲しい、いや、戻して下さいお願いします。
斯くして妖精の小路は七色に輝くマジカルロードと姿を変えてユリが支配する堅固な路へと姿を変えた。
慌てて中に入ろうとするユリを制止して先ずは男の俺が実験台として突入することにした、念のため魔法で編まれた命綱を手にして。
「では実験体突入する、安全が確認されたら命綱経由で伝えるから待っていてくれ。」
魔法陣から静かに路へと侵入を開始する。
天地を意識すると上下が生まれるが此処は一つ目的地までの時間短縮の為にラベリングを決行することにした。
現実世界ならば手の皮は剥けて股の皮が擦り切れそうな速度で路をグングンと自然落下レベルの速度で降下する。
何時しか天地が産まれ、薄暗い部屋に俺は降り立った。ベッドに倒れ伏したまま動かないタクマの脈を取るために首筋に手を伸ばす。
「まだ暖かい。」
彼女たちに合図を送る前にやらなくてはならない事がある。
高電圧による電気ショックを与える魔道具や心電図をとる魔法具などの医療機器を手当たり次第に並べ気道確保してマウスピースを噛ませて人工呼吸器を装着する。
心臓マッサージを開始し高電圧で心臓への刺激を与える。
死体としての鮮度は問題ない、まだ間に合う。
自発呼吸が再開され、心拍が戻ったのを確認して人工呼吸器を酸素供給に切り替えて他の魔道具を片付ける。
魔法式を励起しタクマの全身の細胞の状況を確認し壊死した部分を片付けて慎重に増殖再生を行う。
脳へのダメージは無さそうで本気で安堵する。
続いて自力縫合していた部分の絹糸を取り除き傷口の郭清と壊死部分の切除と再縫合を執り行う。
彼女たちが到着する前に術式を終えなくてはならない。
手が届かずに縫えなかったであろう傷口は消毒と包帯だけで覆われており、そちらも処置しなくてはならない。
「加速魔法ドライ。」
どれだけ遅くとも三十分以上は掛けられない。しかし既に彼女たちはロードに侵入してしまっていた。
スマン、タクマお前のパンツを履かせる時間が無いかもしれない、下腹部を怪我していたお前が悪いと諦めろ。
このままではユリとトモエが到着して最初に目にするものはタクマのタクマであるだろう。
全身縫合針数八十九針、呼吸装置を酸素ボンベとマスク、T字帯に下着を取り換えただけの益荒男な姿をユリとトモエが目撃して悲鳴を上げた。
死んでいる姿を見せずに済んで良かったと思いつつ、部屋の隅の机で手術道具の消毒を開始する。
後は目覚めるだけだぞブレイブ・ロック。御姫様が枕元で泣きながらお待ちだ、ヒーローはヒロインを待たせちゃいけない。




