第百十四話 永劫の罪人
足には鉄球、両手には手枷、ボールギャグを噛ませて目隠しを施したジンドル君に極刑が執行された。
俺との交渉前に、エルダーエルフとしての最大の禁忌を犯した彼にホスラウが命じたものであった。
次元の断層に放り込んでサヨナラするだけのクリーンな処刑であるが、なまじ寿命が長いため死ぬまで掛かる時間が長い。エルフらしい処刑法であると言えた。
エルダーエルフの長老と付添人二人を引き連れて世界樹を降りる。
蔦で出来た籠に乗ってエレベーターという楽な方法で、である。馬が怯えてどうしようもないから迅速に頼む。
懐かしい浮遊感を堪能して世界樹の広間に降り立つ。
これからラボの魔法陣を検分させて対策を講じる形だ。ちなみに彼等がこのミッションに失敗すれば世界樹から追い出される。
「寧ろ既に世界樹から全員追い出したいんだがね。」
槍に同調しているので世界樹の考えが駄々洩れだ。エルダーエルフもエルフの末端も人間世界では暮らしていけない。
高値で売れるからである。
「世界のせいで売られた、百人以上の私達の仲間と同じ目に会えばいいのにね。」
長の付き添いである雌エルフが怯えるがどうでもいい。人の形をしているが妖精として換算すればただの"匹"で呼称する生き物だ。蚊や蛾と変わらない。
「誘拐されて売られて殺されるまで、こいつ等には理解出来んよ。」
エルフの歩みに合わせて街に帰り着いた、通行証と幻惑魔法で長老達も街門を潜り抜ける。
馬を返却して徒歩で雪道をラボまで歩く。
「奴隷商が競りをやっているな。飛び入り参加でもするか?。」
怯えた目で此方を見るエルフの娘に呆れた口調で伝える。
「世界の一部と自称するなら、あそこで人を売ってる連中とお前たちは同じものだ。それを忘れるなよ。」
エルフが世界の一部である事を彼等が否定するまで許す気などない。
「世界樹の寄生虫とか幻滅するわよ、来るモンじゃないわね、異世界なんて。」
同感だ、只の寄生虫でしかないとか本当にどうしようもない。世界樹で暮らせる権利の安売りなど本当にどうかしている。
ラボに到着して牛舎に入り魔法陣の前で彼等二人に従属魔法を施す。
「驚く程のものでもないだろう、この魔法陣を壊されでもすれば、俺が何をするのかよりも、もっと危険な人物を怒らせる事になるからな、保険だよ。」
牛舎の門に背中を預けてトモエが溜息混じりに彼等に告げる。
「本当よ、貴方達の同胞が誘拐した人物を、この世界で一番心配している娘は絶対怒らせちゃ駄目。」
彼女がこの世界を否定したらあっと言う間に世界は滅ぶ。それだけは確実であった。
エルフ二人が魔法陣の解析に取り掛かっている間、牛舎掃除に鶏舎掃除、闘牛、ブラッシングとクソ忙しい時間を過ごす。
世界が軋む、何かが慟哭している。時間的猶予は無いのだと、俺とトモエは悟る。
「居場所がわかったから迎えに行ってくるね。」
「済まない、俺はそこの二人分も飯を作るとするよ。野菜オンリーとか二度手間だがな。」
そういうと人間二人は牛舎から姿を消した。
精霊と妖精が力を合わせて編み上げた勇者召喚魔法。これは劣化路と言うよりも妖精の小路であった。
「長、良いのですか、人間にあのような…。」
先程からずっと意気消沈したままの長にエルフの娘は何事か不平を馴らそうとして息が詰まった。隷属魔法の痛みで気絶して倒れた。
長による治癒魔法で娘は意識を取り戻すと隷属魔法の恐ろしさを理解する。
「逆らうな、あのお方は世界樹そのものだ。」
「馬鹿なっ!!!!グギャァァァァァァァァァァァア゛ァ゛ガァァ。」
悪口雑言や罵詈雑言の類も罰せられる。隷属魔法とはそういうものだ、だが、言うこと自体に禁忌としての設定をしていないので言えてしまう。不意打ちで隷属魔法の痛みを浴びせられればこの後やって来るのは怯えと言う自己保身からくる戒めだ。
「おそらく、片道を作る事でエルフの半数の命が浪費される。」
空気が清浄で満たされ、彼等二人の前に大精霊が姿を現す。
「愚かなエルフ族がまだ生きていたとは驚きです。」
エルフ二人が息を飲む、この世界の最終観測者たる大精霊が姿を顕したのだ。
「お懐かしゅう御座います、クトゥ…。」
「新世界に招かれなかった愚か者に名前を呼ばれたくは無い、控えよ。」
エルダーエルフすら知らなかった真実が大精霊から語られる。それはタツヤに襲撃を受けて身も心もズタズタに引き裂かれた彼等への慈悲無き止めとも言える内容であった。
「事なかれと世界樹に隠れ、世界の危機に一切力を貸さなかった臆病者達よ、何の権利があって他人を頼った?。お前達は自分さえ良ければそれでいいと言う矮小な虫けらであった筈。」
自らの親とも言える存在に、全否定された。
遂に耐えきれずエルダーエルフの長は倒れ伏し慟哭する。エルフの娘がフラフラと長を庇って大精霊を見上げると両目に指を入れられる。
「穢れる。」
見るなと言う思し召しであった。
「私の主を苦しめておいて被害者面をするな小娘。お前達は永劫の罪人なのだ、お前たちが在るところ、ザイニンの門が開く。危うくタツヤまで殺しかけた罪、我が主は忘れてはおらぬぞ。」
エルフの森…世界樹の領域近くには寄生虫であるエルフのせいで大量の死者が出ていないのにザイニンの扉が開く。
過去、世界樹の位置が特定され、多くの枝や葉が採取、伐採された。それらの罪が彼等にはある。
人間の文物を欲しがり、世界樹の葉を売って金銭を得て、買い漁ったエルダーエルフもいた。
白いエルフは世界樹に寄生して離れず、過去多くの者達がその駆除に躍起になった。
黒いエルフは世界樹を解放しようと必死に挑んだが、人間に売られてその勢力をどんどん失って行った。
人間はどちらの味方にもならなかった。世界樹に集る生き物が白アリだろうと黒アリだろうとどうでも良かったから…いや違う、或る者たちが界を渡る路を与えた、魔人との戦いでそれどころでは無かったからである。
「魔人にこの世界への路を与えた罪、よもや忘れておったとは思わなかったぞ。」
神が世界を見捨てた切っ掛けを作ったのはエルフ族だったのである。
変な改行




