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放り出されたセカイの果てで  作者: 暇なる人
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第百十五話 実利と言う判決

 エルフ達は神渡りを見送りながら新世界へと渡れなかった事を逆恨みしながら、ならばとばかりに己の過ちを糊塗するために世界中を魔人で埋めつくさんとした。

 魔人の入植を援け、歴史を改竄し、その裏で英雄や勇者を助けて自らは安全な世界樹から出る事無く世界の根幹の支配を果たした。

 エルフ達を疑うものは少なく、裏の真実に辿り着ける者は大精霊のような規格外の長寿を持つ者しか居らず、それは最後を見届ける大精霊であるただ一柱のみが残るばかりであった。

 エルフ達にとって汚辱の衣を脱ぐ絶好の機会の到来に思えた事だろうし、また彼等はそれを実行した。



 人が寿命を迎え、過去を振り返る事が困難になった頃、全てを知るエルダーエルフ達は若いエルダーエルフ達に何一つ真実を伝承する事無く自分たちに都合の良い伝承と改竄した歴史だけを遺して自害ないし異次元へと自ら飛んだ。

 それから八百年の間エルフにもエルダーエルフにも殆ど子供は産まれず、緩やかな衰退を続けている。



 闇の女神を柱にして世界の要石にした愚行が、彼等の出生率が低下した理由である。月明かりが届く場での繁殖行為は全て、月の男神と闇の女神の怒りによって妨げられるのである。



 エルフの娘の頭の中に腕を差し込みながら、エルフ族の犯した罪の数々を精確に書き込んでゆく。それは大精霊として見た真実の記憶であり、一切のまやかしなど入る隙も無い記録の転写であった。

 大精霊が看取る世界の実相とはどういうものであるかなど余人には知るべくも無いものである。ただの人間であれば耐えられるはずも無い、その大容量の情報がエルフの娘に鮮明かつ詳細に、津波のように流し込まれた。

 エルフの娘はのた打ち回り絶叫を上げたが食膳を持って訪れたタツヤに音を遮断されて静かにのた打ち回る羽虫になった。


「タロウとハナコの迷惑だ静かにしろ。ほら、飯だ、野菜オンリーの肉要素無し完全な和食だ。」


 呆然自失の長と差し向かいで飯を食う。


「この精霊言語と妖精様式について詳しく話して貰おう、飯でも食いながらな。それとクーちゃん、そういう事をするならエルフ族全員に施してやれ、ユリに頼めばマナの提供を受けられるさ。」


 味噌汁の蓋を静かに取り外して香りを楽しみながら静かに長を見る。


「温かいうちに食え、」


 一通り味見を済ませてからタクマの飯とマジックバッグを転送する。この瞬間が何時も緊張を強いられてしまう。失敗すればライフラインの途絶を意味するからだ。

 無事に送り届けられるそれらを見届けて食事を再開する。


「お主等が助けたい者を助けると言う目的は判った…お主等はエルフ族をどうしたいのかだけが解らぬ。」


 長の背中から槍が生えた。世界樹の意志で飛来してきたものまで面倒は見切れない。

 漬物をポリポリと齧りながら世界樹と長の精神世界での対話が始まった事を悟る。

 世界中の全ての人々から虐げられる立場としてのエルフ族が今日から始まる。別に難しい事を言っているつもりはない。

 責任を取る意味で、魔人との戦いが始まったら真っ先に死ねとでも言われているのだろう。

 この世界を救った者達の中に居ただろう、セカイの下僕、それに任命されただけなのだ。



 食後の熱いお茶を頂きながら絶命寸前のエルダーエルフの長を見遣る。状況判断が甘過ぎたのだろう、長話になる前にプライドを捨てて恭順の姿勢を見せて全力で服従すれば死に掛ける事も無かった。

 世界樹の槍を抜き取ると傷口の様なものは無い、それはこの槍が世界樹の根で出来ており殊吸い上げる(・・・・・)事に関して力を発揮するクヴェルで在る事が真相の半分だ。

 もう半分は世界樹もエルフ族も妖精や精霊の枠にあるので傷付けると言うより養分として吸収出来る主従関係であると言う面妖なお話だ。

 傷付ける事よりも大地に根を張るように養分を吸い取るほうが汚れなくて効率がいい。

 食事をしている俺の前で、刃傷沙汰…ではなく、ただ食事をしていただけと無理矢理に解釈すると何の不自然も無いかも知れない。


「話は済んだか?一言言っておくが俺が呼んだ訳では無い、お前が俺に対する言葉遣いを間違っただけだろう、主従関係を魂で理解すれば回復するらしいし、先ずは命令通り飯を食え。」


 荒い吐息と濁った目でエルダーエルフは、立て掛けられた槍を見るとごくりと生唾を飲み、ふら付く身体を堪えて食事を再開する。


 魔法陣に返却された食器と自分達の食後の食器を持って立つ。気絶しているエルフの娘に藁をかけて長と連れ立って雪道を歩きラボへと移動する。

 ラボでは目の座ったユリとその肩に手を置いて初動を制しているトモエが居た。空になった食器を持って台所へと引っ込む。

 ユリによるエルフの長への魔法尋問が開始される。裁判官のカードから審判の天使が召喚された。練り上げられたマナの息吹を感じてエルフの長が怯え、悲鳴を漏らすが魔法陣の四隅に更に四人の大天使まで顕われる。


「ユリ、殺しちゃ駄目よ。」


 エルダーエルフの長が持つ過去の記憶や経験と知識、魔法式や精霊式に至るまで全てをユリは獲得したようだった。

 皿洗いを済ませてラボに戻ると、軽い寒気を覚えたのでユリの前に立ちはだかる。

 世界樹の槍でユリが放った魔法を長の前で食い止める。最後に殺そうとしたことは解るが威力がデカ過ぎる。


「俺とトモエまで殺す気かユリ。」


 考え無しに強烈な魔法を放ったことに気付いたユリが励起させたマナを収めると一人、また一人と天使たちがカードへと姿を変える。都合十二体の天使がユリの手元に戻っては消えていく。

 世界樹の槍で吸い取ったマナだけでも十分にエルフを滅ぼせる…つまり。


「もう少しで手掛かりの魔法陣まで吹っ飛ばすところだったな。」


「ひいっ!。」


 ユリが自分の身体を抱きしめるように怯え、トモエがユリを抱きすくめる。睨まれたが事実だ、反省して貰わねば俺達が死ぬ。

 エルダーエルフに槍を刺してマナを注ぎ込む。俺は最初からこいつ等を殺す気など無い。結果として死んでも仕方ないだけで進んで殺そうなどとは思わない。

 俺は今一度二人にその事実を宣誓し、エルフ族の処遇を定める事にした。


「こいつ等の人生は長い、罰として米作りをさせようと思う。」


「「ほえ?。」」


「世界最高難易度のコシヒカリの製造だ、寝る間も惜しんで育て続けて貰う。下手に殺すより知識を延々と保てるこいつ等に一番向いているしベジタリアン食でもあるから、利益が無いわけでもない。」


 世界樹からは降りて貰うがな、槍が嫌がっているし仕方が無い。

 コシヒカリは風雨に弱く、倒れて水がついたらそこで終わりというくらいに繊細な米だ、現代農法の粋を集めても失敗が耐えない地獄の米、それがコシヒカリ米だ。


「或る意味ここで死んだ方が楽かもしれんな。」


 俺は遥か遠くの白米を想いながら静かに呟いた。

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